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ハサンがいなくなった空虚の部屋――ベッドの上では、なぜか女が幸せそうな顔で死んでいることが、不思議でならなかった。愛した男が悪魔の姿で現れたのに、恐怖することなく、ほほ笑んでその命を差し出した。ひとえに愛するハサンに逢えたことを、心から喜ぶように。
「なんでおまえは最初から最後まで、こんな俺に優しくしたんだ。ありがとうなんて、感謝される覚えなんてない……」
怠惰の悪魔として醜い姿で生まれ、忌み嫌われる存在の俺に優しくする人間なんて、誰ひとりとしていなかった。だから相手によって、俺の姿が変化するように、内なる悪魔の力を使って接した。
自分にとって、話しやすい相手をそそのかすべく、欲しいものを聞いてみたら、揃いもそろって『金』や『地位』を求める。俺がその夢を叶えてやると人間たちを騙して、魂を吸い取る石を手渡し、楽して餌を収集することを日課にしていた。
人を殺すことに躊躇いのある人間は、石によってその魂を自動的に吸い取られ、またある者は殺人を繰り返したことで精神を病み、自らの命を絶った。
俺が指定した、千人という人数に辿り着く人間がいない中で、『金』や『地位』を求めずに『翼』を欲したハサンがやり遂げるとは、思いもしなかった。
「せっかく、好きな女に逢うことができたのに、ふたりして死んでしまったら、意味がないだろうに」
呟きながら腰を屈めて、ブラックボックスに腕を伸ばし、中から白い小袋を取り出した。その口を開いて呪文を唱え、辺りに散らばっているハサンの赤い砂を小袋の中に吸い取らせた。
集められた亡骸は思ったよりも重さがあり、てのひらにずっしりとしたものを感じて、思わずほほ笑んでしまう。
「今まで、感じたことはなかった。俺はただ自分の食欲を満たすためだけに、人間の魂を集めていたせいか。実際はこんなに重いものなんだな」
人差し指と親指だけでつまめる魂と、小袋に集められたハサンの亡骸の違いを、改めて思い知る。たったひとりの人間の死が、俺の心を動かすなんて――。
(残された時間は、あと6時間だったか。急いで地下にある城に戻らなければ!)
利き手にハサンの亡骸が入った小袋を握りしめ、反対の手で城に通じる穴を開ける。地下が深すぎて明かりなどいっさい見えぬ、真っ暗闇の底だった。
「女、おまえの死も無駄にしないよう、俺がかけあってやる。今世でかなわなかった望みを、来世でハサンと一緒にかなえられるといいな」
優しい笑みで亡くなっている女に話しかけたあと空中に浮かび、勢いよく頭から穴に落ちた。長い時間落下しているからか、落ちているのに登っている感覚を途中で覚えたそのとき、父の住む城が目に映ったのだった。
コメント
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だから、最初から最後までなのか、😖💧