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二人が事務所へ戻ると、榊は変わらずモニターの前に座っていた。
扉が開く音に気づき、椅子をこちらへ向ける。
「おかえり。何か出た?」
「奈緒さんが男性と一緒にいたところを覚えている店員がいました」
神崎が簡潔に答えると、榊の表情がわずかに引き締まった。
「へえ。詳しく聞かせて」
一花は、女性店員から聞いたことを順番に説明した。
男の方が先に店へ来ていたこと。待っている間、一人で何かを繰り返し呟いていたこと。
そして、そのあと奈緒が来て、向かいの席に座ったこと。
「それと、だいたいの日付も分かりました」
神崎がイベント名と開催期間を伝えると、榊はすぐにキーボードへ手を伸ばした。
「イベント期間中なら、どっかの写真に映りこんでるかもしれないな」
三日間の開催期間を確認しながら、榊は公開されている情報を次々と開いていく。
公式サイトだけでなく、主催者のSNSや周辺店舗の投稿、イベントに訪れた人が公開している写真や動画にまで範囲を広げていった。
一花と神崎もモニターの前に立ち、画面が切り替わるたびに目を凝らす。
通りに並んだ屋台。風船を手に歩く子ども。買い物袋を提げた家族連れ。
イベント期間中だけあって、どの写真にも大勢の人が映り込んでいた。
しかも、奈緒が店を訪れたのが三日のうちいつなのかは分からない。
一枚ずつ確認していくしかなかった。
(こんな中から、本当に見つかるのかな……)
そもそも、奈緒たちが写真に映りこんでいる保証すらない。
店の中にいたのなら、外から撮られた写真には写らない可能性の方が高いだろう。
それでも榊は手を止めず、三日間の投稿を一つずつ辿っていった。
「……さすがに、そう簡単には見つからないですよね」
「まあね」
榊は画面を見たまま答える。
「でも、写ってないって決まったわけじゃない」
さらにいくつかの投稿を開いたところで、不意にマウスを動かす手が止まった。
「……これ」
「え?」
榊が一枚の写真を拡大する。
イベント期間中、近隣の店が投稿したものらしい。
写真の中心には、店先に並べられた商品と、その前を行き交う客たちが写っていた。
最初、一花には榊が何を見つけたのか分からなかった。
「奥」
榊が画面の一部を指す。
一花が目を凝らす。
通りを挟んだ向こう側、何軒か並ぶ店の中に、見覚えのある外観が小さく映りこんでいた。
「あ……」
胸の奥がざわつく。
「さっきのカフェ……」
「うん、そうだな」
榊がさらに画像を拡大する。
店の大きな窓には外の光が反射していて、店内の様子まではすぐには分からない。それでも倍率を上げていくうちに、窓際の席に、向かい合って座る男女の姿が浮かび上がってきた。
一花は無意識に息を詰め、モニターへ身を寄せる。
女の方は窓から差し込む光を受けていて、顔までは判別できないものの、髪の長さやまとめ方、服の雰囲気には見覚えがあった。
「……これ、奈緒かもしれない」
「そう思う理由は?」
榊が尋ねる。
「髪型と、服の感じが似てて……」
一花はさらに画面へ目を凝らした。
「SNSに同じ服を着てる写真があれば、確認できるかもしれません」
榊がすぐに奈緒の過去の投稿を遡っていく。
しばらくして、一花の目が一枚の写真で止まった。
「あ、これ」
画面に映っている奈緒は、写真の中の女性とよく似た服を着ていた。
「同じだと思います」
榊が二つの画像を並べる。
服の色や形だけでなく、髪のまとめ方もよく似ている。
(……奈緒だ)
店員の記憶だけではない。
あの日、奈緒は確かにこの店で誰かと会っていた。
胸の奥が重く沈んでいく。
そして一花の視線は、ゆっくりと向かいに座る男へ移った。
男の方は光の当たり方が悪く、少し俯いた顔の大半が影になっている。
遠くから撮られた写真の一部に偶然映りこんだだけあって、輪郭もぼやけていた。
それでも、見れば見るほど胸の奥がざわついていく。
(……似てる)
「もう少し……大きくできますか?」
自分でも分かるほど、声が強張っていた。
「できるけど、かなり荒くなる」
榊が男の部分をさらに拡大する。
画素が崩れ、細かな表情までは読み取れない。それでも、わずかに横を向いた顔の輪郭が浮かび上がった瞬間、一花の身体からすっと血の気が引いた。
面会室のガラス越しに見た男の姿が、脳裏に重なる。
『一花ちゃん』
『来てくれたんだ』
『助けたかったのに』
幼い口調で自分を見つめていた、水野翼。
「……水野」
気づけば、その名前が唇からこぼれていた。
隣にいた神崎が、一花と画面を交互に見る。
「水野翼に見えますか?」
一花はすぐには頷けなかった。
(違うって、言いたい)
似ているだけかもしれない。
この画質だから、そう見えてしまっているだけかもしれない。
「……似てます」
ようやく、絞り出すように答えた。
「でも、これだけじゃ……本人だとは言い切れないですよね」
「うん。この画像だけで断定するのは無理だね」
榊の答えに、一花はほんのわずかに息を吐いた。
安心したわけではない。ただ、まだ決まったわけではないという言葉に縋りたかった。
「ただ、ここまで似てるなら、確認する価値はある」
一花は再び画面へ目を戻した。
奈緒と、水野によく似た男。
二人は同じテーブルを挟み、向かい合って座っている。
数日前の奈緒の声が、耳の奥で蘇った。
『ないけど。なんで?』
水野翼とは、会ったことがない。
奈緒は確かにそう言った。
(もし、この人が本当に水野だったら……)
指先がゆっくりと冷えていく。
信じたくない。
間違いであってほしい。
それでも、画面の中の二人から目を逸らすことができなかった。
もし、この男が本当に水野翼なら。
――奈緒はあの日、一花に嘘をついたことになる。
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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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コメント
1件
読み終えたわ…(深呼吸) あの写真から水野翼っぽい男が見えた瞬間、ほんとに背筋冷えた。一花の「似てます」って絞り出したセリフ、声が震えてるのが伝わってきて胸が痛かったよ。奈緒が「会ったことない」って言ったのと矛盾するかもしれないって事実に気づいちゃった一花の心情、重すぎる…。続きが気になる、でも怖い、そんな気持ちにさせられた話だった。