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#ドライ
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#主人公最強
杯雪乃
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#勇者
りな
120
その村は、地図に載ることはない。 北方の最果て、一年中凍てつくような吹雪が吹き荒れる険しい山脈の懐に、その里はあった。
名は、勇者の里。 かつて魔王を討った伝説の英雄たちの末裔が、純血を守り、来るべき次代の魔王との戦いに備えて牙を研ぎ続ける、戦闘狂たちの共同体である。
その夜、里の一角にある古びた石造りの屋敷で、一人の赤子が産声を上げた。 外は猛烈な吹雪だったが、産室内には奇妙な熱気が立ち込めていた。赤ん坊を抱き上げた助産師が、思わずその手を震わせる。
「……熱い。この子、体が燃えるように熱いよ!」
赤ん坊――エルカは、泣き叫ぶことはなかった。 ただ、大きく見開かれた紅い瞳で、自分を取り囲む見知らぬ大人たちを、冷めたような、どこか観察するような視線で見つめていた。その体からは、目に見えるほどの陽炎のような魔力が立ち上り、周囲の気温を強引に引き上げていたのである。
勇者の里において、子供は家族である前に兵器候補として扱われる。 その最たる儀式が、三歳で行われる魔力測定だ。 里の中央にある広場には、古代の魔導具である魂の天秤が設置されている。これに手を触れ、どれほどの魔力を出力できるかによって、その子の人生は決定する。
基準を満たせば、死ぬまで続く地獄の修行が待っている。 基準に満たなければ、その場で不要品として里を追放される。
三歳になったエルカは、雪を溶かすような真っ白な髪をなびかせ、大人たちの列の先頭に立っていた。彼女の顔には、同年代の子供が持つような無邪気さは欠片もない。
(……面倒くさい。すごく、嫌な予感がする)
エルカは三歳にして、すでに周囲の大人たちが自分に向ける期待という名の狂気を感じ取っていた。 村の長老が、重々しく告げる。
「エルカよ。その手を天秤に載せよ。お前の血に眠る、魔王を屠るための光を見せてみよ」
エルカは心の中で深いため息をついた。 正直に言えば、こんな里など今すぐにでも追い出されたかった。追放されることが自由への切符なら、あえて魔力を低く見せることも考えた。 だが、彼女の内に秘められた魔力は、彼女の意志を無視して溢れ出そうとしていた。それは溜まったダムが崩壊するのを待つような、暴力的なエネルギーだった。
エルカが小さな手を、青白く光る水晶の天秤に載せた。 瞬間、静寂が訪れた。
一秒、二秒。 天秤は動かない。目盛りも光らない。 周囲の大人たちが「まさか、無能か?」とざわつき始めたその時。
「――あ」
エルカが短く声を漏らした。 パキ、という乾いた音が響く。 次の瞬間、天秤の水晶が、内側からの圧力に耐えかねて粉々に弾け飛んだ。 それだけではない。広場を囲んでいた魔石の灯籠がすべて過負荷で爆発し、上空を覆っていた吹雪の雲が、エルカを中心にドーナツ状に吹き飛ばされたのである。
晴天。 夜の吹雪が一瞬にして消え去り、そこには満天の星空が広がっていた。 中心に立つ三歳の少女だけが、無表情に自分の手を見つめている。
「……測定不能。いや、測定器が耐えられなかったのか」
長老の声は震えていた。恐怖ではない。歓喜だ。
「現れたぞ! 歴代の勇者すら凌駕する、真の怪物が!」
大人たちが一斉に膝をつき、祈りを捧げ始める。 その光景を見下ろしながら、エルカは確信した。
(終わった。私の人生、これで完全に終わった。……これから死ぬまで、この連中にこき使われるんだ)
三歳の赤子、エルカが初めて明確に抱いた絶望。 それは世界が滅びることへの恐怖ではなく、これから始まるであろう過酷な労働への忌避感だった。
その日から、エルカの生活は一変した。 英才教育という名の、拷問に近い日々が始まったのだ。
日の出前に叩き起こされ、凍った滝に打たれながら魔力の循環を覚えさせられる。 朝食は、魔力を高めるための苦い薬草を練り込んだ不味い粥。 午前中は、重さ数キロもある木剣での素振り千回。 午後は、古代文字の解読と戦術論の叩き込み。 夜は、瞑想という名の魔力圧縮訓練。
「エルカ、まだ寝る時間ではない! 勇者は魔王が眠っている間も研鑽を積むものだ!」
祖父である元勇者の怒声が、深夜の屋敷に響く。 エルカは、半分閉じた目で祖父を睨み返した。
「おじいちゃん。魔王だって生物なら寝るでしょ。生物に休息は必要。……あと、私の肌が荒れたら責任取ってくれるの?」
「口答えをするな! お前は一族の、いや、人類の希望なのだ!」
(希望、ね。勝手な言い草だ)
エルカは木剣を構えながら、冷徹に計算を始めていた。 どうすれば、この無意味な修行を最短で終わらせることができるか。 どうすれば、こいつらを黙らせて布団に入れるか。
彼女の最強への道は、正義感から始まったのではない。
一分一秒でも長く寝るために、目の前の課題を圧倒的な火力で終わらせる。その生存本能こそが、彼女を怪物へと変えていく原動力だった。
ある日、修行の合間にエルカは里の境界線まで足を運んだ。 そこには、三年前の選別で不要と判断され、里の外へ出される直前の子供たちがいた。 彼らは泣いていたが、エルカの目には、その涙が羨ましくて仕方がなかった。
「いいな……。君たちは、自分のために生きていいって言われたんだね」
エルカが呟いた言葉に、追放される少年が驚いて顔を上げた。
「何言ってるんだよ、エルカ。君は選ばれたんだ。誰もが君になりたいって思ってるんだよ!」
「……代わってあげるよ。この魔力も、この赤い目も、全部あげる。だから、私の代わりに世界とかいう責任を背負ってよ。私は、ただ暖かい部屋で、何もしないで過ごしたいだけなの」
少年は、エルカの言葉が理解できずに口を噤んだ。 エルカの瞳に宿っているのは、選ばれた者の誇りではなく、檻の中に閉じ込められた囚人のような虚無感だったからだ。
修行開始から一年。四歳になったエルカは、すでに里の成人戦士を凌駕する実力を身につけていた。 彼女の戦い方は、一族の伝統とはかけ離れていた。 一族の剣技は、華麗な連撃と勇壮な掛け声が特徴だ。しかし、エルカの剣は、予備動作を一切排除し、最短距離で敵の急所を貫く。
「エルカ! なぜもっと堂々と戦わん! 勇者の戦いには、民を勇気づける美しさが必要だ!」
「おじいちゃん。美しさで腹は膨れないよ。……それに、無駄な動きを増やすと、その分、練習時間が延びるでしょ。私は一秒でも早く家に帰りたいの」
彼女は、魔法も独自に改良し始めた。 詠唱を極限まで短縮し、複数の魔法を同時並行で処理する。
将来彼女が愛用する魔法。 [崩壊]の原型となる魔力操作を、この時期にすでに独学で開発していたのである。
それは敵を倒すための魔法ではなく、敵を、二度と私の前に現れないように完全に消滅させ、後始末の手間を省くための魔法だった。
里の大人たちは、エルカが急速に強くなっていくのを見て、狂喜乱舞した。
「これこそが真の勇者だ!」
「魔王の首が飛ぶ日も近いぞ!」
だが、エルカの心は、彼らから離れていくばかりだった。 彼女にとって、里の人々は家族ではなく、私に仕事を押し付ける雇用主であり、それも最悪なことに無給で働かせるブラック企業の経営者に見えていた。
(決めた。私は、いつかこの場所を捨てる。……でも、ただ逃げるだけじゃ、どこまでも追いかけてくるだろうね)
エルカは夜空を見上げた。 あの日、天秤を壊した時に見た、静かな星空。 あの星空の下で、誰にも邪魔されず、ただ静かに眠りたい。
(魔王とかいうのをさっさと殺して、この一族が文句を言えないほどの功績と金を手に入れる。……それが、私の自由への最短ルートだ)
三歳の選別から始まった、エルカの物語。 それは英雄への階段ではなく、史上最強の退職準備の始まりだったのである。
「……見てなよ。世界。いつか絶対に、平穏を勝ち取ってやる」
小さな少女の呟きは、冷たい吹雪にかき消された。 だが、その瞳に宿る不機嫌なまでの決意は、後の魔王軍、そして神々すらも震え上がらせる本物の輝きを放っていた。
コメント
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みぅです🖤 おじいちゃんの「人類の希望だ!」に、エルカが「肌荒れの責任取ってくれる?」って返すところ、めっちゃ好き。笑 この子、最強になる理由が「早く寝たいから」「布団に入りたいから」っていうのが重すぎなくて良いよね。三歳で人生のブラック企業に就職しちゃった感じ、しんどい。でも、そんな中で「退職準備」を静かに始めてるところがゾクゾクする。続き、めっちゃ気になる……!