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『今日は、ちょっと風が強いね』晶哉はそう言いながら、いつものように屋上へ行こうとしたが、ほんの少しだけ歩くスピードが遅かった。
灯はその違和感に気づいたけれど、言葉にはしなかった。
無理をしているのか、それとも気づかれたくないのか。
そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。
その日の夜。
灯がナースステーションの前を通りかかったとき、ちょうど看護師たちの会話が聞こえた。
《……佐野晶哉くん、また発作出てるって。でも、本人は“大丈夫”って言ってばかりで……。》
「えっ……」
足が止まった
「そんなのズルいよ……。」
思わず呟いていた
自分には話してくれないことがある。
でも、それを責める資格なんて、灯にもなかった。
彼はいつも、灯の前では笑っていた。
それはきっと、『灯には笑っていてほしい』と思っているから。
分かっている、でも……苦しかった。
次の日、晶哉は何もなかったように、また屋上に来た。
灯も黙ってついていく。
「……昨日、発作、出たんでしょ?」
沈黙を破ったのは、灯だった。
晶哉は少し驚いた顔をしたあと、ゆっくりと目を伏せた。
『……聞いたんだね』
「なんで言ってくれなかったの?」
『言ったら……灯さん、泣きそうな顔すると思ったから……。』
「……するよ。だって、好きな人が苦しんでるのに……。」
その言葉が、空気を震わせた。
晶哉は灯の方を見つめる。
2人とも、しばらく何も言えなかった。
灯の目に涙が浮かぶ。
けれど、それは晶哉の前では流れなかった。
「もう、隠さないで。私、ちゃんと全部知りたいの。貴方がどれだけ苦しいのかも、怖いのかも……全部を知りたい。」
晶哉は目を閉じて、小さく頷いた。
『ありがとう。そう言ってもらえて救われたよ。僕は強くないよ、強く見せてるだけ。僕の病気は治らない……、そういう事は待つのは死のみ……。本当は怖い……寝たら明日が来なくなるんじゃないかって……そのまま死ぬんじゃないかって……泣』
灯は、そっと手を差し出した。
「泣きたい時に泣いていいんだよ。貴方が、私に言ってくれたこと、私には凄く勇気になったの。だから次は私の番だね。」
今度は、2人の指が、しっかりと絡んだ。
どこにも逃げない。
現実からも、未来の不安からも。
今、この時間だけは、確かに2人は一緒にいた。