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運命の日曜日。午後1時。
俺は、人生で何度目かの「死線」を潜る覚悟で、国産の最高級セダンを走らせていた。
後部座席には、緊張で顔を強張らせたシズちゃんと、老舗『虎屋』の紙袋。
天利「(……落ち着け。
相手はシズちゃんの父親だ。
極道者だと聞いているが、筋を通せば話は分かるはずだ。
手帳に書いた通り、罵倒されても耐える。
決して手は出さない)」
車が止まったのは、赤坂の華やかさから切り離されたような、築古の木造アパートの前だった。
シズカ「……ここです。2階の角部屋。
父も、もう来ているはずですわ」
俺は深呼吸をし、車を降りた。
シズカ「……行きましょう、天利さん」
シズちゃんが俺の手を強く握った。
その手の震えは、恐怖ではなく、何かを決意した戦士のような硬質さを帯びていた。
狭い共有階段を上がり、201号室のドアの前に立つ。
シズちゃんがチャイムを鳴らす。
シズ母「……どうぞ、入って」
中から聞こえたのは、凛とした、だがどこか棘のある女性の声。
ドアが開いた。
そこは6畳ふた間の2K。その片方の部屋の真ん中に、安物の座卓を囲んで2人の人物が座っていた。
1人は、見るからに『シズちゃんのお母さん』な洗練された装いのマダム。
そしてもう1人は……。
天利「…………っ!?」
シズ父「あんたは……!!」
座卓の奥で、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたスキンヘッドの男。
大判組傘下、舎輪組の組長・輪島。
輪島「……よく来たな、天利……。
いや、『御焼組組長』さんよぉ!!」
俺の脳内が、一瞬で真っ白になった。
シズちゃんの父親が、あの「舎輪組の輪島」?
輪島「テメエ……ウチのシズカをたぶらかして、タワマンに囲い込んで……!
殺してやる、刺し違えてでも殺してやるぞ!!」
輪島が絶叫し、傍らに置かれたドスを引き抜こうとした。
天利「待っ、輪島組長! これは……!」
俺が弁明しようとした、その時だった。
ドゴォッ!!
凄まじい衝撃音が狭い部屋に響いた。
輪島が振り上げようとしたドスの手首を、シズちゃんの踵が、上段蹴りの軌道で正確に粉砕したのだ。
輪島「ぎゃあああああかっ!?」
シズカ「うるさい……黙れ……」
シズちゃんは、低い、地を這うような声で凄むと、可憐なワンピースの裾を翻し、悶絶する父親の胸ぐらを掴み上げた。
その瞳には、俺ですら見たことがないほどの暴力性が宿っている。
シズカ「今、そのドスで何をしようとした?
テメェの娘の幸せを、その腐った根性でぶち壊すつもりか!?あ?」
シズ母「……いいぞ、シズカ。もっと言ってやりな。
この男、昨日から近所迷惑なことばっかり言ってたんだから」
お母さんは動じず、湯呑みの茶を啜りながら、俺を品定めするように見た。
シズ母「って、どこがジョ〇デなのよ?
どう見ても、幽霊船の乗組員の方じゃない!
ほら、船の壁に埋まってた、あのフジツボだらけのおじさん!
髪の毛もワカメみたいだし、なんか枯れてそうだし……」
天利「(……俺、そんなに枯れてる?
後でシズちゃんに美肌の秘訣でも聞こう……)」
シズカ「ちょっとママ!!相手しきれないから黙ってて!!
あと、そんなこと言ったら、こっちはセリフが一言二言のモブのおじさんじゃない!!」
天利「(…………あ、圧倒的すぎる)」
俺は、差し出そうとした虎屋の羊羹を抱えたまま、固まっていた。
シズカ「天利さん、座ってください。
……おいタコ親父、あんたも正座しろ。今すぐ。
……さもないと、あんたのデコにサイコロの6を刻んだ上で
そのだらしない胸板に北斗七星刻むぞ?」
輪島「……は、はい。すんませんでした……」
シズ母「シズカ、さすがに『あんた』呼ばわりはやめなさい。
こんなんでも、あんたの父親なんだから……。
あと、ク〇リンかケ〇シロウかどっちかにしな!」
組でも恐れられる俺が、震える舎輪組組長と並んで正座させられる。
天利「(……シズちゃん。
君が1番、怖かったんだね)」
彼女が発した「サイコロの6」と「北斗七星」という単語の重みに、俺は無意識に自分のデコをさすった。