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# 乃愛 _ 🎧🚬.
126
るれ
23
「ねぇ、もし明日が来なかったらさ。」
その言葉を聞いたとき、僕は笑って返した。
「何それ。急に重いって。」
「いいから答えて。」
夕焼けに染まる屋上で、彼女はフェンスにもたれながら空を見ていた。
風で揺れる髪。
少し寂しそうな横顔。
僕は少し考えてから答えた。
「…じゃあ、後悔しないように今日を楽しむ。」
彼女はふっと笑った。
「そっか。」
その笑顔が、あの日見た最後の笑顔になるなんて思いもしなかった。
*
高校二年の春。
僕には友達が少なかった。
昼休みは一人で本を読んで、放課後はそのまま帰る。
そんな毎日だった。
ある日、図書室で一冊の小説を取ろうとした瞬間、同じ本にもう一つの手が伸びた。
「…あ。」
「ごめん。」
同時に手を引っ込める。
そこにいたのは、同じクラスの朝倉陽菜だった。
いつも笑っていて、誰とでも話す人気者。
僕とは住む世界が違う人。
「先どうぞ。」
「え?いいの?」
「うん。」
「ありがとう。」
その日からだった。
彼女は図書室で僕を見つけるたび隣に座るようになった。
「本好きなんだ?」
「まあ。」
「おすすめある?」
「いっぱいある。」
「じゃあ全部教えて。」
そんな他愛ない会話が少しずつ増えていった。
*
ある日、帰り道。
「海、行こうよ。」
「今から?」
「うん。」
電車に揺られて一時間。
夕暮れの海。
波の音だけが静かに響く。
「ねぇ。」
「なに?」
「生きるって難しいね。」
突然だった。
「なんで?」
「毎日笑っててもさ、本当に笑えてるとは限らないじゃん。」
僕は答えられなかった。
彼女は笑うのが上手だった。
でもその笑顔の奥に、何か隠している気がした。
「君は?」
「え?」
「今、幸せ?」
その質問に、僕はすぐ答えられなかった。
幸せ。
そんなこと考えたこともなかった。
「…わからない。」
「そっか。」
彼女は海を見つめながら言った。
「私も。」
*
夏休み。
僕たちは毎日のように会った。
花火大会。
夏祭り。
コンビニでアイスを半分こして。
夜の公園でブランコに乗って。
くだらないことで笑って。
そんな時間がずっと続くと思っていた。
でも彼女は時々、遠くを見る目をした。
「もし私がいなくなっても忘れないでね。」
「またその話?」
「約束。」
「うん。」
「絶対。」
「忘れるわけない。」
彼女は少し泣きそうな顔で笑った。
*
二学期が始まった。
彼女は学校を休む日が増えた。
「風邪かな。」
みんなそう言っていた。
でも違った。
先生に呼ばれた。
「朝倉さんのことなんだけど…。」
その瞬間、嫌な予感がした。
「病気なんだ。」
頭が真っ白になった。
「前から入退院を繰り返していて…。本人がみんなには言わないでほしいと。」
嘘だ。
そんな。
なんで。
どうして。
*
病院へ向かった。
病室の扉を開ける。
「来ちゃった。」
彼女は笑っていた。
でも腕には点滴。
顔色も悪かった。
「怒ってる?」
「怒ってる。」
「ごめん。」
「なんで言わなかった。」
「普通に過ごしたかったから。」
「一人で抱え込むなよ。」
僕は初めて人前で泣いた。
彼女は困ったように笑っていた。
「そんなに泣いたら私まで泣いちゃう。」
「泣けばいい。」
「…うん。」
二人で泣いた。
夕日が病室を赤く染めていた。
*
それから毎日病院へ通った。
学校帰り。
宿題を持って。
好きな本を持って。
彼女は笑ってくれた。
でも日に日に痩せていった。
ある日。
「お願いがある。」
「なに?」
「最後まで笑って。」
「最後とか言うな。」
「お願い。」
「…無理だ。」
「じゃあ、一緒に笑お。」
彼女は手を差し出した。
その小さな手を僕は強く握った。
*
秋。
窓の外で紅葉が揺れていた。
「ねぇ。」
「うん。」
「好き。」
突然だった。
僕は息を飲んだ。
「私、君のこと好き。」
涙が止まらなかった。
「僕も。」
「もっと早く言えばよかった。」
「これからいっぱい言えばいい。」
彼女は首を横に振った。
「時間、ないんだ。」
その言葉だけで全部わかった。
*
数日後。
病院から電話が来た。
急いで走った。
息が切れて。
転びそうになりながら。
病室に入ると、彼女は静かに眠っていた。
「来たよ。」
反応はない。
「約束したじゃん。」
返事はない。
「起きろよ。」
肩を揺らした。
「まだ海行ってないだろ。」
「まだ花火も見てない。」
「まだ…。」
声にならなかった。
彼女はもう目を開けなかった。
*
一年後。
僕はまた海へ来た。
夕焼けはあの日と同じ色だった。
波の音も変わらない。
でも隣には誰もいない。
ポケットには一通の手紙。
彼女が亡くなる前に看護師へ預けていたものだった。
『もし読んでるなら、私はもういないね。
泣いてる?
泣いててもいいよ。
でもね。
私が好きだった君は、笑うとすごく優しかった。
だから、いつか笑って。
私の分まで生きて。
誰かを大切にして。
君と過ごした毎日は、短かったけど、一生分幸せだった。
ありがとう。
大好き。』
読み終えた瞬間、涙が止まらなかった。
空を見上げる。
あの日と同じ夕焼け。
「…ありがとう。」
風が優しく吹いた。
まるで彼女が「こちらこそ」と笑った気がした。
僕は前を向いて歩き始める。
悲しみは消えない。
忘れることもない。
それでも、大切な人が教えてくれた。
人はいつか別れる。
だからこそ、「今」を大切に生きることが、残された人にできる一番の約束なんだと。
終わり。
コメント
41件
ええええなく
感動した
読ませていただきました…。最初の夕焼けの屋上での会話から、もう胸がぎゅっとなりました。朝倉陽菜の「生きるって難しいね」という台詞、彼女の笑顔の奥の孤独を感じ取れたのが辛くて。手紙のシーンは涙なしには読めませんでした。静かな余韻がずっと続いています。最後に彼が前を向いて歩き出すところ、素敵でした。大切な人との一瞬一瞬が愛しく思える作品。本当に素晴らしかったです。寺島あおいでした🌷