テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#普通
野々さくら
543
805
44
ありあ
159
信愛が教室へ入ると、いつものように茜とさくらが席で談笑していた。
「おはよ♬」
「あ♬おはよ信愛♬」
3人は笑顔で朝の挨拶を交わす。
席へ荷物を置いた信愛は、思い出したように茜へ顔を向けた。
「てかさ、みんなツミッターって見た?」
「ああ、見た見た」
茜はすぐに頷く。
「あんな怖い事件がこの街で
実際にあったなんて全然知らなかったよ
お母さんから聞いてビックリした」
「ん? 事件?何の話?」
信愛は首を傾げた。
「あれ? バスジャックの話じゃないの?」
「いや、私が話したかったのはMWの炎上の話だよ」
「あーね、そっちか」
茜は照れ笑いを浮かべた。
「てっきりバスジャックの話かと思っちゃった」
「てか、バスジャックなんてあったの?」
信愛が驚いたように言うと、さくらが静かに口を開いた。
「25年前の事件らしいよ」
「私たちが産まれる前か」
「かなり酷い事件だったんだって」
「酷い事件?」
信愛が目を丸くすると、茜はスマホを取り出した。
「これだよこれ」
画面を操作しながら信愛へ差し出す。
「ネットで調べたら、当時の新聞記事を
文字起こししてるブログみたいなのみつけたんだ」
「どれどれ・・・」
信愛は茜が差し出したスマホを受け取り、その画面へ視線を落とした。
◇ ◇ ◇
古海新聞社発売新聞記事より引用。
2000年──平成12年──6月8日──木曜日。
狗頸バスジャック事件、運転手の壮絶な選択。
史上最悪の結末。
6月7日水曜日、東亰都狗頸市で発生したバスジャック事件が、日本中に衝撃を与えている。
同日正午、運行中の路線バスが何者かに乗っ取られ、乗客20名が人質となる緊迫した事態に発展。
犯人は運転手の西鉄雄さん(55歳)に拳銃を手渡し「乗客の命か、自身の命か選べ」と迫った。
そのやりとりを目撃した乗客は自らの命の最期を悟った。
しかし運転手の西さんは誰も予想しない行動をした。
西さんは乗客の命を優先し自ら拳銃で命を絶ったのだ。
この予想外の行動に動揺した犯人も直後に自殺。
乗客20名は全員無事に解放されたがら現場は混乱と悲しみに包まれた。
生存した乗客の一人は「運転手である西さんが最期に『誰かを殺すなんてありえない』と言っていた」と涙ながらに語った。
また、警察は犯人の身元や動機の解明を急いでいるが現時点では詳細は不明。
狗頸市では追悼の動きが始まり、西さんの勤務していたバス会社には献花台が設置された。
市民からは「彼は英雄だ」「なぜこんな悲劇が」との声が上がる一方、公共交通の安全対策を求める意見も高まっている。
この事件は「命の価値」をめぐる重い問いを社会に投げかけた。
西鉄さんの決断は多くの命を救ったがその代償はあまりにも大きい。
狗頸市で起きたこの悲劇は日本中に深い傷跡を残すだろう。
◇ ◇ ◇
ブログはこう締めくくられており、下の方にスクロールすると、西鉄雄が勤めていた、バス会社に設置されていた献花台の画像、当時のニュース番組の画像添付されていた。
記事を読み終えた信愛、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、言葉を失う。
教室のざわめきが遠のき、耳に入るのは自分の鼓動だけだった。
「や、やば・・・」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
「こんな酷い事件、実際にあったんだ」
記事には、乗客たちが味わった恐怖や犯人の凄惨な犯行、そして悲劇的な結末が克明に記されている。
その一文一文が、信愛の胸へ重くのしかかった。
茜は静かに頷く。
「何でも『史上最悪の結末を迎えた
バスジャック事件』って言われてるらしいよ」
その言葉を聞いた信愛は、スマホの画面を見つめたまま、小さく息を呑んだ。
「確かに最悪だね・・・」
すると、それまで黙って話を聞いていたさくらが口を開いた。
「でもさ、この運転手凄くない?」
二人の視線がさくらへ向く。
「乗客守るために、自殺するなんてさ」
「確かに普通できないよね・・・」
教室に一瞬、静寂が流れた。
その言葉は、事件の悲惨さとはまた違う重みを持って、信愛と茜の胸に深く響いていた。
◇ ◇ ◇
それから昼休みになり、怪異探求倶楽部の部室では、朝から話題になっているバスジャック事件について、それぞれが思い思いに語り合っていた。
「す、すごい事件ですね」
朝陽が静かに呟くと、信愛も神妙な表情で頷く。
「やばいよね」
その時、焔垂が腕を組みながらぽつりと言った。
「カルネアデスの板みたいな感じだな」
「カルネアデスの板?」
茜が首を傾げる。
「ああ、確かにそうですね」
朝陽は納得したように頷いたが、信愛だけは話についていけず、不思議そうな顔をする。
「何?そのカルネアデスの板って」
焔垂は説明するように口を開いた。
「古代ギリシャにカルネアデスって哲学者が居てな」
そいつが考えた倫理のジレンマに関する
思考実験の事を、カルネアデスの板って言うんだよ」
「思考実験って?」
茜がさらに問い返す。
「読んで字の如く、思って考える実験の事だよ」
「理科とかの実験とは違うの?」
「思考実験は理科の実験みたいな
直接的な実験じゃなくてな
もし◯◯だったらどうなるだろうか? みたいに
特定の状況とか仮説を頭の中で想像して
議論しながら倫理的な解決策を導き出す行為だよ」
茜は感心したように頷きながら、興味深そうに身を乗り出す。
「たとえば?」
焔垂は首を傾げる一同に、カルネアデスの板について解説する。
コメント
1件
×××さん、こんにちは、みぅです🤍🥀 File6、じわじわと重さが増してきましたね…。25年前のバスジャック、運転手さんの選択、胸が痛くなりました。「誰かを♡♡♡なんてありえない」って、自分の命を絶つことで貫いたんだなって思うと、言葉にならないです。カルネアデスの板の話、ここで出てくるのがすごく効いてて、倫理的なジレンマを考えさせられる回でした。さくらが「凄くない?」って言ったところ、不謹慎かもしれないけど、私も同じこと思っちゃいました。次話も楽しみにしてます🌙