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杯雪乃
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りな
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三歳の魔力選別で歴史的怪物の烙印を押されたエルカを待っていたのは、安らかな幼児期などではなかった。
勇者の里の住民にとって、エルカは自分たちが魔王に怯えなくて済むための保険であり、同時に一族の栄光を再興するアイコンだった。その期待は、教育という皮を被った暴力的な強制労働となってエルカに襲いかかった。
「起きろ、エルカ! 太陽が昇ってから剣を振るうのでは、魔王の進化に追いつけぬぞ!」
午前四時。
まだ夜の帳が降りている極寒の時刻、エルカの寝室の扉は祖父であり先代勇者でもあるバルカスの蹴りによって開放される。
エルカは、まだ温かい毛布の中で心底不機嫌そうに目を覚ました。
「おじいちゃん……。児童労働法って知ってる? 知らないよね、この村、文明が止まってるもんね……」
「寝言は素振り千回の後に聞こう! さあ、行け!」
氷点下の屋外へ放り出された四歳の少女は、自分の身の丈ほどもある木剣を握りしめた。
里の大人たちは、彼女が泣き言を言いながらも完璧に課題をこなす姿を見て、「さすがは選ばれた子だ」と感服していた。だが、エルカの内心は全く違うところにあった。
(……どうすれば、このクソ老害ジジイを黙らせて二度寝できるか。それだけが私のモチベーションだ)
五歳になる頃には、エルカの魔術教育が始まった。
里に伝わる古めかしい魔導書には、一節を唱えるのに数十秒もかかる大層な詠唱が記されていた。火を放つ、風を起こす、それだけのことに大仰な身振り手振りと精神統一を求める伝統的な魔術。
「…なにこれ。無駄が多すぎる……」
エルカは魔導書を閉じた。
彼女にとって、魔法とは意志の出力に過ぎない。
なぜ、わざわざ神の御名を唱える必要があるのか。なぜ、特定のリズムで杖を振らねばならないのか。
「おじいちゃん。この詠唱、三分の二はカットできるよね。あと、この魔力回路の組み方だと、熱伝導のロスが15パーセント出てる。もっと直接、酸素を励起させればいいだけなのに」
「……何だと? エルカ、魔術は神との対話なのだぞ! 伝統を愚弄するな!」
祖父の説教が始まると、エルカは数分で面倒になり、並列処理の訓練を開始した。
表面上は「はい、はい」と頷きながら、脳内の半分では高度な魔力演算を行い、もう半分では今日の夕飯に肉が出る確率をシミュレートする。
復唱することになるが、彼女の特異な魔法技術――[崩壊]の雛形はこの時期に生まれた。
敵を破壊するという結果を得るために、過程を極限まで削ぎ落とす。
彼女にとっての魔法は、芸術でも信仰でもなく、ただの計算式へと昇華されていったのである。
六歳の冬。エルカは祖父に一つの提案を持ちかけた。
それは彼女なりの労働条件の改善交渉だった。
「おじいちゃん。私と一撃、手合わせしよう。もし私の剣がおじいちゃんを捉えたら、明日の朝稽古は免除。……あと、朝食に卵をつけて」
「ふん。生意気を。よかろう、勇者の血の厳しさを教えてやる」
里の大人たちが見守る中、雪に覆われた修練場で、筋骨隆々の老人と小さな少女が対峙した。
バルカスは、圧倒的な筋力と長年の経験による重圧を放つ。対するエルカは、ただ不機嫌そうに木剣をだらりと下げていた。
「行くぞ!」
バルカスの巨体が雪を蹴り、一瞬で距離を詰める。風を切るような重厚な一撃。
だが、そこにエルカの姿はなかった。
(……重いだけの攻撃は、動作が始まる前の予備魔力で予測できる)
エルカは地面を蹴る必要さえなかった。
足元に微弱な風の爆発を起こし、物理的な限界を超えた初速で真横へスライドする。
そして、すれ違いざま。
「……おやすみ、おじいちゃん」
彼女の木剣が、バルカスの後頭部――ではなく、その手首の脈所を正確に突いた。
衝撃を最小限に抑えつつ、魔力を流し込んで神経を一時的に麻痺させる限りなく省エネな無力化。
バルカスの木剣が手から滑り落ち、雪の中に突き刺さる。
「……え?」
静まり返る修練場。
エルカは勝鬨を上げることもなく、木剣を投げ捨てて屋敷へと歩き出した。
「約束だよ。明日は十時まで起こさないで。……あ、卵は二個にして」
この日、里の人々は理解した。
エルカという少女にとって、勝利とは喜びではなく自由時間を勝ち取るための手段に過ぎないのだと。
七歳を過ぎる頃には、里に彼女の相手をできる者はいなくなった。
訓練は一人で行うことが増え、エルカは里の書庫にある外の世界の記録を貪り読むようになった。
彼女が興味を持ったのは、英雄の武勇伝ではない。
王都の物価指数、ギルドの報酬体系、地方領主の納税義務。
将来、里を脱出して隠居するためには、どれほどの資金が必要か。どの領地が税金が安く、かつ魔王軍の侵攻ルートから外れているか。
「……北方のカレドニア領。冬は寒そうだけど、魔法を使えば問題ないかな。地価は王都の十分の一。ここなら、金貨五千枚あれば一生遊んで暮らせるかな」
周囲の少年たちが「いつか魔王を倒して、王女様と結婚するんだ!」と夢見ている横で、彼女は一人、不動産シミュレーションに耽っていた。
彼女にとって、魔王とは世界を滅ぼす悪ではなく、私の隠居資金に換金できる特大の賞金首に設定された。
だが、そんな彼女の冷静さを揺るがす出来事が起きる。
八歳の時、里に魔王軍の斥候が現れたのだ。
里の戦士たちが迎撃に向かう中、エルカは村の広場で待機を命じられていた。
しかし、彼女は気づいた。魔族の一体が、里の食糧庫を焼き払おうとしていることに。
「……私の、冬のボーナスが」
エルカの瞳が、不吉な紅に燃え上がった。
次の瞬間、魔族の姿は文字通り、消えた。
食糧庫に火を放とうとしていた魔族は、自分が何をされたのかも理解できぬまま、全身の細胞を[崩壊]させられて虚無へと還った。
「私の……。私の快適な冬ごもりを、邪魔するんじゃ、ないよ……!」
駆けつけた大人たちが目にしたのは、炭にさえならず、塵となって消えていく魔族の残滓と、その中央で心底忌々しそうに唇を噛む八歳の少女の姿だった。
「エルカ! よくやった! 里の食糧を守った功績は……」
「うるさい。……修復の手間が増えた。今日の午後の授業、免除して」
彼女の強さは、どこまでも私的な領域を守るために研ぎ澄まされていくのだった。
コメント
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うわああエルカちゃん天才か!! 「どうすればこのクソ老害ジジイを黙らせて二度寝できるか」って目標設定がもう最高すぎるw おじいちゃんに「児童労働法知ってる?」って言い返す四歳児とか前代未聞だよ! しかも詠唱三分の二カットして熱伝導ロスまで指摘するとか、科学者的な効率厨すぎて笑った 「太陽が昇ってからじゃ遅い」って起こされる生活、私だったら一週間も持たない… 手合わせで「おやすみおじいちゃん」って寸止め無力化するシーン、クールすぎて声出た で、で!「私の冬の備蓄食料が!!」って魔族消し飛ばすところ、バケモンなのに動機が私的领域すぎてむしろ尊い😭 勇者とか英雄より「金貨五千枚あれば隠居できる」の不動産シミュの方が真剣なのズルくて好き