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「止めてくれぇぇっ! 誰かっ……誰かぁああぁぁぁ!!」
――同時刻。室内では変わらず、異常事態の真っ最中だった。
“痛い痛い痛いイダイィィィィィィ!!”
“アハハハハハ~”
二つの“頭”だけじゃない。
“どうしてどうしてどうじでドボジデェェェェ!!”
“恨んでやる呪ってやるぅっ!”
“死んで死んで死ん死死死死死死死死――”
美作の周りを纏わりつくように、何時の間にか幾多もの頭が浮遊しながら罵詈雑言を合唱していた。
「何で!? 何でぇあぁぁぁ!!」
その瞳が驚愕に満ちているのは、何もこの異常な状況のみではない。美作はその一つ一つの頭、もとい顔に見覚えがあったから。
それらは全て、これ迄彼が手にかけてきた犠牲者の面々だったのだ。
“殺じでやるぅぅぅ!”
“ごのひどでなじぃぃぃ!”
一つ、また一つとその数は止まる事を知らず、美作の周り処か部屋全体を埋め尽くしつつあった。
「いぎゃあぁひいぃぃぃぃ!!」
もはや美作には絶叫を上げ続ける以外にない。
“サイコパスは恐怖を感じる事はない”
今まで後悔も呵責も無かった。
だが彼は今、生まれて初めて恐怖を感じていた。
しかしそれが何なのか分からず、美作は言葉にならぬ声を上げるしかないのだ。
「でもおじさんホント酷いね~、こんなに沢山だなんてボクもビックリ……ってね」
相変わらず頭だけの悠莉が床で喋り続けている。
「これがおじさんの“罪”だよ、アハハ~」
それが何を意味しているのか美作他、分かる筈もないが。
「だから罰バツ~」
「ひぃぃ!?」
瞬間――美作の背後に、首の無い胴体が現れ、彼を羽交い締めにする。これも犠牲者の一部なのだろう。
その胴体は美作の手に持つ刃を手に取り、彼の首筋へと押し当てていた。
“同じ苦しみを!”
“こっろっせ! こっろっせ!”
“いや焦らせ!”
“賛成!”
“じっらっせ! じっらっせ!”
取り囲む無数の頭が煽る。
「やめっ! 助けっ……助けてくれえぇぇぇ!!」
羽交い締めにされ囲まれ、身動き一つ出来ない美作の懇願が木霊するが、彼の首筋にぴたりと添えられた刃は、首の無い胴体の蠕動により、まるで焦らすように震えていた。
首筋から喉元に当てられた刃は、まだ“掻き切る”為の動きは見せない。震動により僅かに皮膚表面を削っているだけだ。
「ヒィィィ……ヒィィッ!!」
それでも少量だが溢れる出血は、目の当たりにする刃の輝きと、伝う首筋からダイレクトに感じられ、その“何時切られるか”の、先の見えぬ生殺し的な恐怖に、美作の嗚咽が空気に洩れる。
“イイゾ-”
“アノカオサイコ-”
“ギャハハハハハ”
囃し立てる“顔”達が、それを見て笑う。愉快に嘲笑い続ける。
「わわっ……わかったぁ! おっ……俺が悪かったぁっ! だから……許してぇぇ! 助けてくだざぁぁいやぁぁぁぁ!!」
美作の必死の懇願、命乞い。
“ミロヨアレ”
“ナイテルヨアイツ!”
“イマサラバカジャネ?”
“キャハハハハハ”
そんな姿が恨み募る“彼等”にとっては、愉快で堪らないのだろう。
それはまるで鬱憤晴らし――
「ええ~? 助けて欲しいのおじさん?」
だがそんな室内の喧騒も、悠莉の一言によってぴたりと沈黙。
判断を下すのは、あくまで彼女であるかのように。
「はっ……はいっ! 助けっ……たしけてっ!」
美作は既に呂律も回っていないが、頭だけの悠莉が一筋の光明に見えた。
誠意を以て赦しを乞えば、きっと助けてくれると――慈悲はあると。
これもまた窮地に追い込まれた人間の持つ、浅はかな短絡的思考である。
「皆もおじさんに助けて~て言ったはずだよ? 自分だけ助かりたいなんて甘いなぁ~」
「ひへっ?」
悠莉はそんな美作の懇願を一笑に付す。
彼はただ“助かりたい”だけだ。そこに懺悔の気持ち等、在ろう筈がない。良心を持たないサイコパスなら尚更の事。
彼女の前で“嘘偽り”等、一切通用しない。それが悠莉というエリミネーターの持つ――
「いんがおうほ~じご~じとく~アハハ。じゃあ張り切って執行いってみよ~」
悠莉の決断の声で、また俄に室内が騒がしくなる。
“トウゼントウゼン”
“マッテマシタ”
“パチパチパチパチ”
それは称賛、煽りの雨霰。その裁定を受けた美作の表情も蒼白に染まっていく。
「ひいっ!?」
それと同時に美作の首筋に添えられていた刃が、確固たる意思を以て動いた。
ーー執行の刻。
「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
首の無い胴体が持つ手は、横一文字にゆっくりと――
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「――はぁっ!? それってどういう事なの? 突っ立ってるだけじゃん?」
琉月の『もう始まっている』との声に、やはり時雨は理解出来ず声を荒らげた。
“二人の間に一体何が?”
「勿論、私にも何が起こっているのか迄は分かりません」
「それって……どういう?」
分かっていながら、そのあやふやな答が更に困惑させる。
「あのターゲットは果たして、どんな光景を目にしているのでしょうねえ……」
それが意味するもの――
「まさか……あのガキっいや、あの子の力って!?」
“否、それは有り得ない”
時雨はすぐに思い止まる。
催眠術の自己暗示系は、所詮は只の暗示に過ぎない。その影響下はたかが知れている。
訓練次第では誰にでも使える暗示系と、人知を超えた力である異能とは、比べるまでもないそれは雲泥の差。
それに暗示系の異能は存在ないし、聞いた事もない。
何故なら異能とは――
「異能とは現存する“エネルギー現象”である事が全てです」
まるで時雨の思考を代弁するかのように、異能という力の根底を語り始めた。
「異能の中でも最高峰に位置する、御二人方の特異能もそうであるように、異能とはそれ以下全て物理現象の体顕なのです」
それは雫の氷点を操る無氷。時雨の水分を操る獄水。そして後天性異能以下、具現化系異能も含む全ての異能の根底は同じ、現存する力である事を。
「じゃあ……」
「…………」
“悠莉の力とは?”
時雨も、幸人も同様に思うはそれ。
二人は少し前、琉月が言っていた事を思い返す。
『彼女は通常の異能者とも、御二人方特異点とも異なる、悠莉のみが持つ特別な力――』
なら彼女の力は、現象エネルギーである異能ではない事は確かと推測する。
だが催眠暗示系の力でもない事もまた確か。それであっていい筈がない。
そんな常人でも使える力が、S級臨界突破はおろか、エリミネーターの資質さえ疑うような――
「人とは肉体、精神、魂から列なる三位一体の存在。人で在る限り、それは逃れられません」
琉月は何が言いたいのだろう。それと悠莉の力に何の因果が有ると言うのか。
「悠莉は正に鏡……浄玻璃の鏡――」
“浄玻璃の鏡”
これは地獄の閻魔が裁判で使用するとされる、亡者の生前の一挙手一投足が映し出される鏡である。
如何なる隠し事も、この鏡の前では不可能――
「人の心とは単純なものではありません。例え良心の無いサイコパスと云った類いでも、記憶は全て深層心理に刻まれる……」
「あのう……琉月ちゃん? 俺には難しくてよく分かりませんです、はい」
“成る程な……”
全く理解が出来ていない時雨とは裏腹に、幸人には俄に意味が掴めていた。
悠莉という少女の持つ、その力の根底を。
「ああ済みません……。つまり簡潔に申しますと、悠莉の力とは人の精神から魂にまで介入し、深層を映し出してこれを操作する、現象を操る異能とは全く異なる力なのです」
時雨の唖然とした表情から、それが簡潔なのかは定かではないが、つまりは美作の肉体は其処に、それ以外は此所には居ないという事に。
動かないのは悠莉が映し出し、支配する深層世界の真っ只中に彼は居るのだ。
「異能に属しない悠莉のみが持つ、彼女の不現の瞳が持つ力を、我々狂座は“第二”の異能としてこれを登録、命名しました――」
“メモリアル・フェイズ・メタモルティ ~深層侵慮思考鏡界”
恐らくは美作は、悠莉と瞳を遭わせた瞬間には既に囚われていた。彼女が映し出し支配する、己が深層世界へと――
「そしてそれは、肉体にまで影響を及ぼします」
その瞬間、琉月は剥ぎ出しになった室内を指差し、それに釣られた二人も其処に目を向ける。
「――っ!?」
そして見た。それまで微動だにしなかった美作の、突如とした異変を――
「まっ……マジか?」
それは美作が己が持つ刃を自らの首筋へと持っていき、ゆっくりと自傷していく姿だった。
その刃はゆっくり真横に軌道を描いていき――そして横一文字にまで描ききった瞬間、喉元から『待ってました』かの如く、大量の鮮血が噴水のように吹き出していた。
「ゴヒュッ――」
美作は漏れる気泡の断末魔を最期に、前のめりに崩れ落ちて以後完全に沈黙。
「じっ……自殺しやがった……」
その一部始終を目の当たりにした時雨は、その事実に震撼する。
通常有り得ないのだ。人には自己防衛本能が有り、どんな強力な暗示でも自決を促す事は出来ない。
やはり悠莉の力は、これまでに全く無かった力だという事を――
「如何でしたでしょうか? 悠莉の力……少しは分かって頂けたと思いますが――」
琉月は戸惑う時雨へと促す。
「もし……貴方だったら、彼女の力にどう対抗します?」
これはあくまで“もしも”の話だ。エリミネーター同士の戦闘は禁止されている。
琉月の試すような物言いは、悠莉が如何に次期SS級最有力候補に相応しいかを、強調しているのだ。
「いっ……いや、子供と闘うとかまず有り得ないし、比べるのは野暮だようん……うん」
時雨はその問いに、はぐらかしている。歯切れの悪さからそれは、対応が見つからないある意味肯定。悠莉の力を暗に認めたという事。
「では雫さん? 貴方ならどうします?」
その対応に満足したのか、琉月はクスリと笑みを洩らしながら、今度はその矛先を幸人へと向けた。
それは理論的な彼なら、あやふやな答は用意していないだろうという、期待の顕れ。
「無理だな」
幸人は意外にも即答。
「無理……とは?」
その判断の取れぬ答に、琉月もオウム返しに問い返すしかない。
「その通りの事。その話が事実だとすると、あの子の力に対抗出来る者は存在しない。もし仮に闘えば……『100%』俺は負けるだろう」
それはあやふや処か、事実上の完全敗北宣言。
これには琉月は表情が分からぬが、時雨は驚きを隠せない。
「何言い切ってんだよ? 仮にもSS級とも在ろう者が……」
気にいらないのだ。認めたくはなくとも、時雨は己と同等の位置に在る幸人が、下の者に認めるのはおろか、敗北すらもあっさりと視野に入れた事に。
「幾らロリコンとはいえ、過大評価し過ぎ……」
ボソっと罵ったのは、只の皮肉に過ぎなかったのだ。