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「――――みん、あずみん、起きろ!」

「……んん。空澄?」

「よかった、起きた!」



空澄が俺を必死に呼ぶような声が聞えた気がして目を覚ました。ぼやけた視界をはっきりさせるために何度か瞬きをして、目の前にいる空澄をみると、空澄は安堵の表情を浮かべた。

周りを見渡すと、薄暗く物音一つしなかった。



(いつの間に、寝入っていたんだ……)



確か栗花落先生の荷物を運ぶのを手伝ったところまでは覚えている。力持ちに見えて意外と非力なのだと思いつつ、女性であれば普通かと、頼ってくれるのを嬉しく思ってしまっていた自分がいた。そして、手伝ってくれたお礼にとチョコレートを貰った所までは覚えている。

窓の外は黒幕に覆われているように外の景色が見えず、生徒1人の話し声も足音も聞こえなかった。担任が何かを言っていた気がするが覚えていない。



「空澄、何があったか覚えているか?」

「俺様もさっき目を覚ましたばっかりで! 全然何があったか……ああ、でも栗花落先生に貰ったチョコレート食べたら眠くなって」

「空澄もか?」



全て繋がったように、ピンと糸が張る。

気がなかったため、話を聞き逃していており、完全に油断していたことも気を抜いていたこともあって気づかなかった。



(もしかして、刺客か……?)



あり得ない話ではない。綴も転校生だと言ってやってきて、空澄をアミューズという組織から暗殺するよう雇われていたわけだし、もしかしたら栗花落先生もそうなのではないかと。となると、この教室に留まるのは危ないか。一刻も早く出口を探して学校から出た方がいい。綴のように、ただ殺し合いを求めているような暗殺者ではないとしたら、確実に空澄の命を狙ってくるだろう。出来るのであったら、空澄を巻き込まずに解決したかったのに……

そう思い、立ち上がって空澄の腕を掴んだ。



「うおっ、どうしたんだ!?」

「ここから離れるぞ。きっと栗花落先生は暗殺者だ」

「栗花落先生が? 何で」

「……まだ確証はないが、俺も栗花落先生からチョコレートを貰った。それに睡眠薬が混ざっていたって言うなら……俺達を確実に仕留めるきだ」



少し遊ばれているのかも知れない。

俺と空澄は何の疑いもなくチョコレートを食べた。そこに毒を仕込むことだってきっと出来たはずだ。それをしずに、俺達を眠らせ学校に閉じ込めたのはどういう理由があってか。



(生徒のいる前で俺達が倒れたらチョコレートを渡した自分が、疑われると思ったからか?)



色々と想像は出来るが、答えは出ない。取り敢えず、学校から出ることが優先だと、廊下に出る。廊下も真っ暗で突き当たりが見えないほど闇に包まれていた。



「……隔離されているみたいだな」

「あずみん」

「何だ、空澄」

「朝、担任が言ってたぞ。今日は速やかに下校するようにって、何でも白瑛コースの棟の工事をするからとか、閉鎖するって」

「先にいえ!」



思わず俺は叫んでしまった。空澄は「聞いてなかったのか?」と首を傾げていたが、そう言われると言い返せなかった。確かに何も聞いていない。それは俺の落ち度だ。だとすると、これは仕組まれたことではなく、元々それを知っていたから逆に利用したと。



(まあ、どっちでもいい。他の生徒を巻き込まないって言うのは、暗殺者として腕がいいって事だろうな)



周囲を巻き込まず、速やかにターゲットの命を奪うこと、それは暗殺者に求められている技術の一つだ。一流の暗殺者であれば、それぐらい出来て当然。と言うことは、綴の上を行く暗殺者に違いない。

そう思って廊下を走り出口を探していれば、廊下の向こう側からコツ、コツ……と足音が聞えた。



「はぁ~クイーン強いんだから、あー梓弓! 僕、捕まっちゃった♡」

「……つ、綴!?」



闇の中から姿を現したのは、仕事着に着替えた綴と、それを片手で持ち上げて先ほど着ていた服とは違う、黒いドレスに身を包んだ栗花落先生だった。

栗花落先生は暗殺者が放つ独特なプレッシャーを放っており、真っ黒な瞳で俺と空澄を睨み付ける。



「本来であれば、綴……貴方の処分は決まっていた。だけど、私のおかげで処分は免れたの、感謝して欲しいぐらいだわ」

「クイーンの、毒はほんと痺れる。致死性毒じゃないのは、物足りねえけど♡」



と、明らかに身体が麻痺して動かないような綴は、変態性癖を発動しているようで恍惚とした笑みを浮べていた。


そんな綴にため息をつきながら、栗花落先生は綴を乱暴に床に落とした。



「……鈴ヶ嶺君と、空澄君だったかな。悪いけど、君たち……空澄君には死んで貰わないといけないの。私達のボスが貴方を殺すよう命令したから」

「俺様を?」

「ええ。口を滑らせるわ……ボスは『空澄財閥の壊滅』を目論んでいる」



そう栗花落先生は真顔で言った。何故前置きで「口を滑らせる」と言ったのかは分からないが、綴を殺せたのかも知れないのに、ただ麻痺させただけであるのも引っかかる。一応の仲間意識か、それともいつでも殺せると思ったか。

栗花落先生の黒いドレスは彼女の仕事着なのだと理解する。動きにくいようなそれは、きっと近接むきの暗殺者ではない事を表していた。となると、俺と同じ遠距離スナイパーか。



(だとしたら、俺達の目の前に姿を現すのは可笑しいか)



経験から、栗花落先生が何を得意とする暗殺者かを予想する。もうこの時点で、暗殺者と分かっているのは、綴と同じ組織「アミューズ」とかいう馬鹿げた組織に所属しているからだ。そして、「アミューズ」の目的は「空澄財閥の壊滅」、皆殺しと言うことだろう。だが、幹部を空澄に送ってくる理由が分からない。ガードは堅いだろうが、狙うのなら財閥のトップではないかと。



「梓弓君、貴方も暗殺者らしいわね。こちら側の人間……どうして、空澄君を守るの?」

「空澄は……空澄は俺の友人だからだ」

「そう、お綺麗なのね。まあ、いいわ。見ての通り、私は綴とは違って近接向きでも、君のように遠距離向きでもない。私の武器は『毒』よ」



と、自ら公言する栗花落先生。


何が目的かと、戦闘スタイルを言って何を狙っているのかと俺は固唾をのむ。感情の波がない、自分の暗殺術によほど自信があるのだと。

「梓弓君、勝負をしましょう。これ三十三十分後、この棟に毒ガスを放出するわ。でも、助かる方法一一つだけある。この棟の部屋の何処かに安全地帯がある、そこに行けば毒ガスが防げるガスマスクがある……でも、間違えて部屋を開いた途端、毒ガスが貴方たちを襲う。精々、苦しむ事ね」

そう言うと、栗花落先生は闇の中へ消えていった。



「お前、全く役に立たないな」

「あぁ~♡ 荒っぽい、梓弓も格好いいな。僕、もっと梓弓の事好きになりそう」

「喋るな、黙ってろ……クソが」

「あずみん、どうするんだ?」



栗花落先生が消えた後、仕方なく動けない綴を担ぎながら、時間を気にし、安全地帯を探すことになった。毒ガスとはまた準備万端だな、と思いつつ白瑛コースの棟だけでもかなり教室があるというのにどう探せばいいのかと思った。

綴は動けないし、空澄も……それも、一度間違えて入ってしまえば皆死んでしまう。暗殺と言いながらかなり大がかりで、それこそ謎解きのようなゲーム。



(まさに「アミューズ」の名にふさわしいか)



綴の時もそうだったが、その組織に所属している暗殺者は随分と頭が可笑しいようだった。ただ殺しをするのでなく、自分の腕とスタイルに自信があって自惚れていて、そうしてターゲットをおちょくる天才だと。

空澄は、イマイチ状況が理解できていないのか俺の後をついてくる。時間は残り十五分になった。教室を一通りみてみたがガスマスクは何処にもおいていないようだった。きっと中に入らないと分からない場所に置いてあるのだろうと。だからといって、間違えた教室を開けてしまうと1発アウトだ。



「そういえば、さっき栗花落先生が落としていったものがあって。あずみんこれ」



と、空澄は言い出せずにいたのか、ポケットから一枚の紙切れを渡した。そこには「○」と「129」、「300」の数字が書いてある。



綴もそれを覗いたが三人ともこれがどんなヒントなのかさっぱりだった。因みに、綴は成績はいいが、テストになると毎回サボっている。



「○……いや、ゼロか? それに何だこの数字」

「クイーンらしくねえな。クイーンは毒のスペシャリスト、毒蛾の暗殺者。梓弓って何にもしらねえんだな」

「お前が知りすぎなだけだ」

「世界には沢山の暗殺者がいる。梓弓はこの日本でしか仕事してねえから、分からねえと思うけど、世界には凄い奴らがいっぱいいる。まあ、その中から今回選ばれて、僕がJ、クイーンがQの座を貰ったわけだけど」

「……じゃあ、Kもいるのか」

「いると思うけど? 誰かは知らねえけど、Kは相当強いみたいだぜ」



そりゃそうだろうな。と、俺は綴を担ぎ直しもう一度ヒントに目を通す。

今は、アミューズの情報よりもこのヒントを元に教室を割り出すのが先だと思った。刻一刻と迫っていく時間に焦る。



(○が、そのまま記号の○なのか、ゼロなのか、果たして英語のOか。後、数字も意味が分かんねえし)



頭を抱えながら必死になって考えるが、全く思いつかない。空澄の方を見ると、俺と同じく悩んでいるようで頭を掻いていた。

すると突然、空澄は俺の手を握ってきた。思わず手を振り払おうとしたのだが、空澄は離そうとしない。



「何だ、空澄」

「俺様の位置からそれ見えないから、見せてくれ」

「それを先にいってくれ。ほら……○と数字と……というか、お前拾ったときにみなかったのか?」

「取り敢えず拾っただけ! 落し物かと思って、後で交番に届けようと思ってた!」

「はあ~」



純粋さに何も言えなくなって、さらに頭が痛くなる。

俺は取り敢えず、空澄に紙を渡し綴の様子を見る。大分麻痺がとけてきているようで、もう少ししたら完全に動けるようになるだろう。安全地帯を見つけ、ガスマスクをつけたら、栗花落先生を探す。近接戦に持ち込めれば、俺と綴がどうにか出来るだろうと。



「綴」

「何だよ、梓弓」

「今回は、力を貸せ。俺が援護にまわる」

「おい、おい、おい、おい! 梓弓!」



いきなりそう声を出す綴。元々敵だったためか、それともこいつの性格のせいか、やはり協力してなどくれないだろうと言うだけ無駄だったと俺が忘れてくれ、と言いかけた時、綴が俺の髪を掴んで引き寄せた。



「……ッ」

「僕も同じ事を考えていた。矢っ張り、僕達気があうな。最高の相棒《恋人》じゃねえか」

「相棒《恋人》になった覚えはないぞ、綴」



そう、上機嫌に共闘を許諾した綴は声を弾ませる。

先生に、栄養ドリンクを貰う時にこの間の課題の成果について報告した。その時俺は、弱点の克服の糸口は見つけたが、暗殺者同士が共闘し合えばもっとよくなるんじゃないかと言う考察も同時に提示した。先生は、それについてよく気づいたなと、褒めてくれた。

近接戦が苦手な俺は、それを補うために近接戦を得意とする暗殺者と相棒を組むことが必要だと結論づけた。



(まあ、上手くいくか分からないけどな……綴の動きはある程度この間分かったが、破天荒すぎて息が合うかどうか)



そんなことを考えながら、今はそれどころじゃないと空澄にヒントの紙を返すよう言った。どうせ、空澄も解けていないだろうと思ったからだ。



「空澄、そろそろ紙を……」

「――円周率」

「は?」

「これ、○って考えたとき円周率の129番目の数字は2、300番目の数字は3。もしかして、2の3の教室じゃないか?」

「は、は、はあ!?」



空澄の出した回答に頭が追いつかず俺はその場で叫ぶことしか出来なかった。



(○はそのまま○と考えて、円の円周率? 数字はその円周率の桁を表しているって言うのか……?)



もし、空澄の出した答えが本当なら、今すぐに2の3の教室に引き返すべきだ。だが、それが本当に答えなのかどうかも分からない。だが、ここはそれに賭けるしかないと、それが答えだと直感でそう思った。俺は、綴を担ぎ直し、空澄の手を握って走り出した。残り時間は五分だ。階段を三階まで上がり、つきあたりの教室まで行かないといけない、きっと間に合うだろうが、これで外したら後がない。元々一回しかないチャンスだ。

俺達は全力で階段を駆け上がり、廊下を走った。



「でも、何で空澄、そう思ったんだ」

「そうって、さっきのヒントか?」

「ああ、そうだ。○が何かっていうこともそうだが、円周率、何でその桁まで覚えているんだよ」

「う~ん、俺様数学だけは出来るんだよな。円周率はかなり言えると思うぞ! 三……四桁とか……? 後、記憶力……とかも、自信ある!」



(そういう、次元の話でじゃない)



空澄の記憶力と数学の点数の良さだけは知っていた。だが、円周率をそこまで覚えているなんて、もうπを使えばどうにかなるのに……と、俺の頭では理解できない空澄の頭の構造についてとやかく言っているうちに、2の3の教室までついた。



「ここ……か」



教室は自動ドアだがボタンを押すようになっており、押した瞬間扉が開く。もう三分も切っており、引き返すことは出来ないと思った。



(もし間違っていたら……)



死の恐怖を感じ、手が震えているのが分かった。だが、この恐怖はきっと自分が死ぬ、というよりかは空澄も……という不安からきたものだろう。綴は阿呆みたいに興奮しているし、あいつは放って置いてもいい。



「……」

「あずみん、俺様が開ける!」

「は、待て、お前じゃなくても」

「だって、俺様のせいで巻き込んでいるんだからな。これぐらい、開けさせてくれよ。あずみん」



そう空澄は、笑う。



(巻き込まれているなんて思ってない……そんな風に、思わないでくれ)



どうにか止めようとして、空澄に手を伸ばしたがスカッと空を切るだけで掴むことは出来なかった。

そうして、扉のボタンに触れ自動ドアが開いた瞬間、空澄の身体が横に倒れた。



「……ッ!空澄――ッ!」

透明で澄んだ空の君に告ぐ

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