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玄関の戸を岩崎が開けると、二代目が仁王立っていた。
「京さん!あんたなぁ!どこでもかしこでも!いい加減、女の整理しろよっ!月子ちゃんの身になってみろ!」
こちらも、苛立ちを岩崎へぶつけてくる。
「……何の事だ?二代目」
「とぼけんな!あの女学生はなんなんだよ!」
岩崎を訪ねて来た玲子へ応対した二代目は、どうも一悶着あったらしく機嫌が悪い。
「あー、一ノ瀬女史は、あーゆー人でねぇ。二代目、皆、煙たがってるんだ」
中村が、岩崎は玲子と何かある訳ではないと、それとなく口添えした。
「とにかく!俺は帰る!」
二代目は、男爵夫婦が音楽学校へ演奏会について直談判に行ってしまったから留守番していただけだと言い放ち、草履を履こうとしたが、動きを止めた。
「なんで、月子ちゃんがぶら下がってんの!」
腕を組む岩崎と月子を、二代目が凝視する。
「京さん!あんた!いくら、月子ちゃんが小さいからって、腕にぶら下げて引きずり回すこたぁないだろお!」
「……二代目。さっきから、何を言ってるんだ?」
「どうもこうも!何でもいいだろうがっ!とにかく!月子ちゃん!このままじゃ、この、おっさんの女癖の悪さに泣かされるだけだ!もう一度、良く考えなっ!」
どこか、虫の居所が悪い二代目は、岩崎にあたり散らし、続いて、月子まで巻き込んだ。
だが、岩崎がおもむろに顔をしかめる。
「二代目。その、おっさんとやらは、女癖の悪いとやらは、月子を泣かすという輩《やから》は、誰の事だ!!」
いつも以上に大きな声を張り上げる岩崎に、後ろで控える中村は、驚きからびくりと肩を揺らし、包みを落としそうになった。
「月子ちゃん!いくら見合いだっていってもなぁ!実家も焼けちまった。だったら、俺の所へ来い!わざわざ、苦労するのがわかってる男、それも、おっさんの所へなんか!これじゃあ、見合いじゃなくて、妾奉公じゃねぇか!」
二代目も、負けじと声を張り上げる。
しかし、言われている月子は、何が起こっているのか、二代目の剣幕が、何を意味するのか分からない。
怒り具合に緊張してしまい、岩崎の腕をギュッと握り、小さくなっていた。
「二代目!!」
我慢ならんとばかりに、岩崎が叫ぶ。
二代目は、ギリギリと歯軋りの音が聞こえそうなほど、顔をしかめつつ、岩崎を睨み付ける。
「……何が言いたいのかわからんが、西条家の火事の話は今持ち出す事ではないだろう?そして……」
岩崎も、険しい顔で、二代目を睨み付けた。
「妾奉公とは、何事だっ!!!私の事をあれこれ言うのは勝手だ!しかし、月子を侮辱するような言葉使いは、許さん!!!」
神田旭町一体に聞こえるのではなかろうかと思えるほどの、落雷のような岩崎の怒鳴り声が響き渡る。
中村も思わず後退り、玄関戸口にぶつかった。
ガラス戸が、ガタガタなって、月子も、はっとする。
やはり、何が起こっているのか分からなかったが、岩崎を落ち着かせなければと、ひたすら腕を掴んだ。
なんと言葉をかけて良いのか、そして、自分はどうすればよいのかと、混乱仕切っている月子には、それしか出来なかったのだ。
「……すまんが、月子が、怖がっている。帰ってくれ……」
「……何が、月子だっ!呼び捨てにしやがって!俺は、大家だぞっ!」
チッと、悔しげに舌打ちし、二代目は、いまいましそうに岩崎と月子に目をやり、大袈裟に玄関のガラス戸をピシャリと音を立てて閉め、立ち去った。
「な、なんなんだ?っていうか、岩崎、二代目と、何かあったのか?やけに突っかかって来るというか、なんで……月子ちゃんが……」
中村は、これでは、月子の取り合いではないかと言いかけ、黙りこむ。
その月子が、顔をひきつらせ、隠れるように岩崎の腕にしがみついていたからだ。
確かに、怖がっている。そう思った中村は、なんとか、場の雰囲気を変えようとしてか、野菜の包みを持ち上げた。
「おい!岩崎!本当に、これは重い!早く料理してくれ!」
おどけて見せる中村に、岩崎もやり過ぎたと思ったようで、よし!と、返事をする。
「中村、男の料理と洒落こむか?!」
「へっ?!おれが、台所に立つのかよっ?!」
料理なんぞできねぇよ?!と、泡を食う中村に、岩崎は、これからの世の中は、などなど、先進的過ぎる説教を始めた。
「あー!月子ちゃん!助けてよ!」
中村の悲痛な訴えに、月子も思わず吹き出し、
「……まだ、こちらのお台所に慣れてませんが、何かお作りしますよ?」
と、はにかみ、言った。
「構わんか?月子?疲れていないのなら、ゆっくりで構わんから、中村へ何か作ってやってくれ」
岩崎が、月子を落ち着かせようとしてだろう、先ほどとはうって変わって、優しく声をかけている。
「って、いいますかねぇ、結局のところ、岩崎が、月子ちゃんの料理を食べたいんだろ?」
ここぞとばかりに、中村が、自分を出《だ》しに 使うなと岩崎へ、おどけながら突っかかる。
「う、うるさいぞ!まったく!なんなんだ!月子の事になると、皆してっ!!」
「おれは、別に月子ちゃんの事は、あれこれ言ってないですけど?」
中村は、更に岩崎をからかった。