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#ヤクザ
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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瑠璃マリコ
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なにが起こったか? 考えるまでもない。
目を上げて大人を見る。と、雄叫びを上げながら身に巻き付いた木々を残された右手で掴み、まるで脱ぎにくい衣に癇癪を起こしたように千切っていった。
体に生える何本もの巨木を素手で根ごと引き抜く姿は、現実と信じられない光景だった。大人が身動きできない間に怨魄を砕くわたしたちの策は、脆くも大人の力の前に崩れ去ったのだ。
「戦果は夜火が落とした手首だけ、か。――せめて、怨魄の場所が分かれば」
晴明さまは大息をついて、頭のうしろをかいた。
――怨魄の場所……。
あの大人が亜鐘姉さまだったとき、わたしにそれを伝えようとしてくれていたっけ。時間切れで聞けなかったんだけど……。
亜鐘姉さま、殺してくれって言ってたな……。
苦しいんだろうな。きっとこんなはずじゃなかったって思ってる。
いつも優しかった亜鐘姉さま。
晴明さまを愛していた亜鐘姉さま。
なんでもできる姉さまだったけど、きっと坤鬼舎に馴染めずに苦しんでいたんだろう。それでも晴明さまが好きだから、ずっと辛いのを隠して坤鬼舎にいたんだ。
再び歩みを始めた大人に亜鐘姉さまを重ねた。歩き方だってどことなく似ているし、なんといっても……。
「ツノなんてそっくりだな」
晴明さまが眉を下げ、悲しげに呟く。
彼も大人に同じ姿を重ねていた。そしてわたしなんかより、もっと分かっている。
晴明さまに褒められて、いつも手入れしていたあのツノ。彼女にしてみれば辛い坤鬼舎での生活で見付けた、唯一の誇り……。
『晴明さまに頂いた、わたしの誇りなの』
亜鐘姉さまの言葉が、不意に蘇った。
そう、蘇った。その瞬間。
胸の中で閃光が弾け、亜鐘姉さまの思いがこの心に満ちていく。もしかするとあのツノが、わたしにそうさせたのかもしれない。
……答えは、ずっと目の前にあった。
殺してくれと言ったあと、あそこを押さえ呻いていたんだから。
「晴明さま……」
わたしは隣でくちびるを噛む晴明さまの狩衣を引いた。
「ツノです……」
「ツノ?」
晴明さまが眉根を寄せて問い返した。
場にいる一同の視線がわたしに集まるのを感じる。
「きっとツノです。大人の怨魄。亜鐘姉さまが大人なら、そこ以外にありません」
「根拠があっての話か?」
「ありません。でも確信はあります」
「…………」
「ツノが自分の証で、誇りだと、前に亜鐘姉さまが言っていました。あのツノが大人になっても残っているなら、晴明さまに見付けて欲しいという、亜鐘姉さまからのお託ではないでしょうか」
わたしは晴明さまを真っすぐに見て言った。背中にいる姉さまたちは、なにも違えた言葉を述べようとはしなかった。同じ意見だと示す沈黙だったと思う。
身じろぎもせず、晴明さまのお答えを待つ。
その間に、大人の意識がこちらに向いたのが分かった。
誰もなにも口を挟まない静寂で、向かってくる大人の足音が地響きを伝える。
だけどわたしは晴明さまを正面で見続けた。
なぜなら自分の胸に訪れた答えが、特別なものである確信があったから。亜鐘姉さまが助けてくれた。そんな気さえしている。
「信じよう」
ややあって、晴明さまは答えた。
「時間もないしねえ」
晴明さまは振り返って、こちらに迫らんとする大人を見た。足止めと攻撃が効いているのか動きはさっきより鈍いけど、確実にこちらに向かっている。
「だがどうする? ツノが目の前にあるなら私に斬れよう。しかしあんな場所まで行く当てがない。お前の輩も女童も霞も、残された呪は少ないでしょう? もう足止めは難しいよ」
「平気です。策があります!」
わたしは自分の胸を拳で叩くと、
「夜火が? 策を?」
と、問う口調の晴明さまの手を引き走り出した。一直線に大人へ向かって。うしろからはスケや陸燈姉さまも。
「おい、待て、夜火! 大丈夫か? 信じていいのか?」
「信じてるって仰ったの、晴明さまじゃないですか!」
「それは別件だよ。策の中身は?」
「中身は!」
わたしは駆けながら、呪を込め髪を緋色に染める。
「大人をぶん殴りますっ! それだけです!」
「ちょっと待って、夜火――――!」
悲鳴のような声を上げる晴明さまを無理やり走らせ、初めて対峙したあのときみたいに、わたしは大人の前に立ちはだかった。
ただ、さっきとは違うものが幾つもある。
前よりとびきり強力になった呪が使える。仲間がいる。晴明さまもいる。わたしなんかには過ぎたるものが、この手の中にたくさんある。
ああ、いまのわたしは、ちょっと凄いぞ。
「いきますよ、亜鐘姉さま!」
迫り来る大人を前に身構える。晴明さまが不安そうにこっちを見ているのが分かった。さっきは信じるって言ってくれたのにさ。
ま、慌てん坊の夜火が相手なら仕方ないか。
ただわたしの『策』も、たぶん一発が限度。
失敗はできないけど……。
「なんか知らねえけど、上手くやれよ、カミ」
背中からスケの声がして、
「小さな土偶人なら、あと一体いける。しっかりやりな」
陸燈姉さまも背中からわたしの両肩を掴み、耳元に声をかけてくれた。
わたしは前を見たまま頷き、そして――
「んんんんん!」
手を握り歯を食いしばって、自分の内側にある戸を全開にした。解放された呪は緋色の髪を天衝く如く遥か高みに、滝が逆流するかのように逆立てた。高さは……、予想よりもまだ上。大人の背も超えていた。
「……すっげ」
スケの声が聞こえた。大人も歩みを止めて身構える。我ながらわたしも凄いと思っていたから、気持ちは同じ。
「晴明さま!」
大人を睨み、声を上げる。
「いまからこれで大人を殴ります! 必ず地面に倒しますから、そしたら髪で晴明さまをツノまで運びます!」
「任せる」
晴明さまは答え、
「お前たち、加勢を頼む。夜火と私を助けてくれ」
うしろの二人に頼む。
それを耳にしながら、わたしは緋色の髪を宙に滑らせ編み込んでいった。そして大きな大きな硬い握り拳に、その形を結ばせる。
それを見た大人は、ほんの半歩だけ後退った。
自分の顔ほどもあろうかという巨大な拳に、明らかに脅威を感じている。
ただわたしも体からはたくさんの呪が消えた。意識にも霞が降りている。
けど耐えた。いまこの調伏がなんとかなれば、あとはどうでもいいと思えたから。
「亜鐘姉さま! もう少し辛抱してください!」
せっかく作った虎の子の一発。必ず当てるから。
わたしは溜めるように髪の腕を大きく振りかぶると、
「せーのぉ!」
と、体も一緒に動かし、全力の拳を大人に向かって繰り出す。体の内側にある、ありったけの呪を込めた。
唸りを上げる拳は、その先に大人の頬を捉えた。
そこを動くな。心の中で念じ、わたしは髪の拳を振り抜く。
確かな手応えと併せ、宙から鳴り響くのは雷鳴を思わせる轟音。見ると大人の顔は首がもげそうなほど、真横に振られていた。
入った! 特大の一発が!
大人は苦しげな鳴き声と共に地面に呼ばれ、尻居に倒れた。
「こいつで終わりな!」
スケがわたしの前に飛び出すと、足元に手を当てる。
大人が手を着く地面は泥と化し、支えを失ったその腕はずぶずぶとそこへ沈んだ。スケの、最後の力。彼女はそのまま崩れ落ちると、前のめりに倒れた。
――ありがとう。
礼を言って目線を戻すと、いつの間にかスケがつくった泥が凍っていた。
うしろを見てないけど、たぶん霞姉さまがやってくれたんだ。あの人の呪も、もう底をついているはずなのに。
無駄にはしませんと誓い、わたしは髪を戻す。
同時に陸燈姉さまの土偶人が、大人目がけて走り出した。
わたしもそれに続いて、あとは大人が体勢を立て直すまでに、晴明さまをツノまで運ぶだけだ。泥と氷で腕を固めていても、たぶん保つのはほんの僅かな時間だけ。髪に乗せて一気に運ぶ。
「御無礼、晴明さま」
わたしは見慣れた馬の乗鞍を髪で編み込むと、そこに晴明さまを乗せた。
「紫雲の鞍かい。これはいい」
「見よう見まねですけど」
もう少し。
きっと上手くいく。
自分に言い聞かせる。
そうしなければならないほど、この体も弱っていた。既に重心を失い吐き気を催し、視界が回っている。あの握り拳に呪を使い過ぎた。思っていたより減りが激しい。
でもまだお役目が残っている。亜鐘姉さまを助けるまでは……!
「わたしは、やる!」
晴明さまが乗った髪を隣に、風を切って走る。
大人が威嚇するように吼えてきたけど怯まなかった。臆病者の夜火はもう死んだから。体にガタがきているけど、それでも!
駆けて、飛び跳ね、丘を登るように大人のツノを目指す。振り落とそうと体を揺らす大人に途中でつまずき、手を着き、それでも前を向きながら。
「これは……、ずいぶん乗り心地の悪い乗鞍だ」
「紫雲みたいにはいきません!」
「なかなか怖い」
「わがまま言わないでください!」
わたしは集中を切らさず、不満を述べる晴明さまに文句を言う。
大人から苛つく野生の咆哮が響き渡り、すぐ飛んで来る太い左腕。
狙い澄まして小虫を払う動きだけど、手首から先がなきゃ恐れるに足りない。
「よっ!」
わたしは大人の肩から跳躍して腕をかわすと、その先に……。
――見えた!
ついに到着した大人の頭! 先に着いた陸燈姉さまの土偶人が掘り進むように大人のツノに連撃を加えていて、そして――
「晴明さま。あれ……」
「分かっている。怨魄だな」
掘ったツノの土や草の隙間から、白い陶器みたいなものが陽の光を反射していた。
まだ全体が見えたわけじゃないけど。半分くらい隠れているけど。
だけどはっきりと分かる。
きっと晴明さまだってそう。
ツノの中へ隠れていたあれは、目を閉じ眠る亜鐘姉さま。
ああ、音に聞く真珠ってあんな艶めきだろうな。蝋のような白さが象る美しい光沢。あそこでずっとわたしたちを待っていたんだ。
目頭が熱くなる。だけどまだ我慢。
わたしは大人のあごの辺りに着地。
同時に再び聞こえる獣の咆哮。だけどわたしはもう……!
分かっている。この大人だって苦しい。溜まりに溜まった都からの怨嗟の念だ。
いま、亜鐘姉さまと一緒に断ち切ってあげる。楽にしてあげるから。
「晴明さま!」
「乗鞍を寄せろ!」
晴明さまは居ずまいを正し、太刀を構えた。
そのとき、もしかしたら見間違いかもしれないけど、わたしは怨魄になった亜鐘姉さまの目が微かに開いた気がした。
それを見てから、最後の力を髪に込める。
そして投げつけるように乗鞍をツノへと飛ばし、その場で倒れ込んだ。もう体中のなにもかもを使い果たした。指一本だって動かせない。ここで失敗すれば命はないけど、でも、わたしには確信がある。
「亜鐘!」
晴明さまは髪が解ける直前に跳び、上段に太刀を構えた。陽が反射するそれを振り下ろす先は、蝋人形のように動かない亜鐘姉さま。
――ありがとうございました。
わたしは霞む視界の中で、心からのお礼を述べた。
そして次に聞こえてきた晴明さまの声が、この凶事の全てを終わらせる。
「私は果報者であった。礼を言う」
コメント
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いやあ、熱かったですね……! 夜火が自らの確信を胸に「ツノだ」と訴え、晴明さまが「信じよう」と応じる一連の流れ、本当に胸に来ました。何よりラスト、亜鐘姉さまの目が微かに開いたように見えたシーン——あそこ、読みながら思わず息を止めてしまいました。伏線の回収が本当に美しい。夜火の成長と仲間たちの連携、そして晴明さまの「果報者であった」という言葉にすべてが集約されていて、読後感が清々しいです。素晴らしい回でした!