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このリアフローデンには、夏の初めから終わりまでにかけて行商人が訪れます。最も多いのは今の様に本格的に暑くなる前の初夏で、昨日その旅商人の一団が町を訪れ本日より市を開いております。
その市に孤児院での必需品を仕入れる為にやって来たのですが……
「シ、シスター・ミレ……いやミレさん!」
突然そこで声を掛けられました。振り返った私の目に飛び込んだのはずいっと差し出された花束。それを手にしているのは緊張しているのか、汗を流し小刻みに震える男性。
この方は私の務めに同行してくれている自警団の一人で、名前は確か――
「あのベックさん?」
「こ、こ、これを!」
何やら鬼気迫る勢いで花束をぐいぐいと押し付けてくるので、私はそれをそのまま受け取りました。
「ありがとうございます。とても可愛らしい花ですね」
青く小さい花は5枚の花弁で華やかさはありません。ですがそれはとても可憐だと思いました。
その素朴な愛らしさに理由も無く嬉しくなり笑顔でお礼を述べるとベックさんは顔を真っ赤にされました。夏の暑さに当てられてしまったのかもしれません。心配です。
「大丈夫ですか?」
「ミ、ミ、ミレさん!」
「きゃっ!?」
どうにも様子がおかしく心配して声をかけると、突然ベックさんが私の両手を花束ごと握りしめてきました。
「お、俺と、け、け、結婚して下さい!!」
「あっ!」
これが求婚であると理解すると私は一気に熱が頭まで駆け上り硬直してしまいました。きっと耳まで真っ赤になっていることでしょう。
「あ、あ、あの……ベックさん……お、お気持ちは大変、う、嬉しいのですが……」
「そ、それじゃあ俺の気持ちを受けてくれるんですね!」
「い、いえ、そう言う意味では……」
私がこのリアフローデンに来て早4年が過ぎました。
実はその間に町の多数の男性から何度もこうやって求愛をされてきたのです。その度にお断りしてきましたが、どうしても男性からの直接的な好意を向けられるのに慣れず狼狽えてしまいます。
それに昨年のエンゾ様の訃報以来このように求婚される方も減ってきていたので油断しておりました。
「俺ずっとミレさんのことが好きでした!」
「べ、ベックさん落ち着いて」
ぐいぐいと迫るベックさんに私は気圧されてしまいました。
「こらベック!」
「それはルール違反だよ!」
その強引な求婚に、近くにいた町の奥様連の皆様より叱責が飛びました。
「だ、だってミレさんが嬉しいって言って……」
「あんたバカなの!」
「それは断るきまり文句でしょうが!」
「そ、そんなぁ~」
年配の奥様方の突っ込みにさっきまでの勢いが削がれ、ベックさんは萎れてしまいました。その落ち込み様に大変心苦しくなります。
「あの決してベックさんが魅力の無い男性だと言っているわけでは……」
「あ~ダメダメ、シスター。そんなんじゃダメ!」
「そうそう、こいつは忖度の分からん朴念仁なんだから」
「ストレートに言わないとぉ」
私がベックさんにやんわり断りを入れようとすると、今度は私の方に駄目出しが飛んで来ました。
「こいつは直接的な言葉じゃないと都合の良いように勘違いしちまうよ」
「べ、ベックさんに限ってそんな……」
「間違いないよ。って言うか、今そんな状況だったろ?」
「そ、それは……」
「それともシスターはベックとくっつくかい?」
奥様の1人が親指でベックさんを指すと釣られて私も彼に視線を向けました。先ほどまでうなだれていたベックさんがパッと期待を込めた明るい顔を私に向けています。ですが、私にそのつもりはありません。
「その気が無いんなら、さっさときっぱり止めを刺しな!」
「は、はい!」
奥様連の中心的存在リビアさんに叱咤され、私はその勢いで言い放ってしまいました。
「ベックさん申し訳ありませんが私は貴方と結婚をするつもりはありません!!」
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
私の少しも言い回しを使用しない拒絶の言葉に、ベックさんが泣きながら走り去ってしまわれました。
「ベックさんを傷つけてしまいました。もう少し差し障りの無いお断り方をするべきだったのではないでしょうか?」
その後ろ姿を見送りながら心配になり、私はそう呟きを漏らしたのでした……