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「今日はある物で我慢してもらうけど、そのうち俺の行きつけの美容室に行って、髪質に合うシャンプーとトリートメントを見繕ってもらおうか」
「い、いえいえ! 涼さんが通うような所なんて支払えません。二か月に一回、八千円でもギリギリなんですよ……」
自分の懐事情を話すのは恥ずかしいけれど、無い袖は振れない。
涼さんはしばしキョトンとして私を見つめていたけれど、おずおずと言う。
「髪がまっすぐで綺麗だから、一か月に二、三回はトリートメントに行ってるのかと思った」
それを聞き、私はガックリと項垂れ溜め息をつく。
そして「こういうもんだよな」と自分に言い聞かせ、彼にも言い含めた。
「庶民は一か月に一回でも割と大変です。一大イベントです」
涼さんはなおもキョトンとし続け、だんだんその顔がハニワに見えてくる。
「物をいただいたり、レストランでご馳走してもらうのはともかく、美容室までっていうのはやり過ぎに思えるので、私のやり方を貫かせてもらおうと思います」
キッパリと言うと、涼さんは首を傾げて腕組みをし、しばらく何か考えていた。
そのあと「うん」と頷くとスマホを出し、誰かにメッセージを打つ。
「じゃあ次の週末にでも、うちの姉か妹とでも一緒に、サロン巡りしようか。女性のケアは女性のほうが分かってると思うし」
「なにが『じゃあ』なんですか! 文脈読んでない!」
クワッと目を見開いて文句を言うと、涼さんはのんびりと言う。
「綺麗にするに越した事はないじゃないか。どうせ一緒に住むなら諸々俺が持つ訳だし、美容室だけ恵ちゃん持ちって訳にいかないよ」
「じゃ、じゃあ、私は何にお金を使えばいいんですか。働いてちゃんとお給料をもらってるんですから、自分の事ぐらい自分で……」
「それを考えると、恵ちゃんの人生がもっと豊かになるんじゃないかな」
「え?」
思いも寄らない事を言われ、私は目を瞬かせる。
「俺が出すお金って、衣食住とかの生活費だ。美容も生活費に含まれると思っているし、貴金属類やブランドバッグとかも、俺が自己満足で贈ってるだけ。恵ちゃんは生活費の支出がなくなったら、何にお金を使いたい?」
涼さんは洗面所に置いてあるスマートスピーカーに「フェリシア、お風呂を入れて」と命令する。
それからゆっくりと歩いてリビングに戻りつつ、話の続きをした。
「俺と恵ちゃんの旅行なら、勿論俺が出す。……その他に、親御さんにプレゼントするとか、朱里ちゃんと女子旅をするとか、憧れていたけれど我慢していた物を買ってみるとか、寄付をしてみるとか、色々使い道はあると思うんだ」
私は彼のあとについて歩き、リビングのソファに座る。
「いやみかもしれないけど、俺みたいに金があると、物欲ってほぼなくなる。代わりに体験に重きを置くようになるんだ。レストランでの食事も、家族や友人とだと楽しい時間を過ごせるからプライスレス。キャンプに行くとか快適なドライブをするとか、綺麗な海でサーフィンをするとか、サファリパーク、オーロラ、イルカやシャチ、世界遺産。……俺はまだこの目で見た事のないものに興味を持っているし、価値を見いだしている」
涼さんの話す事はとてもスケールが大きく、私は圧倒されて言葉を失っていた。
「勿論、贈り物をして人に喜んでもらうのも嬉しい。俺の周りにいる人も大体、自分の欲しいものは手に入れている人ばかりだけど、やっぱりプレゼントされると嬉しいものだからね」
彼は私の両肩に手を置き、ポンポンと叩く。
「毎日の生活から解放されたあと、頑張って稼いだお金をどうやって使ったら生きたお金の使い方になるか、少し考えてごらん。生活費の心配はもうしなくていいから、これからはどうやったら自分らしく、幸せな人生を歩んでいけるかを考えるんだ」
涼さんの言葉を聞いているとポーッとしてしまい、妙な高揚感、無敵感に包まれる。
溜め息をついた私は、スケールの大きな話に少し疲れを覚えて彼をチロリと睨んだ。
「涼さん、新興宗教の教祖様とかできそう。あなたと話していると気持ちがフワフワして、何でもできちゃいそうな気持ちになります」
「おや、光栄だな」
クスクス笑った涼さんが実は割とガチめに依頼を受けて、人生設計やら投資やら何やらのセミナーを開いていると聞いたのは、後日の話だ。
勿論、怪しげなセミナーではなく、成功者としての実体験から色々話すやつらしい。
その時、涼さんのスマホがピコンと鳴り、立て続けにピコピコ鳴りまくる。
「お、引っ掛かったかな」
魚釣りでもしているように言った彼は、スマホを起ち上げて液晶を見る。
そしてニッコリといい笑顔で笑った。
「姉も妹も弟も、なんなら両親も恵ちゃんに興味津々みたいだ」
うわあああああああ!!
忘れていたご家族への挨拶を思い出し、私は両手で頭を抱える。
「そ、それ。なんとか回避できませんか? 急すぎて……」
「勿論、正式な挨拶はまだ先にしておくよ。でも姉や妹のほうが俺よりセンスがいいと思うし、買い物友達には丁度いいんじゃないかな」
めっちゃ格差のある友達ですが……!
物凄い顔をしていると、涼さんはクスクス笑って私の肩を叩いた。