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僕は物心ついた時にはそこにいた。
ゴミため。路上には腐った死体や、まだ息のあるボロ人形のような奴がゴロゴロと転がっていた。布きれ一枚で冬の寒さに耐え、凍え、身を寄せ合っている奴らがいるような腐った街で目を覚ます。所謂スラム。
いつ捨てられたのかも、親が誰なのかも、名前すら分からなかった。そんなところで、ゴミを漁ってくって、時に奪って殴ってそうやって生きてきた。それでも、大人にはかなわないから、相変わらずそれこそボロ雑巾が使えなくなって処分されるぐらい汚くなって、その日は死ぬ思いで眠りにつくことだってあった。
腐った世界だと思った。雪が降って、こんな風に解けてしまえればなと何度思った事か分からない。時間の感覚も読み書きも、会話だって成り立たなかった。
ただ生きる理由を探していた。
死ぬ理由がなかった。でも、生きる理由もなかった。
そうして、幾つだったか、スラムのゴミ達を大きなトラックに馬鹿みたいに詰め込んで、服を着た大人達が車を走らせた。ひょいと持ち上げられては、トラックの中に詰め込まれ、ぎちぎちになりながら、初めて乗った車の居心地の悪さに吐き気を覚える。実際吐いていた奴もいた。
そうやって連れてこられたところで、俺達は服を貰った。大人達が着ているような上品なものじゃなくて、迷彩柄の、ツギハギだらけの服を。そうして、僕達の手に思い鉄の塊が手渡された。拳銃だ。自分の手で抱えきれない拳銃、マシンガンに戸惑いつつ、怒声を浴びせられ右も左も分からずに戦場へと送り込まれた。
そこはさらに地獄だった。
目の前でスラムで見かけたゴミ達が鮮血をまき散らして倒れていく。足下に埋まっていた地雷を踏んで四肢が霧散していく。手渡された拳銃で自らの頭を撃ち抜くものだっていた。絶えず響く銃声音と悲鳴と、怒声に、僕は建物の影に隠れて震えていた。
あのゴミためにいれば何とか明日に食いつなぐことが出来た。生きることが出来た。だが、この地獄で僕は生きていける自信がないと。
初めて感じる恐怖に、大人の非情さに、世界の無情さに涙が止まらなかった。
(やだ、死ぬ、こんなとこで、死ぬ、いやだ、痛い、の、嫌だ、ああ、なりたくない、僕は、僕は……)
クソ程度の仲間意識と、良心はその頃にはまだあって、目の前で撃ち殺されていくゴミ達をみて、仇を討たなければと思った。でも足がすくんで動けない。出て行けば、同じように殺される。ここでずっとこうして息を殺していれば、見つからずにすむ。
何時間、何日この戦いが惨劇が続くのかは分からない。でも、食べなくても平気だ、生きていける。そうやって自分に暗示をかけた。
怖かった。初めてだった。こんなにも手が震えて、握っているマシンガンは重く冷たくて。
そうして、息を殺していると足音が聞えた。ザッザッと地面を踏みしめる音がこちらに近付いてくる。隠れていた物陰から顔を覗かせれば、そこには右腕を負傷した兵士らしき大人がいた。そいつも戦いに疲れたのか、応急処置のためか隠れる場所を探していたのだ。ここなら安全だ、といつ勘違いしたのだろうか。安全だと思う場所は、敵にとっても安全だと思うし、そこに逃げ込むことだって考えられる。でも何も知らなかった当時の僕はそこから動けなかった。そうして近付いてくる大人に怯えながらマシンガンを握りしめる。
ここでやらないと、殺されるかも知れない。
味方も敵もよく分からなかったが、多分敵だろう。あいつを殺さなければ。そんな意識が芽生えた。
僕は物陰から飛び出し、大人に向かって銃口を向ける。僕が隠れていることに気づいていなかったようで、目を剥き、そうしてその色を変え襲い掛かってくる。僕は構わず、引き金を引く。
ガガガガ……
マシンガンから大量の銃弾が発射され大人の身体に穴を開ける。反動で、身体の節々が痛み、大人が倒れると同時に僕もその場に倒れた。
(や、やった……)
ベチャリと倒れ込んだそこには、大人の血が広がり水たまりが出来ていた。僕はそんな水たまりで迷彩柄の服を汚した。腐卵臭とはまた違う、血の腐った匂い。いいや、この戦いが……後に紛争だと分かったこれは、元々腐っていたから、きっとそんな大人も腐っていたのだろうと、そういう匂いだと感じた。
そうして真っ赤になった手を両頬にすりつける。
「あは、アハハハハハ! 生きてる、僕生きてる! やった、やった、やった! 僕は、僕は――――!」
初めて人を殺したとき、覚えた感情は歓喜だった。
殺されるかも知れないという極限状態に、そこからの起死回生。その快感に目覚めてしまった。
それからは早かった。僕の連れてこられた軍は、ある日突然瓦解した。これから楽しくなってきたというのに終わってしまった。それに腹を立てて、またあのゴミために戻る。そこで、沢山の人を殺した。子供なんて楽しくない。自分よりも大きくて強い大人をターゲットに。そうして、いつしかゴミため場のジャックザリッパーと呼ばれるようになった。
そこで僕は出会ったのだ。勝てない相手に。
「ボウズ、いい目をしてるな。どうだ、俺と一緒に来ないか」
「……僕が?」
「そうだ。ただ人を殺すのは人殺しだ。だが、依頼を受けて生計を立てる。そんな暗殺者にお前はなれると思う。俺の目には抜かりはない」
そう言って、僕に手を差し伸べた「先生」によって僕は第二の人生が始まった。
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