コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
左胸を刺されるという突然の事態に声を発する事もなく、僅かな接地音と共に仰向けに倒れた悠莉の身体は微動だにせず。
心臓刺突による即死だったのだろう。彼女の驚愕に見開いたままの左右対称の瞳が、その全てを物語っていた。
「三十三間堂とはいえ所詮は人……。人は“肉”以外にはなり得ない」
ピクリとも動かない、その小さな遺骸を見下ろしながら、美作は手に持つ刃を確認するように見定めた。
その刃には血糊の跡。確実に捉えた証。
あの時、あのお喋りの最中、美作は悠莉の瞬きの間には、既にその間合いを詰めていた。
驚愕だったのも無理はない。
悠莉は恐らく己が何をされたのかすら、分からぬままだった事だろう。
美作の常人離れした身体能力は、予想のそれを遥かに超えていた。
「さて……」
美作は倒れた悠莉の下へ近付き、覆い被さる様にその腰を落とす。
「始めようか……“オペ”を」
その刃にこびり付いた血糊を舌舐めずりしながら、彼はおぞましき饗宴を無慈悲に告げた。
ものを言わぬ躯となっても、犠牲者の悪夢は終わらない。寧ろ始まりなのだ。
「…………」
美作は無言で悠莉の衣服を捲り上げ、露となったその白い肌に、何の躊躇いも戸惑いもなく刃を落とす。
抵抗無く呑み込まれたそれは、白を赤の波紋に染めていった。
まるで豆腐でも切る様な手捌き。その手腕は人体構造を知り尽くした医者でも、こうまでスムーズにはいかない。まるで躊躇がないのだそこには。
「美しい……」
切開した内部から取り出される薄桃色のそれを見て、美作は恍惚の吐息を漏らしていた。
「つくづく一瞬で絶命させてしまったのは惜しい」
美作は不満を洩らしながらも慣れ過ぎた手付きで、各部位への“作業”に取り掛かる。
「苦しむ過程も見たかったのだが……致し方ない。得体の知れぬ狂座、その三十三間堂――」
“先手必勝”
彼は決して悠莉を侮っていた訳ではなかった。
まずはどんな手を使ってでも、障害排除を最優先とする。
これが美作が裏の世界で培ってきた経験則。そして現在に至る訳。
「おっと……忘れる所だった」
作業中の美作は重要な事に気付き、途中で一時中断。ある物を取りにその場から離れる。
戻ってきたその手にあるのは、撮影用八ミリビデオカメラ。
そう。彼にとっては何よりも重要事項。
固定土台からレンズをしっかりピントへ合わせると、美作は再び作業に戻った。
「フム……いい」
か細い指は一本一本離されていき、保存用の小さなコレクションボックスへと全て収納された。
続けてその錆色の刃は、まだ余りに未成熟な膨らみにまで手が伸びる。
内側から円を描く様に捻り、同様の行程をもう片方へ。
そのスムーズ過ぎる捌きにより、造作もなく離された二つの膨らみは、その手に収まるには余りに小さ過ぎていた。
“それ”をどうする気なのだろう。見詰める視線からは全く真意を伺い知る事が出来ない。
やがて――口角を広げ舌舐めずりしながら、美作は“それ”を躊躇なく口へ含んだ。
“グチュ グチャ”
肉を噛み潰す咀嚼音が、断続的に闇に洩れる。
咥内でも切ったかのように、口元からは唾液混じりの朱が垂れていた。
「旨い……やはり肉は仔牛もそうだが、新鮮かつ若いのに限る。ここは特に柔らかくて絶品だ……」
もう片方も口へ運び、咀嚼を繰り返す美作は既に人間の表情はしていない。
“カニバリズム”
生物学用語で種内捕食――所謂食人嗜好。
人には三大欲求が存在する。
睡眠欲、食欲、そして性欲だ。
美作は殺人を芸術と称し、その一環として被害者の一部を食す事で食欲、そして同時に訪れる精神的悦楽で性欲。二つの欲求を同時に消化し、種の本能を同時解消という、ある意味完成形にまで昇華させた。
これこそが彼がサイコキラー、異常精神殺人者と謂われる所以。
――仕上げの刻。既に悠莉は人の形を失いつつあった。
「これ程素晴らしい獲物は初めてかもしれないな……。感謝するよ狂座に――」
美作は頚椎の隙間に刃を通す。
白く細い司令塔への繋ぎは、驚く程あっさりと離れ――
「おぉ……!」
彼はその小さきを、両手で愛しむ様に掴み上げた。
「エクセレンっ……」
天に掲げて漏らすは、彼の芸術の完成が頂き。
悠莉の瞳は光なく、ただ惨状だけを見詰め――見開いていた。
最狂のサイコキラー、美作 亮二。彼は異能を持たないながらも、人としての頂点へと到達した。
それは異常なまでのキラーインスティンクト(殺戮本能)に裏打ちされた、その為のみの効率良い身体操作技術の結晶に他ならない。
恐らく技術のみならS級はおろか、雫や時雨にも匹敵するかも知れない。油断してたとはいえ、悠莉が力を発揮する間さえ与えなかったのだから――
「く……くひ……クヒャヒャハヒャヒャッ!」
溢れる笑みは抑えられない。彼の昂りは頂点を迎えていた。
もはや我慢がならないのか、美作はその手に持つ、ものが言えぬ悠莉を引き寄せる。
“死の接吻”
彼にとっては“死”こそが、その全て。
穢れを知らぬ、知る事を絶たれたその唇を奪おうとした間近の事――
“どうしてこんな酷い事するの?”
「――ヒッ!?」
彼は確かに聴こえた。そして見た。
「乙女のファーストキスを無理矢理だなんてサイテ~」
その有り得ない“声”は確かに、ものが言えぬ筈の唇から発せられた事に。
「ひぃやあぁぁぁぁぁ!!」
美作は突然の事に悠莉のそれを、絶叫と共に放り離していた。
尻餅をつくと同時に、悠莉も床をごろごろと転がる。
“幻聴?”
そう思いたかった。だが直ぐにそれは現実である事を突き付けられる。
何故なら――
「最低おじさんアハハハハ~」
床で己をしっかりと見据えながら、けらけらと笑い続ける塊があったからだ。
「ひぃぃ!」
もはや美作に冷静な判断を思考する余裕は無い。
“何故?”
それが当然。しかし確かに声帯が離されているはずの悠莉は、無邪気に笑い続けている。
「やめっ……やめぇっ!」
美作は一刻も早く遠ざかろうと、逃れようと尻餅のまま後ずさるが。
「――っ!?」
不意に背後に感じる違和感。
ゆっくりと振り返った其処に待ち受ける現実に、熱の無かった筈の美作の瞳が、驚愕の色で染まっていく。
“どうして私が殺されなきゃならないの?”
恨めしそうに耳元で囁かれたそれは――
「ひぃぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
室内で反響する絶叫。
それは先程のビデオで美作に解体されていた、映像内の女性の一部だった。
************
――星々が点々と拡がる深夜。その寒空の下の屋根の上で、視覚的には内部構造が剥ぎ出しとなった建物を見下ろす三人の姿。
「ねえ……琉月ちゃん?」
「はい?」
悠莉が侵入してからどれ程経過したのか、その内部状況に業を煮やすかのように、訝しげに琉月へと問い掛ける時雨の姿があった。
「いやぁ気になってたんだけどさ……何であのターゲット、何時までもボケ~と突っ立ったまんまなの?」
時雨の唐突な質問と疑問。それはどういう意味なのだろうか。現在内部では惨状と予想外の展開となっているはず――
「しかもあのガキ……っいや、あの子も突っ立ってるだけだしさ……。何時始まんのかなぁって」
どうやら時雨の眼には、内部の二人に全く進展が無いように見えるらしい。
「ああオレも気になってたそれ。なあ幸人?」
「ああ……」
それは時雨のみではなく、幸人とジュウベエの眼にも同様の状況が。
事実、居間内で対峙してる二人は、まるで時間が止まったかの様に微動だにしていなかったのだ。
悠莉の侵入に液晶を観ていた美作は気付き、刃を手に立ち上がる。
当然その状況は全員確認済み。
それからだ。その後が全く進展無く、二人が微動だに処か、声すら発する事なく止まってしまったのは――
「何を言っているのです……もうとっくに始まっていますよ?」
まるで『まだ気付いていないのですか?』とでも言わんばかりに、白い仮面の隙間から洩れる琉月の声が、二人とジュウベエに向けられていた。