テラーノベル

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「ここに店を開いて8年で半壊8回、全壊4回……そのうち6回がギル絡み、4回がトーニョ絡みだよ!? 何なのあの子たち! お兄さんに恨みでもあるわけ!?」 フランシスはチェアに跨って背もたれに腕を置き、その上に顎を乗せた姿勢で延々と愚痴をこぼし続けていた。その正面に立っているアーサーはあからさまにげんなりした面持ちで、壁に凭れかかって煙草をふかしている。

ホールでは未だに銃撃戦が続いていたが、ホールとキッチンを隔てる壁もドアも防弾仕様になっているため、ドアがしっかりと閉じられた今は銃声や騒音がどことなく聞こえる程度だ。その音を意識の片隅に聞きながらアーサーは苛立たしげに煙草を灰皿にもみ消した。

「だったら何でまた店を出すんだよ。お前、マジで学習能力ねえのか」

「だってお店ないとつまんない! お店なかったらお兄さん退屈すぎてボケちゃうんだからね! それでもいいの!?」

「んだよソレ! わけわかんねえキレ方すんな!」

そんな理由でやってる店のために俺はこき使われてんのか。と、この髭を小一時間ほど問い詰めたい気分のアーサーだったが、それはやめておくことにした。この髭なりにこの店に愛着をもっていることはわかっていたから、今現在ホールで起きているようなことが何度もあったのかと思うと同情を禁じ得なかったのだ。

アーサーは腕組みをすると、もう何度目かわからない溜息をついてフランシスを軽く睨んだ。

「じゃあ『店内銃火器持ち込み禁止』って張り紙でもしとけ。つうか、ギルベルトとトマト野郎を出禁にするだけでもだいぶ被害が減るんじゃねえのか」

「やだ! ギルとトーニョが来ないとつまんない!」

「つまんないってお前、駄々こねんじゃねえよ! 髭のおっさんが駄々こねても可愛くねんだよ!」

「お兄さん可愛いよ! どこに出しても恥ずかしくないくらい可愛いよ! それに、銃火器持ち込み禁止なんてとっくに試したんだよ! でもその日の午後には丸腰の客狙って押し込み強盗が入ってきたもん!」

「……マジかよ……ほんっと、どうしようもねえなこの街は……」

もう潔く店やめろよ、と言いたいが堂々巡りにしかならないのは目に見えている。……不毛すぎる。

これ以上この髭の相手をするのは面倒極まりないし、ホールがあの調子では今夜は接客どころではない。今のうちに洗い物でも片付けておくとしよう、とアーサーはシンクの方に向かったが再びフランシスに絡まれてしまった。

「ちょっと坊ちゃん、聞いてるの!? 放置プレイいくない! 嫌いじゃないけど今はいくない!」

「何の話だ! ったく、うるせえな聞いてるってんだよ! 今日は記念すべきトップ2の競演ってことだろ? 祝いにスコーンでも焼いてやろうか?」

「呪いの間違いじゃないの!? お前は俺にとどめ刺す気!?」

「どーゆー意味だゴルァ!?」

思わずアーサーがフランシスに拳を繰り出し、それはフランシスの頬を直撃する……かと思われたが、アーサーの拳は空を切っただけだった。今の今までそこの空間にいたはずのフランシスは――アーサーの胸倉を掴み、その首筋に銀色に光るフォークを突き付けていた。

「なっ……」

アーサーの背中を冷たい汗が流れ落ちる。少しでも動いたら頸動脈にフォークの切っ先が突き刺さりかねないのだ。が、すぐにフランシスは苦笑を漏らし、握りしめていたフォークをカラン、とシンクに投げ入れて唖然としているアーサーの肩を軽く叩いた。

「ごめんごめん。ちょっと本気になっちゃった」

「……お前……」

「だってさあ、やってられないじゃないー? 遊びとはいえ、ギルに燃やされかけてトーニョのチョップ2回もくらって、更に大事なお店を滅茶苦茶にされてんだよ? 坊ちゃんももう少しさあ、お兄さん労ってくれてもいいんじゃないのー?」

「…………」

おどけてみせるフランシスだったが、アーサーは今しがたのフランシスの身のこなしに放心状態のままだ。そんなアーサーを見てフランシスは困ったように眉尻を下げた。

「あは、そんなにびっくりしないでよ。お兄さん、ギルたちほどじゃないけど自衛できるくらいの腕っぷしはあるんだよ。……誰かさんと違ってねー」

そう言って、アーサーに含みのある視線を投げかけてウインクをするフランシス。アーサーはようやっと我に返ったようで、片眉を吊り上げてフランシスを睨み返した。

「……嫌味かよ」

「『皮肉』だよ。お前、好きでしょ」

「言うのはな。言われるのは御免だ」

そりゃ悪かったな、と口では言いつつも大して悪びれはせず、フランシスはホールとキッチンを隔てるドアに近付いていった。そして様子が窺える程度の隙間だけドアをそっと開けてホールを覗き見る。

「あーあ……派手にやってる……あいつら、ここをオープンカフェにする気かねえ……」

そんな台詞を吐くフランシスと同様にアーサーもドアに張り付くようにしてホールの様子を窺ってみると。

銃弾や破壊されたインテリアの破片が飛び交い、血飛沫が舞い上がる中、ギルベルトとアントーニョがテーブルからテーブルへと飛び移っては弾を交わし、かと思えばカウンターから跳躍して天井の照明にぶら下がりそれを敵の頭上に叩き落とし、縦横無尽に跳ね動きながらも的確に相手に弾を撃ち込み、たった2人で多勢の敵を蹴散らしているところだった。




ギルベルトとアントーニョは圧倒的な強さを見せつけていた――だが。

ガチリ、とギルベルトの銃が鈍い音を放ち、ギルベルトは歯噛みした。

「ちっ……弾切れかよ!」

「お前も運が尽きたなァ!」

それを見逃さなかった一人の男がすかさずギルベルトに銃口を向ける。が、男が引き金を引くより一瞬早く、ギルベルトは己の銃を男の手元めがけて投げつけた。狙いは外れず、男の持っていた銃が弾け飛ぶ。

「くそっ!」

丸腰となった男はギルベルトに殴りかかってきたが、ギルベルトはその腕を掴んで勢いよく引っ張りバランスを崩させると、男の頭部を両の手で鷲掴みして激しく床に叩きつけた。

「ぐぁっ……、!!」

仰向けに倒れた男の両眼が驚愕に見開かれた。その男の目には鈍い銀色に光るナイフの切っ先が映っていたのだ。

男の恐怖の表情を目にしてギルベルトはにやりと嗤った。


「天使様によろしくな」


「!! ……っやめっ……」

断末魔を聞くこともなくギルベルトの左手に握られていたそれは男の眼球に深く突き刺され、鮮血が舞い散った。

「ギル! これ貸したるわ!」

ギルベルトの援護に回っていたアントーニョがギルベルトに向かって何かを放り投げる。しっかりと掴み取って見てとると、それはアントーニョのバックアップの銃だった。

「それフェリシアーノゆう名前やからな! 大事に使ってや!」

「マジで!? ダンケ! フェリちゃんが味方なんて俺様最強だな!」

ご満悦の顔つきでギルベルトは「フェリシアーノ」にキスを落とす。

「あああああフェリちゃんに妙な真似すんな! しばきまわすぞ!」

「いいじゃねえか減るもんじゃなし!」

「あほか! 減る! 確実に減る! フェリちゃんの純潔が減るわ!」


軽口を叩き合いながらも所狭しと駆け廻り、時には2人背中合わせになって、まるでそれ自体が生き物であるかのように銃を操るギルベルトとアントーニョにアーサーの視線は釘付けになっていた。

「あいつら、すげえな……」

「まあねえ。何たってトップ2だからね。『オルレアン』破壊ランキングの」

フランシスはそんな光景には慣れているのか大して驚嘆もせず、ドアの隙間から目だけを出してホールの2人に恨めしげな視線を送っている。再びあの愚痴モードに入られては面倒くさいので、アーサーは煙草に火を点けながらある疑問を口にした。

「でも普通じゃねえよな」

「何が? お前の眉毛が? ……うんごめん仲良くやろうよ」

胸倉をギリギリと掴まれ眼球にその熱を感じられるくらい煙草を近付けられて、さしものフランシスも両手を上げた。フランシスの様子に満足したのかアーサーはフランシスを解放して煙草を銜え直す。

「ギルベルトだよ。あいつのあの動き、普通じゃねえだろ」

「普通じゃないって?」

「俺だって一応元サツなんだぞ、それなりに喧嘩っ早い奴らも見てきてるからわかるんだよ。トマト野郎も確かに並外れてやがるが、奴は勘だとか経験だとか、そういうもんを頼りに動いてる。喧嘩屋の域を出ちゃいねえ。だが、ギルベルトの動きは明らかに訓練されたもんだ。あいつ、何者なんだ? ただのチンピラじゃねえのか?」

アーサーの意見にフランシスはほう、と感心したように吐息をついたが、すぐにニヤニヤとからかうような笑みを浮かべた。

「お前、やけにギルにご執心じゃない? あの子はやめときなよ? イヴァンにミンチにされちゃうよ?」

「ミ……っ、おま、怖ぇこと言うな!!」

真っ青に蒼褪めるアーサーを愉快げに見やるフランシスだったが、アーサーはすぐに真顔になって真摯な声音で話し始めた。

「そんなんじゃねえ。……ただ、あいつは命の恩人なんだ。気にもなるし、少しでも返せる恩があるなら返したいと思ってる。それだけだ」

「あー、そういうことね……」

――――命の恩人、ねえ。そう言えばそうだったっけ。

フランシスはそう遠くない過去に思いを馳せた。

2年程前のことだ。ギルベルトがぼろぼろのアーサーをここに連れてきて「こいつ拾った。お前、料理人欲しがってたろ。雇ってやれよ」と、まるで野良猫を預けるかのようにあっけらかんと言うものだから、何となく勢いに飲まれて「うん、いいけど……」と答えてしまった。そんな成り行きでアーサーは「オルレアン」で働くことになったのだ。

確かに掃除などの雑用は文句を言いつつもしっかりやってくれるから助かっている。接客も……まあ、この街は客も一癖も二癖もある奴らばかりだし、あれくらい態度がでかくてもいいのではなかろうか。多分。それに、現在ホールで繰り広げられているような銃撃戦などになるとさすがにアーサーの手には負えないが、酔っ払い同士の小競り合い程度なら仲裁(というか、両者をボコって店の外に放り出すだけなのだが)もできるだけの腕力はある。その点も助かっている。

だけれども。

(……お兄さんが欲しかったのは「料理人」であって、「フードテロリスト」じゃないんだよ……)

という愚痴をこのテロリストをここに連れてきた張本人の前で何度かこぼしたこともあるフランシスだったが、当の銀髪の男はばつが悪そうにケセケセ揺れるばかりだった。

だが、この凶悪なテロリストの一番の被害者はその銀髪赤目だったりもするわけで。

それを思えば溜飲を下げるしかなかったりもするわけで。

フランシスはわざとらしく肩を竦め、大きな嘆息をもらした。

「……お前ねえ、そんなふうに思ってんならギルに会う度に化学兵器食べさせるのやめてやれよ……」

「化学兵器じゃねえ! スコーンだ!」

地球上の全スコーンに謝っても許されないよお前、という怨念を込めた目線をフランシスはアーサーに投げかけたつもりだったが、当の眉毛はフランシスの視線もどこ吹く風といった様子で、シンクに向かうと洗い物に取りかかり始めた。先程フランシスにフォークを突き付けられて懲りたのか、意趣返しに殴りかかってくる気配もない。それはそれで寂しいな、と勝手にフランシスが拗ねていると、アーサーは思い立ったように食器を洗う手を止めてフランシスを振り返って問いかけた。

「ミンチにされる危険があるのはお前じゃねえのか」

「は? どういう意味?」

「しらばっくれんな。不本意だが、俺がここで働き始めて2年も経つんだ。ひっじょーーーに不本意だが、2年間、四六時中お前と一緒にいてお前の言動を目にせざるをえないわけだ。それで俺が気づかねえとでも思うのか?」

「……………………」

「あの鈍感トマト野郎ですら勘付いてるみてえだしな。気づいてねえのは肝心の超鈍感小二野郎くらいじゃねえか?」

唖然とするフランシスに「してやったり」とでも言いたげな厭味な笑みを湛えたアーサー。今度はフランシスが白旗を上げる番だった。だがこの眉毛紳士のこういう一筋縄ではいかないところを、フランシスは存外気に入っていたりもする。

降参、というふうにフランシスは肩を竦めて苦笑した。

「仕方ないね、少しだけ教えてやるよ。……ギルにはね、『先生』がいたんだよ」

「『先生』?」

「そ。殺しのプロの先生がね」

「…………軍人か?」

「さあねー?」


(否定しないってことはビンゴ、てことか)


もしくは当たらずとも遠からずなのだろう――。

「だからってギルがトーニョより腕が立つとは言い切れないけどね」

アーサーの反応を待つことなく、フランシスは静かに続けた。

「トーニョは、それこそ普通の子供ならママに絵本読んでもらうようなお年頃から玩具といえば銃しかないような環境で生きてきたんだよ。ギルが表舞台に出てきたのなんてここ数年だもの、トーニョとは圧倒的に場数が違う。だからギルもトーニョも、お互いの力量を計れなくて手を出しあぐねてるってわけ」

「なるほどな……」

「タダで教えてあげるのはここまでね。ここから先は有料だよ。あいつら――ブラギンスキとヴァルガスの人間の情報は安くはないのよ」

これ以上話す気はないということか、フランシスはふいとアーサーから視線を逸らした。

――もう少し問い詰めてみようか。アーサーの心中にほんの少しの好奇心が頭をもたげ始めたそのとき。


「しっ。……誰かいる」


フランシスの目つきが一瞬にして真剣なものに変わる。彼が凝視しているのは表通りとは反対に位置する裏手のドアの方だった。食材や酒などをキッチンに直接搬入できるように備え付けられている勝手口である。

耳を澄ませてみれば、確かにアーサーにも裏口のドアの向こう側から小さな話し声、敷石を踏みしめる足音などが聞こえた。

「新手か――?」

フランシスとアーサーは目を合わせて頷くと、それぞれドアの両脇に身を寄せて息を潜め、銃を構えた。

そして外の気配がドアの直前まできたとき、アーサーがバンッ、と勢いよくドアを開け、そこにいた人物に銃を突き付けると――――


「ヴェーーーーなんでもするから撃たないでえええええええ!!!!」


「…………は?」

呆気に取られるアーサーとは対照的に、ドアの陰からひょこりと外を覗き込んだフランシスは涼しい顔のままである。

「あれ、フェリシアーノじゃない。そっか、今日来るんだったね」

ドアの外にいたのはフェリシアーノとルートヴィッヒだった。

車から飛び出したルートヴィッヒに奇跡的に追いついたフェリシアーノは、フランシスに近しい者だけが知っているこの裏口から「オルレアン」に潜入することを提案したのだった。

べそをかいたフェリシアーノはフランシスに跳び付いた。

「ヴェェェェッ、フラン兄ちゃん! 怖かったよお! アーサー怖いよお!」

「あ゛!?」

「ああもう泣くなよー。ごめんな、うちの極悪眉毛が。坊ちゃんも威嚇しないの! ……で、そっちのイケメンは? 例の友達?」

フランシスはフェリシアーノの背後にいたルートヴィッヒに関心を示しながらも、アントーニョに見つかれば額に風穴が開くであろう勢いでフェリシアーノの身体を撫で回していた。そしてそろそろフランシスの手がフェリシアーノの背中からズボンの中へ侵入しようというとき、アーサーがフランシスの手を思いっきり抓り上げた。

自分の背後でそんな攻防が起きているとは露知らず、フェリシアーノはフランシスを見上げて問いかける。

「ねえフラン兄ちゃん、トーニョ兄ちゃんは? ギルベルトもいるの?」

「ああ、2人で楽しそうに遊んでるよ……」

「!」

フランシスの言葉を聞くなり弾かれたようにホールへ行こうとするルートヴィッヒの腕を、アーサーは慌てて掴んだ。

「お前、どういうつもりだ!? 今ホールに行くなんて自殺行為だぞ!?」

「だ、だが、兄さんが!」

「あ? 『兄さん』?」

「ルート、今は無理だよ! ギルベルトなら心配ないから……その、こういうこと、……よくあるから、さ。終わるまで待とう、ね?」

「……こんなことが、日常茶飯事だというのか……?」

「…………え、あ……」


フェリシアーノが言い淀んでしまったその瞬間、ホールへ通ずるドアのごく間近で銃声が響いた。ギルベルトがカウンターの内側に飛び込んできて、そこに身を潜めて応戦し始めたのだ。そして少しだけ開いたままのドアから顔を覗かせてこちら側――キッチンに向かって叫んだ。

「おいっ髭! お前、長物持ってたろ! 貸せ! あいつらどんどん増えやがってこのままじゃ埒明かねんだよ!」

「何言ってんの、やだよ! アレは預かり物で――」

「これのことか? ギルベルト、受け取れ!」

「あっこら坊ちゃん!」

「ダンケ、アーサー!」

それが通るだけドアを開けて、アーサーはギルベルトにアサルトライフルを手渡した。

その瞬間に見えた紅い瞳と揺れる銀髪に、ルートヴィッヒは息を呑む。


(間違いない、兄さんだ――兄さん――)


だが、ギルベルトはキッチン奥にいたルートヴィッヒには気づくことなく、アサルトライフルを手に素早くドアの隙間から姿を消した。

ルートヴィッヒは誘われるようにおぼつかない足取りでドアへと近づいていく――

「あ、おいお前! そんなに開けたら流れ弾が――」

「ルート! 駄目だってば!」

アーサーやフェリシアーノの制止にも耳を貸さず、ルートヴィッヒはドアを大きく開け放ち、一歩足を踏み出した。

そこでルートヴィッヒが見たものは――――



カウンターの上に仁王立ちになって、不敵な笑みを浮かべて、アサルトライフルを乱射しているギルベルトの姿だった。


君に愛と罪の花束を

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