「着替えてくるね」と部屋を出た少女は、廊下に出た瞬間、小さくため息を漏らした。
「なんで私、あんなこと言っちゃったのかな……」
先程、自分が口にした『見たいとか思ったりするのかなって思って』という言葉に、恥ずかしさを感じていた。
「最近の私、ほんと変だよね……」
またひとつ、溜め息をついた。さっきまでよりもずっと大きな溜め息を。
そして、するすると制服を脱ぎ捨て、姿鏡の前に立って下着姿の自分を見つめる。別にスタイルを確認したりするつもりではなかった。
夕方のオレンジ色の光が差し込み、その光に照らされた。鏡に映る『もう一人の自分』に語りかけるために。
「――憂くんのことが好きなのに、初恋が実ったのに、やっと恋人同士になれたのに、どうして余計に素直になれなくなっちゃったんだろ。ねえ、どう思う?」
答えてくれるはずのない鏡の中の自分に、そう答えを求めた。しかし、返事は返ってこない。「当たり前か」と、一人、呟く。
「でも、不思議だなあ。今までみたいに憂くんに普通に接したいって悩んでるはずなのに。それでも幸せだって感じちゃう」
鏡に映し出された自分の向こう側を、再度、少女は見つめる。自分の裏に隠されている本当の自分を探し出そうとするようにして。
それから、自分の心の中にある迷いを払拭するようにして、少女は大きく頭を振った。
「駄目駄目。せっかく憂くんの恋人になれたんだから、自分を信じなきゃ。迷ったり悩んだりしてちゃ、今までと何も変わらないじゃん。もっと素直にならなきゃ。じゃないと――」
じゃないと、『あの子』に取られちゃう、と。少女は言葉にする。
そして目を瞑り、『陰地憂』という一人の男子のことを思い浮かべる。そして思い出す。その幼馴染の彼のことを初めて恋をした時のことを。つまりは、『初恋』をした時のことを。
「――憂くん。あの時のこと、ちゃんと覚えててくれてるのかな」
昔のことを思い出す。そして再確認する。自分がどれだけ『陰地憂』という幼馴染の男の子のことが好きなのかどうかを。
そして、「よしっ!」と覚悟を決めるように、両手の拳を胸に当てた。
もう少しで期末テストが始まる。それが終われば夏休みに入る。私はその前に、しっかりと自分と向き合わなきゃ、と。少女は心の中で決意をし、気持ちを入れ直した。
少女は私服に着替えて部屋へと戻ろうとした。
だが、その前に、少しでも気持ちを落ち着けようと、コップの中に冷えたミネラルウォーターを入れ、一気に飲み干した。
冷たい水が喉を通るたびに、心の奥が少しずつ落ち着いていくのを感じる。
けれど、不思議と胸の奥は熱いままだった。
「ふうーっ。よし、行くぞ!」
そしてリビングを出て、部屋へと戻る。
「今、憂くんも同じこと考えてくれてたらいいな」、と。小さく呟きながら。
『第20話 とある少女の恋の悩み』
終わり
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