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「…………中崎さんの事…………ですよね?」
優子の問い掛けに、看護師が僅かに表情を曇らせたけど、何事もなかったように冷静な口調で対応する。
彼女は、ぎこちなく頷いた。
(拓人の苗字って…………中崎って……いうんだ……)
思い返せば優子は、男の下の名前しか知らない。
拓人のこれまでの人生も、二人で放浪していた時に、初めて聞いたくらいである。
口元を引き結んでいた看護師が、躊躇いながらも、唇をうっすらと開かせた。
「中崎さんは…………搬送された時……既に…………亡くなられてました」
「…………え?」
優子は、看護師の言葉を、一瞬理解できなかった。
亡くなった? 拓人が? ナクナッタ…………?
嘘……でしょ? だってアイツ…………あの時、私に……初めて名前で……呼んでくれたんだよ?
私の名前を呼んだのが……拓人の…………最期の言葉だって……いうの……?
そのまま拓人は…………天に召されたって……事なの……!?
嘘……! 嘘だよ……!! アイツが亡くなったなんて……嘘に決まってる! 拓人は…………きっと病室にフラッと現れるはずだよっ!!
『俺のせいで、悪かった。あんたも無事で良かったよ』とか言いながら、拓人は病室に入ってくるに違いないんだからっ!!
優子の脳裏に浮かんでくるのは、男が刺された後、彼女に顔を向け、痛みに顔を歪めながらも笑い掛けて名前を呼んでくれた事。
あの時の拓人の表情と声が、今も優子の中にこびり付いて離れない。
「それでは、お大事に」
看護師の挨拶で、弾かれたように彼女は顔を上げると、力なく会釈をした。
ドアの閉まる音の後、病室に漂う、沈み込むような静寂。
「アンタ…………私に言ったじゃん……」
黒い瞳が涙で覆われていき、視界が次第に歪んでいく。
「夜明け前の湘南の海岸に行った時…………『あの光の果てに何があるか、俺と一緒に…………見に行ってみないか?』って……」
目尻に溜まった涙が、優子の頬に落ち、雫の痕跡を描いていく。
「あれは…………嘘……だったの……?」
やたら広く感じる個室に、彼女が零す言葉たちが大きく響く。
「嘘だって言ってよ! ねぇ!! 拓人ってばぁっ!! 拓人ぉぉおおぉっ!!!!」
キリっとした瞳から溢れる涙を拭いもせず、子どものように顔をグシャグシャにさせながら、優子は、しゃくり上げ続けた。
コメント
2件
本当になくなってしまったの?
優子に甘えてた?中崎拓人…可哀想…