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橘は、自分達も騒ぎを起こせると、どこか、心弾んだ状態で住まいを出た、はずだった。
が──。
「な、なんですか?!これは!」
「えー!!なんで、なんで、猫ちゃんがっ!!」
「上野様、これは、どうゆう事ですか?策を仕込んだなら、仕込んだと、教えてくださらないと!」
「た、橘様、わ、私では、ございません。あ!嘘はついておりません!それは、橘様なら、見抜けるはずっ!」
女二人は、驚きから、すっかり、昔の女房時代の癖が出て、同僚の顔になっていた。
「これ、なんなのよ、女房さん」
「八原《やはら》殿、私にも、さっぱり分かりませぬ。なぜ、猫が、このように群れになって……屋敷の外から、やって来ているのかなど……」
大量、と、言っていい数の猫が、塀を乗り越え、飛び込んで来ている。
ニャーニャー鳴きながら、敷地内を横切って行くが、脇目もふらず、何かに導かれるかのように、進んでいた。
「これでは、表方へ行けないわ」
「橘様、行けないこともないと思いますが、足の踏み場がないですね」
「しかし、なんで、大量に、それも、猫、なんだよ!」
八原も、猫の大行進に、驚きを隠せない。
「これ、新《あらた》殿や、髭モジャ殿の、策ではないでしょうか?牛、だけでは、やはり、心もとなく……でも、どうやって?」
常春《つねはる》も、言ったはいいが、どこまで本当のことなのかと、目をぱちくりさせつつ、猫の行進を見ていた。
「よし、とりあえず、俺が、頭《おかしら》に、聞いてくるわ!女房さんも、紗奈も、ここに、いなよ」
言って、八原は、器用に猫を乗り越え、表方へ向かったが、それでも、時々、猫を踏んでしまったのか、フギャーという鳴き声と、うわっという叫び声が、重なっていた。
「……おかしいわね」
「そうですよね!橘様」
「しかし、これは……都中の猫が、集まって来ているような……凄さで……」
「紗奈、新殿は、なぜ、おばちゃん、いえ、女将さん達を連れて来たの?」
橘は、なぜか、荷受け場で起こった事を尋ねた。
「橘様?」
「一度、中へ入りましょう。少し、考えなければならないようです。常春様も、お知恵を貸して頂けますね?」
「あ、もちろんですが、橘様何か気になる事でも?」
「……思い過ごし……だと良いのだけど」
常春は、橘が、一瞬見せた険しい表情を見逃さなかった。
今は、猫の事が、問題なのに、橘は、終わったはずの、荷受け場での出来事、それも、琵琶法師一団と、やりあった話でもなく、紗奈が、屋敷まで帰って来る手はずにこだわっている。
そういえば、と、常春は、思う。
本来の計画では、紗奈は、都大路を抜けて、帰ってくるはずだった。
もちろん、途中、あちこちで、声をかけられる。その度に、屋敷が、狙われるんだと、あっさり白状してしまい、皆を、煽って騒ぎをおこし、協力を得る、という、かなり、際どい策を取るはずだった。
だからこそ、紗奈の腕が、試される訳で、逆に、紗奈にしか、出来ない事でもあった。
それを、新は、若い衆には、送りの付き添いは、させないと、それは、紗奈の、身に危険が及ぶからだと、言い出して、送り届ける役目を、八原から、街へ戻るおばちゃん達に変更したのだった。
確かに、理由を聞けば、なるほど、と、納得できた。八原も、面が、バレている。いや、琵琶法師と対決した張本人だ。紗奈と二人は、確かに、何かしら起こったら……と、いう危惧は、もっともで……。なのに……。そこまで、気をつけておきながら、新は、どうして、八原を、屋敷に連れて来たのだろう。
それを言えば、新も、相手側に面はバレている……。しかし。
「常春様、おかしいでしょ?」
「はい、確かに。橘様、続きは、やはり中で。これは、外で話すことでは、ないような……」
「そうよね、兄様。こう、ニャーニャー騒がしかったら、話しなんてできないもの!」
一人、ずれているのがいる、と、常春は、妹を見た。