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第六章 満ちゆく月
番外編②白月の癒し
ダイチが新たな力を得てから、数か月。
雷と水の魔力を拳や脚に纏わせて戦うスタイル。
最初は思うように扱えなかった力も、幾度となく魔物と渡り合ううちに身体へ馴染み、今では剣よりも自然に動くようになっていた。
「やっぱり俺、こっちの方が向いとる気ぃするわ」
嬉しそうに拳を握るダイチを見て、ジントも小さく笑う。
しかし、自分自身の体を武器とする闘い方。
そして剣に比べて魔物との距離が近いため、ダイチの傷は日に日に増えていった。
一方で。
ジントは旅の途中、各地の古書館や教会の資料室を訪れ、『月蝕記』に記されていた古い文字を少しずつ読み解いていた。
そして知ってしまう。
”月蝕の子”。
世界の闇をその身へ取り込み、やがてその身をもって、月へ還る存在。
ページをめくるたび、胸が冷えていく。
……やっぱり、オレなんだ。
その事実だけは、誰にも話せなかった。
もちろんダイチにも。
旅の目的は変わらない。
自分の出生を知ること。
胸元へしまった、小さな袋に触れる。
中には砕けた御守の欠片。
力が目覚めたあの日、音を立てて砕け散ったものだった。
唯一、自分へ残された手掛かり。
ジントはそっと袋を握り締めると、また前を向いた。
-–
ある日。
二人は東の小さな街へ辿り着いた。
市場は賑わい、人々の笑い声が響いている。
その大通りから少し外れた細い路地。
「……ん?」
ジントは思わず足を止めた。
古びた木の看板。
そこには小さく
『占い』
と書かれている。
机の前へ腰掛けていたのは、一人の老人。
乳白色の瞳だけが、不思議なほど印象に残る。
その視線と目が合った瞬間。
ジントはなぜか動けなくなった。
「おい、ジント?」
ダイチが不思議そうに振り返る。
老人は穏やかに笑った。
「旅人さんかい?」
「……まぁ、そんなとこやけど。」
警戒した声で答えるダイチ。
「ははっ。そんなに構えんでもええ。」
老人は目を細める。
「良かったら、どうだい?」
「いや、俺ら金あらへんし……」
「今日は特別だ。」
老人は静かに首を振った。
「お代はいらん。」
そしてジントへ視線を向ける。
「お前さんは、こっちへ。」
まるで導かれるように、ジントは木箱へ腰掛けた。
「お、おい!大丈夫なん!?」
「……うん。」
小さく頷く。
机の上には黒い布。
古い本。
見慣れない古代文字が描かれた札。
色とりどりの魔石。
いかにも占い師らしい道具が並んでいる。
しかし老人は、それらへ一切触れなかった。
ただ、ジントの瞳だけを見つめる。
黒い瞳と、乳白色の瞳の奥が、静かに交わる。
やがて老人は目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……お前さんの背には、ずいぶん重たい月が乗っとる。」
静かな声だった。
「その重さは、誰とも分かち合えん。」
「逃げることもできんじゃろう。」
ジントは黙って聞いていた。
「これから先、お前さんは多くの困難へ出会う。」
「じゃが。」
老人は穏やかに微笑んだ。
「月は、闇だけを照らすわけではない。」
ジントが僅かに目を見開く。
「お前さんには、まだ知らん力が眠っとる。」
「いつかその力で、誰かを救う日が来る。」
「その時になれば、自ずと分かるじゃろう。」
老人はどこか懐かしそうな目でジントを見つめた。
「……ありがとうございます。」
自然と頭を下げていた。
-–
「なんか変なじいさんやったな。」
市場を歩きながらダイチが笑う。
「言うこと全部ふわっとしとるし。」
「……うん。」
ジントは小さく返事をした。
けれど、その瞳と言葉が胸へ残っていた。
『月は、闇だけを照らすわけではない。』
その意味は、 まだ分からなかった。
-–
その夜。
宿代を節約するため、二人は街外れの森で野営することにした。
焚き火が静かに揺れる。
「ジント先寝ぇや。」
「……うん。」
ジントは毛布へ包まり、すぐ浅い眠りへ落ちた。
しばらくして。
ざわり、と胸の奥が疼く。
目が開いた。
「……!」
森の奥。
赤い光。
四つの瞳。
「ダイチ!」
叫ぶより早く。
黒い影が飛び出した。
「っ!」
ダイチが拳へ雷を纏う。
だが、横から現れたもう一体。
避けきれない。
鋭い爪が肩を深く抉った。
「っ……!」
鮮血が夜へ散る。
それでもダイチは止まらない。
「うおぉぉっ!!」
雷光が弾ける。
拳が魔物を吹き飛ばす。
続けざまに水を纏った蹴りが炸裂し、二体目も木へ叩き付けた。
魔物から瘴気が立ち昇る。
ジントは深く息を吸う。
心を落ち着かせ、恐怖を沈める。
そして、ゆっくりと瘴気を受け止めていく。
怒り。
悲しみ。
苦しみ。
すべてを胸へ受け入れ、 静かに還していく。
やがて森は静けさを取り戻した。
その時だった。
「ダイチ!」
ガクッと膝をつく姿が目へ入る。
肩から流れ続ける血。
顔色は真っ白だった。
ジントは駆け寄る。
「しっかり!」
ダイチを寝かせ、傷口を布で押さえる。
止まらない。
傷は深い。
魔物の爪による傷は、普通の傷とは違う。
瘴気が傷口へ残り、治りを妨げる。
このままじゃ……。
「大丈夫……やて……。」
「喋らないで!」
焦りで手が震える。
血が止まらない。
呼吸も浅い。
ダイチを助けなきゃ……
助けなきゃ……!
その瞬間だった。
掌が、ふわりと温かくなった。
炎とは違う。
月明かりのような、淡く優しい白い光。
「……え。」
光は静かに傷口へ溶け込んでいく。
赤黒く裂けていた傷が、少しずつ閉じていく。
流れていた血も止まり、荒かった呼吸が穏やかになっていく。
ジントは息を呑んだ。
「……治ってる。」
ダイチがゆっくり目を開ける。
「なんか……」
掠れた声で笑う。
「温かくて……気持ちええ夢見とったわ。」
その声を聞いた瞬間、全身から力が抜けた。
「……よかった。」
それからジントは急いで薬を塗り、包帯を巻いていく。
-–
しばらくして。
ダイチは身体を起こした。
「ジント。」
「ん?」
「さっきの……何やったん?」
ジントは自分の掌を見る。
まだほんのりと温もりが残っている。
「……分からない。」
「ダイチを助けなきゃって思ったら、急に光って。」
ダイチはその手を見て、ふっと笑う。
「なんか、ジントにぴったりの力やな。」
ダイチは何も知らない。
何も知らないから、そんなふうに笑える。
その言葉が、胸を締め付けた。
……オレは、闇を抱えて、いつかは消える存在なのに。
でも、もし、この力で誰かを救えるなら。
ダイチを守れるなら。
もう少しだけ、一緒に歩いてもいいのかもしれない。
昼間に出会った老人の言葉が蘇る。
『月は、闇だけを照らすだけではない。』
ジントはそっと掌を握り締めた。
黒い瞳の奥には、これまでになかった小さな光が宿っていた。
森を照らす満月は静かだった。
白く澄んだ月光は二人へ降り注ぎ、まるで新たに芽生えたその小さな希望を、優しく包み込むように輝いていた。
コメント
1件
優しい空気に包まれた番外編でしたね。占い師の「月は闇だけを照らすわけではない」という言葉が、最後の治癒の光に繋がるところがとても美しかったです。ジントが自分に新たな力があると知り、それでも誰かを救うために歩んでいこうとする決意に、胸が温かくなりました。この小さな希望が、これからどんな形に育っていくのか楽しみです🌙