テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
当麻月菜
842
紫倉 紫
121
当麻月菜
332
当麻月菜
401
ばたっちゅ
4,007
#シングルマザー
「アルベルティナ嬢、悪いが、しばらく堪えてくれ」
レンブラントは短く言い捨てると、両手をベルの背と膝裏に回す。そしてベルを横抱きにして宿屋へと歩き出した。
「せっかく包帯が取れたっていうのに……くそっ」
レンブラントは苛立っているが、ベルに向けての怒りはない。そして抱いている手は、壊れ物を扱うように丁寧だ。
ベルはそれを身体全部で感じている。でも、大人しく抱かれるつもりはなかった。
「歩けるので、降ろしてください」
「気絶させられたいのか?」
間髪入れずに物騒な言葉が返ってきて、ベルは小さく息をのむ。
(……違う。そうじゃないのに)
今しがた、クルトによって地面に引きずられたのだ。コートには泥がべったりと付いている。
そんなものを着たままでいる自分を抱いているレンブラントの軍服は、間違いなく汚れてしまっているだろう。
「服……汚れるから」
「洗えばいい。それに俺は別段気にしない」
あっさりとそんなことを言われても、さすがに「あっそう」と頷けるなんてできない。そりゃあ、本当に歩けるかと聞かれたら、かなり厳しいけれど。
だからせめてあんまり汚れないように、距離を取ろうともぞっと動けば、すぐに抱く腕に力がこもる。
(……人の気も知らないで。これだから軍人は嫌いだ)
「……ベ、あ、いや……アルベルティナ嬢」
「は、はい」
心の中で悪態を吐いた瞬間、名を呼ばれてぎこちなく返事をする。
レンブラントの声音は優しくて妙に怖い。
「あんた短剣はどうしたんだ?」
「……あ」
何を言われるんだと身構えていれば、予想もしてない問いが降ってきて、ベルは間の抜けた声を出してしまう。
「ったく【あ】じゃないだろう。こういう時の短剣なんだ。これからは、肌身離さず持っておけ」
「はい」
ごもっともな忠告にベルが素直に頷けば、レンブラントは小さく吹き出した。
「あんたが素直だと逆に怖いな」
「なっ」
ベルはムッとするけれど、言い返すことはしない。
口の中が切れて痛いから。……そう思うことにした。そして、ベルと呼び捨てにされたことも、あんた呼ばわりに戻ったことも、ベルは気付かないフリをした。
ただやり場の無い気持ちは、誤魔化すことができなくて──ベルはレンブラントに気付かれぬよう唇を噛んだ。
***
「まぁ、まぁ!?お、 お嬢さん、一体何があったんですか!?転んだんですか!?こりゃあ、大変だっ」
宿屋に戻った瞬間、女将から大絶叫で出迎えられてしまったが、女将が大袈裟すぎるわけではない。
ほんの一時間前に、お供3人を引き連れて外出した令嬢が、顔をパンパンに腫らせて服は泥だらけで戻って来たのだから驚かないほうが無理がある。
宿屋というのは沢山の人と触れ合う場でもある。こういう状況になれているのだろう。驚いたのは一瞬。女将は、すぐに気持ちを切り替えた。
「ま、まずは着替えだね。あと顔の腫れはすぐに冷やさないといけないし、傷の手当もしなきゃならないっと……じゃあ、でっかい軍人さん、あんたさんはこの娘さんを部屋に運んでおくれ。水ダライとか薬箱とかは、私がすぐに持っていくからさ」
「助かる」
レンブラントは間髪入れずに頷き、ベルを部屋へと運ぼうとした。けれども、
「軍人さん、くれぐれもお嬢さんが着替えてるとこ覗くんじゃないよっ」
「誰がするかっ」
女将からの忠告に対し、食い気味に否定したレンブラントがあまりに必死過ぎて、ベルはつい噴き出してしまった。
すぐに「黙れ」という言葉と共に、ぞっとするほど冷ややかな視線が降ってきた。
コメント
1件
うわ、また波乱が……! クルトに引きずられて傷だらけのベルを、レンブラントが迷わず横抱きにするのがもう、たまらないですね。「服が汚れる」「洗えばいい」のやりとりに、彼の容赦なさと優しさが凝縮されていて。女将の登場で一気に空気が和んだかと思いきや、最後の「黙れ」でまた緊張が戻るメリハリ、本当に巧いです。ベルの複雑な心境もじわじわ来ます……続きが気になる!