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俺達のために用意されたとしか思えない照明の数々。
カッカッ……と誰もいない廃医院に響くのは自分の足音だけだった。綴りの属している組織がどのようなものか、規模かは知らないがかなり金を持っているようにも思える。用意が周到すぎる。
(空澄が閉じ込められている感じはないな……)
廃医院は、四階建ての建物で庭もある大きな医院だったが外装や内装ばかりにこだわっているせいか、ベッドの数は少なかった。何に力を入れているのか分からない建物で、廃墟となった理由もよく分からない。双馬市には大きな病院があり、そういうこともあってつぶれたのかもしれないが。
(エレベーターは勿論使えない……階段も、いつ床が抜けるか分からないな)
建物の状態は最悪だった。周りに民家もなく静かで、俺達が殺りあっていても気づかないだろう。
(近接戦が得意な暗殺者か……)
俺の苦手なタイプであり、出会いたくなかった暗殺者だ。それでも戦わなければ命はないし、空澄のこともある。狙撃できる場所はいくつかあったが、そこに必ずしも綴が現れるとは限らない。となると、やはり近接戦になるか……
先生はこれを見越して俺に、俺の弱点について教えたのだろうか。弱点の克服、こうなることを予想していたのだろうか。想像したくはないが、もしグルだったら……そんな想像が頭をよぎる。
(いいや、先生の事だ何かある。先生は絶対中立の立場だ)
先生が以前言っていた言葉を思い出し、俺は頭を横に振る。でなければ、俺に弱点の克服について課題を出さなかっただろう。今日はその実戦。
(素早い動きに、あの小さな身体をフル活用した身のこなし……自分の戦い方が分かってる奴の動きだった)
暗殺者にはプライドと独自の決めたルールが存在する。そして、自分の武器をつかい、ターゲットを殺す。それが、暗殺者だ。
あいつの武器はそれだろう。目で追えないほどナイフさばきに圧倒された。
「……来るか」
殺気が隠し切れていない。わざと気づかせるためと、前方から感じる殺気に俺は、ナイフを片手に、いつでもホルダーから拳銃を取り出せるようにと低く姿勢を構えた。するとヒュンと音を立てて二本ナイフが闇の中から跳んでくる。
「くっ……」
一本はナイフで何とか弾いたが、もう片方は避けきれず頬にかする。
血が流れ出す感覚があったがそれを拭う暇はなく、今度は目の前に現れる綴の姿があった。その手に持つのはサバイバルナイフではなく、ダガー。
俺は咄嵯の判断で綴に向かって発砲するが、綴はそれをひらりとかわし、そのまま勢いよく俺の腹に蹴りを入れる。受け身を取るのが間に合わず直接喰らうが、さほど痛みは感じない。だが、一発ではなく二発、あの瞬間に蹴りを入れた。
(早さが武器……か)
腹を押さえながら、そう思う。蹴られた衝撃からか呼吸が乱れるが、そんなことは言っていられない。
俺も負けじと、素早く綴の後ろに回り込む。綴はそれに気づいたが振向くだけで、受け身を取ろうとしなかった。そのため以外にも、彼の脇腹に蹴りが入る。
「……かはっ!」
「は?」
「アハッ! いいね、それ。凄く痛い!」
蹴りを食らったのにもかかわらず、口の端から唾液を零しながら綴は笑っていた。嬉しそうに、恍惚とした笑みを俺に向けている。
本来であれば交わすことが出来ただろう。俺の振りはかなり時間があったし、綴なら避けられたはずだ。なのに、避けなかったのは何故か。
「油断してると、ヤっちまうぞ!」
「……ッチ」
ジャケットの下に隠していたナイフを二本取り出し、綴はそれを横に振るう。後ろに仰け反ってどうにか避けるが、すかさず俺の顎下から蹴りを食らわせる綴。俺の身体は勢いよく地面にたたきつけられ転がった。
攻撃力はないが、スピードに乗せたその攻撃は目では追えない。こちらの攻撃が当たるのは、あいつが「わざと」俺の攻撃を喰らっているからだ。
(……何が目的だ、ほんと)
違和感がある。
自分の得意分野で、得意な環境下で戦っているくせに、まるで俺をおちょくるような、舐めたような戦い方をする綴に俺は不信感と違和感を抱かざる終えなかった。そんなことをするメリットがあちらにはない筈なのだ。だが、綴はあえて俺の攻撃を受け、そしてそのナイフを一心不乱に振る。確かに、技術や身のこなしは彼の方が上だが、ナイフの扱いがやや荒く見えた。
暗殺者は証拠を残さず綺麗に殺す事が求められている。のにもかかわらず、証拠の残るような、先ほども男達を殺したときのように荒い殺し方をすれば、足がつく。殺しが汚いのは、ただの殺人鬼だ。
「一流の暗殺者が泣くな」
「やっと、口を開いた。梓弓クンは、お喋りが嫌いなのかと思ってた」
「口下手なだけだ」
俺は、そう言いながら綴に向かって走る。サバイバルナイフを横に振るえばそれを跳んで避け、綴は壁を蹴って俺の背後に回る。そのまま背中に蹴りを入れようとするが、俺はそれを読んみすぐに振り返り、綴の足を掴もうとするがそれは叶わず空を切る。
俺の腕の隙間を通り抜けて、綴はそのまま俺の肩に手をつき後ろへと跳び距離を取った。
「ちょこまかと!」
「僕、楽しみにして立っていったろ!? 梓弓クンと殺りあえるの! ほんと、今ゾクゾクしてるよ! だから、梓弓クンも本気出せよ!」
とびっきりの笑顔で俺を見る綴。
俺はそれに眉をひそめ、小さく舌打ちをした。
俺は綴の事を何も知らないし、知る気もない。だが、これだけは分かる。こいつは、狂ってる。
殺しを快楽とする暗殺者、完全に堕ちた人間。同い年なのに何故こうも。
「梓弓クンがいま思ってること当ててやろうか?」
「……は?」
「梓弓クン今さ、『俺と同じなのに何で楽しそうなんだ』って思ってるだろ!? 僕も、ガッカリしてる。梓弓クンも、僕と一緒で狂ってると思ってたのに!」
カキンッ、と握っていたナイフが弾かれ、俺は後方へ飛び、予備のナイフを懐から取りだした。
「事前に梓弓クンの事を知らされたとき、僕と似ていると思った。だから、同じ思想を持って、僕と本気で殺りあってくれると思っていた。なのに何だよ、おいおい、ぬるいじゃねえか! 僕は僕をイカせてくれる奴と殺りあいたいのに! ああ、なあ、梓弓クン、僕を早くイカせてくれよ!」
そう叫びながら、再び突っ込んでくる綴。
その表情は、まるで玩具を買ってもらえなくて駄々こねる子供みたいだった。
俺は綴に向かってナイフを振るうが、綴は器用にそれを避けていく。
そして、俺の後ろに回り込み、首元を狙ってナイフを突き刺す。
俺は咄嵯にしゃがみこみ、それを避けると今度は綴が俺の後ろに回り込んだ。このままでは、あいつのペースに乗せられる。
「俺とお前が一緒だと?」
「ああ、そう、そうだよ! ゴミためで生きて、生きる希望なんてなかったのに殺しが楽しくなって、こっちの世界に足を突っ込んだ愚か者! 僕と、梓弓クン、僕達は同じ仲間だろ!」
「巫山戯るな!」
誰が一緒だと、一緒にされないといけないんだ。
俺は怒りにまかせナイフを振るうが、当たり前のように綴には交わされる。何が足りない、何が一緒なんだ。こんな殺しを快楽とする奴と一緒にされてたまるもんかと。
「――――僕は、孤児だ。イギリスのスラムで育った、孤児」
「……ッ!」
綴の喉元にナイフの先端を向けたが、寸前の所で俺は手を止めてしまう。同情か、綴の言葉に同族の匂いを感じ耳を傾けてしまったからだ。
(孤児、だと?)