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白山小梅
12
#借金
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◇ ◇ ◇ ◇
こんな旅行、来る予定はなかったんだーー車の中でやけに絡んでくる|未奈《みな》にうんざりしながら、昴は寝たふりも出来ずに、窓の外を見ながら相槌だけを打っていた。
幼馴染みの|清貴《きよたか》と|成之《しげゆき》に飲みに誘われて行ってみると、そこには未奈と|明日香《あすか》がいた。清貴と成之は二人を狙っているようだったが、未奈と以前関係を持ったことのある昴にとって、それは最悪な再会となった。
たまたま週末に四人で温泉に行く予定だったところに、無理矢理引き込まれてしまったのだ。
元々週末は早紀と会う予定だったが、仕事が入ったらしく空いてしまったこともあり、なんとなく四人に同行することになってしまった。
とはいえ、清貴は未奈を狙っているから迂闊なことは出来ない。しかし未奈は昴にばかりちょっかいを出してくるので、すでにストレスがピークに達しそうだった。
ホテルに到着し、荷物を置いてから清貴たちの部屋に集合するとすぐに、周辺を観光するためエレベーターを降りた。狭いエレベーターの中でも大声で話し続ける未奈と明日香にうんざりしながら、ロビー階に到着するとホッとした。
その時、ロビーのソファに座っていた一人の女性が目に留まる。その女性は昴たちを見て一度立ち上がったが、どうやら人違いだったようで、慌てて椅子に座り直した。
長い黒髪を下ろし、ほっそりとした体をピンク色のガーリーなデザインのワンピースが包み込んでいる。
すごく可愛い子がいるなーーそう思ってじっと見つめていたら、突然目が合った。その瞬間、女の子は驚いたように目を見開き、
「す、昴くん⁈」
と叫んだのだ。
俺のことを知ってる? ーー昴は眉間に皺を寄せ、もっと近くで見ようと女の子の方に向かってズンズンと歩いていく。
女の子はパッと顔を逸らしたが、昴は執拗に彼女を追い続け、
「顔」
と言ってあごを掴んでこちらを向かせる。大きな瞳と、尖らせた唇に見覚えがあり、その瞬間、昴の中に過去の記憶が蘇ってきた。
「もしかして……七香?」
女の子の目が見開かれたことに気付いたが、彼女はとぼけたように視線を揺らす。
「ち、違いますけど……」
しかし彼女の首に輝くネックレスを見て確信した。目を細めながら彼女の首元のネックレスに指を絡める。まだこれをつけてくれていたのかーーそう思い、胸がくすぐったくなった。
「ふーん、七香じゃないんだ」
「はい、どなたかと勘違いしているんじゃないですか……?」
七香はバレバレの嘘をつきながら、宙を仰いたが、入口から入ってきた若者たちのグループをを見て、口をあんぐりと開けた。
「あっ、七香! 遅れちゃってごめんねー!」
と叫んだのだ。
諦めたように項垂れた七香に、昴は不敵な笑みを向けた。そして再び七香のあごを掴んで自分の方へ向かせると、
「じゃあ今呼ばれた名前はなんだろうな」
と呟く。
「空耳じゃないかと……」
苦し紛れにそう言った言葉に、昴は我慢が出来ずに吹き出した。懐かしさと、こみあげてくる安心感が、昴の胸いっぱいに広がった。
昴との関係を問われた時、七香は二人の関係を否定すると思っていた。あんな別れ方をしたのだから、思い出したくないと思われていたっておかしくない。
否定されるのには慣れている。だから彼女からの返事も諦めていた。だが七香は知り合いだと認めてくれたのだ。それがどれほど昴を喜ばせたか、七香はきっと気付いていないだろう。
しかも胸元を彩っていたネックレスーー今も大切に使ってくれていることが、これほどまでに嬉しいとは思いもしなかった。
「さっきの子、本当に昴の知り合いなの? なんか全然タイプが違くない?」
「思った思った。あんな清楚系女子とお前が知り合いって、ちょっと信じられないんだけど」
一体俺の何を知ってるんだよーーそう口から出そうになったが、グッと口を閉ざした。七香のことをわざわざ言う必要はないと判断したからだ。
とりあえず四人について近くを散策していたが、途中で面倒くさくなった昴は、
「やっぱ疲れたから部屋に戻るわ」
と言ってホテルに戻ろうとした。
「えっ、ちょっと待ってよ!」
未奈が腕にしがみつこうとしてきたが、うまくかわして走り出した。元々来るつもりがなかったのに、無理矢理連れてこられたのだ。それならば自分の好きなように時間を使いたかった。
ホテルが近くなり、走るのをやめて歩き始める。自動ドアを抜けてロビーに行こうとした時、庭の方に七香がいるのが目に入る。カメラを首にかけ、周りの写真を撮っていた。
川があって、その周りには緑が美しく輝いている。あぁ、あのペンションの庭に似てるな……彼女もそう思っているだろうかーー自然と七香の方に足が向いていた。背後に立つとシャボンのいい香りが鼻をかすめ、呼吸を忘れそうになる。
「何考えてるの?」
「ひゃっ!」
その反応を見た時、高校生だった七香と変わらないところを見つけて嬉しくなった。そして話していくうちに、あまりにも変わらない七香ともっと話したいと思い始めたのだ。
しかし彼女は同じ気持ちではなかったようで、部屋戻ろうとする。懐かしさからだろうかーーこのまま会えなくなることに寂しさを感じ、衝動的に七香の手を掴んだ。
「昴くん?」
俺は何をしているんだーー驚いたように自分のことを見ている七香を見つめた。昴は戸惑いながらも、次の言葉を探していく。
「もう少し話したいんだけど……ダメか?」
「ダメも何も、お互い一緒に来ている人がいるわけだし……」
「そうだよな……ごめん」
こんな感覚は久しぶりのことだった。人との関わりが面倒で、自分から声をかけることは避けてきたのに、七香に対してはその考えが浮かばなかった。
否定されて気持ちがかなり落ち込んだ。しかし七香はじっと昴を見つめた後、スッと肩を落とす。
「食後……みんなと喋ったり遊んだりするかもしれない。その後でもいいならいいよ」
耳を疑った。その気持ちが変わらないよう、慌てて返事をした。
「それでいいよ。七香のタイミングで来てくれればいいから、これ、俺の部屋番号」
チェックインの際に渡された部屋番号の紙をポケットに無造作に突っ込んだことを思い出し、それを彼女に手渡す。
「えーっ、部屋で話すの? だって友だちは?」
不服そうに頬を膨らませた表情すら、昴の瞳に鮮やかに映る。見た目は大人の女性に成長していても、子どもっぽいとからかって怒らせてしまったあの日の七香と、何も変わっていない。
「俺だけ後から追加で部屋を取ったから一人部屋なんだ」
「ふーん……わかった。じゃあ……お酒準備して待ってて。出来ればワインがいいな」
「後で売店に買いに行くよ」
「うん、よろしく。じゃあまた後でね」
どうして彼女との会話はこんなにも心地が良いのだろうーーずっと暗がりにいた昴に、一筋の光と爽やかな風が吹き抜けたかのようだった。
手を振りながら館内へと戻る七香を見送ってすぐに、友人たちが昴の元へ駆け寄ってくる。
「ちょっと! 昴が勝手に戻るから慌てて追いかけてきたのに、なんでまたあの女と話してるわけ⁈」
未奈が頬を膨らませて捲し立てる。七香と同じような表情なのに、未奈に対しては不快感を覚えた。昴はため息をつくと、腕に絡みついていた美奈をさりげなく振り払う。
「たまたま会ったんだよ」
「たまたま⁈ 調子が良すぎない⁈」
このまま話していても平行線に違いない。昴は成之を見て、
「今夜は皆んなだけで飲んでて」
と伝えた。
「あの女と会うの?」
「違うよ。疲れたから休みたいだけ」
未奈は舌打ちをし、イライラした様子で館内に戻ってしまった。その後を追うように、明日香と清貴も走っていく。
すると成之が昴の肩に腕を置いて、不敵な笑みを浮かべた。
「珍しいじゃん」
「何が?」
「人嫌いの昴が、自分から声をかけるなんてさ。何? 前に関係を持った子とか?」
「そんなことしたら犯罪だよ。初めて会った時、まだ高校生だったから。しかも実質二日も一緒にいなかった」
「へぇ。それなのに、こんなに気になっちゃうんだ」
「……俺の周りにはいないタイプだからだろうな」
「あぁ、それは言えてる。あんな子に手を出したらバチが当たりそう。まぁ未奈ちゃんと明日香ちゃんは俺たちに任せて、昴は感動の再会を楽しんでよ」
成之は昴の肩を叩くと、三人の後をゆっくりと追いかけていく。
感動の再会ではないだろう。だがこのタイミングでの再会に、何か意味があるのだと思いたい自分もいた。