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第一話 『君だけが、僕を見つける』
それから、ジユンはサクラに何度も会うようになった。
最初は偶然だった。
いつもの帰り道。いつもの公園。いつものベンチ。
サクラはよくそこに座って、風の音を聞いていた。
「ジユンさん、今日も来たんですね」
「……なんでわかるの?」
「足音が違うから」
「足音?」
「はい。ほかの人より静かで、少しだけ……寂しそうな音がします」
ジユンは思わず笑った。
「足音に寂しいとかある?」
「ありますよ。私には、みんなの声や足音が、その人の表情みたいに感じるんです」
サクラは隣の空いた場所を、ぽんぽんと叩いた。
「座ってください」
ジユンは素直に腰を下ろした。
人間の世界で、こんなふうに誰かの隣に座ったのはいつ以来だろう。
「ジユンさんは、夜が好きですか?」
「……好きだよ。夜なら、僕のことを誰も変だと思わないから」
「どうして?」
「昼間の光が苦手なんだ」
それは嘘ではなかった。
ただし、太陽の光を浴びれば死ぬということは、言わなかった。
サクラは少し考えてから言った。
「私は夜が好きです」
「……見えないのに?」
言った瞬間、ジユンは後悔した。
けれどサクラは怒らなかった。
「見えないからこそ、好きなんです」
彼女は顔を上げた。
「夜は、みんなが見ているものを少しだけ忘れてくれるでしょう? 星がきれいとか、月がきれいとか。そういう話を聞いていると、私も同じ場所にいるんだって思えるんです」
「……そっか」
「ジユンさんは、月を見ていますか?」
「見てるよ」
「どんな月ですか?」
ジユンは空を見上げた。
雲の隙間から、白い月が顔を出していた。
「……寂しそうな月」
「ふふ。ジユンさんらしい答えですね」
「悪い?」
「いいえ。いつか私にも、その月のことを教えてください」
ジユンは答えられなかった。
彼女の隣にいると、嘘をつくことが、ひどく苦しくなる。
自分は人間ではない。
彼女が聞いたことのないような時代を知り、彼女が生きる時間の何倍もの年月を生きている。
そして、彼女の首筋に脈打つ血の音まで聞こえてしまう。
甘い匂い。
温かな命。
吸血鬼にとって、サクラはあまりにも危険な存在だった。
それなのに。
「ジユンさん?」
「……なに?」
「今日、帰りたくないです」
「……どうして?」
サクラは少しだけ唇を噛んだ。
「家に帰ると、ひとりだから」
その言葉を聞いた瞬間、ジユンの中で何かが崩れた。
ずっと、ひとりだった。
永遠に近い時間を生きてきた自分も。
目を開けても、世界を見ることのできない彼女も。
違うはずなのに、どこか似ていた。
「……じゃあ、もう少しここにいよう」
ジユンは自分のコートを脱いで、サクラの肩に掛けた。
「寒いから」
「ジユンさんは?」
「僕は平気」
サクラはコートの端を握りしめた。
「……ありがとうございます」
そして、ほんの少しだけ彼のほうに寄りかかった。
ジユンは動かなかった。
彼女の頭が肩に触れている。
その小さな重みが、恐ろしいほど愛おしかった。
——この子を、失いたくない。
そんなことを考えてしまった自分に、ジユンは誰よりも驚いていた。
コメント
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みぅです🖤 第2話、じんわり沁みました…。サクラが「足音に寂しさが混じってる」って言うところ、目が見えないからこそ人の本質を感じ取ってるんだなって。ジユンが自分のコートを掛けて、彼女の肩の重みを「愛おしい」と思う瞬間、永遠の孤独を生きてきた吸血鬼の心が初めて揺れた気がして、胸が締め付けられました。この距離感、すごく好きです。