テラーノベル
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レイラは窓の外から湖を眺めていた。部屋に入り込む風は依然として冷たく、春が待ち遠しく思う。しかし、ここでの生活もそんなに悪くない。皮肉にもそう感じている。
はじめは人質として、敵として扱われる覚悟をしていた。どんなに冷たい目で見られても、どんなに無視されても、仕方のないことだと自分に言い聞かせていた。
けれど、実際のハーロルトは想像していた人とは違った。たしかに無口で近寄りがたいが、傲慢なことを言う人ではない。時折、湖を眺めるその横顔が、ひどく寂しそうに見える。
視線を湖に戻すと、白い鳥が一羽、ゆるやかに水面を滑っていく。穏やかな光景に、ふと微笑みがこぼれた。
「いつか……あの人も笑える日が来たらいいのに。」
レイラはそっと呟いたあと、胸元に手を当てた。心臓の鼓動が静かに響く。彼の目の奥には、決して冷たさだけがあるわけではないと、最近ようやく分かってきた。
「……レイラ嬢。」
背後から名前を呼ばれ、思わず振り返る。そこには、いつの間にかハーロルトが立っていた。
「ハーロルト様……!」
慌てて頭を下げると、彼はわずかに眉を動かし、首を横に振った。
「そんなにかしこまる必要はない。……ただ、外に出てみないかと思ってな。」
「外……ですか?」
「今日は天気がいい。庭の整備も兼ねて散歩をしよう。」
ハーロルトの声は、どこかぎこちない。それでも、彼なりに歩み寄ろうとしているのが分かった。レイラは少し驚きながらも、微笑んで頷いた。
「はい。ご一緒します。」
屋敷の外。白い息が淡い光の中に溶けていく。ハーロルトは無言のまま歩いていた。足元の小石を踏む音だけが響く。
「……静かですね。」
レイラが言うと、彼は少しだけ空を見上げた。
「この静けさが、私は好きだ。」
ハーロルトは穏やかな声でそう言った。レイラは彼の横顔を見つめながら、小さく微笑む。光が輪郭を柔らかく包んでいた。
湖畔まで歩くと、冷たい風が頬を撫でた。レイラは立ち止まり、水面を見つめる。光が揺れ、波紋がゆっくりと広がっていく。
「……ハーロルト様。」
「なんだ。」
「お願いがございます。」
彼は少しだけ首を傾ける。
「なんだ?」
「画材を……いただけませんか?」
レイラは両手を胸の前で組みながら、少し恥ずかしそうに続けた。
「この景色を描きたいんです。湖も、山も、空も……全部、ここに来てから見た景色がすごく綺麗で。見ているだけじゃ、もったいない気がして。」
ハーロルトは黙って彼女を見つめていた。その視線には、どこか懐かしさのようなものがあった。
「絵を描くのが好きなのか?」
「はい。……昔、父に教えてもらっていました。忙しくても、一緒に絵を描いてくれたんです。」
その言葉に、ハーロルトの表情がかすかに揺れる。彼はしばらく何も言わず、湖の方へ視線を向けた。
「……いいだろう。」
低く、それでいて優しい声だった。
「必要なものを使用人に伝えておけ。好きなだけ描くといい。」
「……ありがとうございます!」
レイラの顔がぱっと明るくなる。
「……寒くなってきた。そろそろ戻るか。」
「はい。」
二人は並んで屋敷へと戻っていく。
レイラの足取りは軽く、ハーロルトの背中は少しだけ柔らかく見えた。
コメント
4件
はわ…………!!??もう結構仲良くなってませんか………!!?? 寒いはずなのに心があたたかい…!!
相変わらずタイトルが美しい 二人の間の距離が徐々に縮まっていってる…!