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「聖女様こんにちは。お久しぶりです」
「え、あ……あ、お久しぶり。えっと……」
「ファウダー。ファウダー・ブリリアント」
「ファウダー君」
部屋に入ってくるなり私の方へ駆け寄ってきたのは、ブライトの弟ファウダーだった。彼と同じ漆黒の髪と、淀んだアメジストの瞳を持った少年は、私を見るときゃっきゃっと嬉しそうに跳ねていた。ブライトは以前、私に弟は病気だの何だの嘘をついていたが、元気なのに、何処か顔がやつれているようなあまり健康そうでない顔色を見る限り、やはり彼は身体が弱いのだろうと私は思った。
それにしても、子供とは言え、いきなり部屋に入ってくるなど、親の教育がなっていないと思った。子供だからと、此の世界の貴族は通用しないだろう。ブライトはこんなに礼儀正しいというか、常に敬語なのは彼の癖なので置いておいても佇まいや仕草から貴族らしさが滲み出ているというか、何処かの誰かさんとは大違いで。
そう思うと、彼の弟は彼に容姿さえ似てるもののあまり似ていないようにも思えた。
そんなことを考えていると、ふと視線を感じる。それは、ブライトからだった。
ブライトは、慌てた様子でメイド達の方を向いて、どうして彼がここにいるのかと問いただしていた。
「どうして、ここにファウダーがいるのですか!?」
「す、すみません、ブライト様。どうしても行きたいと言って聞かなかったもので。私どもも止めようとしたのですが」
と、メイド達はあわあわと状況を説明し始めた。
それを、頭が痛いとでも言うようにブライトは聞いて額に手を当てながらため息をついていた。こういうことは良くあるのだろうかと思いつつ、ブライトは再度メイド達の方を見た。彼女たちは申し訳なさそうにしゅんと頭を下げると一歩後ろへと引いた。ブライトが怒っているようには見えなかったけれど、彼女たちは自分の失態を悔いているのだろう。主のことを思ってというか、何というか。責任感のある人達だなあとも思えた。
それから暫くしてブライトは片手をあげて、ファウダーにもお茶を出すようにと指示を出していた。
「ブライト様、本当に申し訳ありません」
「大丈夫です。怒っていないので……君たちのせいではありません。僕が……」
そこまで言うとブライトは口を閉じてしまった。
そうして、私の周りを跳ねていたファウダーの肩に手を置いて、こっちに来るようにとブライトは優しく言った。だが、ファウダーは聞く耳も持たず、私の隣の席に座りたいと駄々をこねていた。
私は別に良かったのだが、断れるなら断っていたかった。子供はそこまで得意ではない。
ファウダーと出会ったのはブライトと出会った日だった。ファウダーが馬車に轢かれそうになっていたとき助けて……あの時は、凄いか弱い、純粋無垢な子供だと思っていたが、何だかファウダーと会うたびに、一応はその印象は残りつつも何か引っかかりを覚えるようになった。子供だけど子供の無邪気さの中に悪意が入っているようなそんな何とも言えない感覚。言うなれば、そう――――
(感情が乱される、あの化け物に食べられたときと一緒みたい……)
そんなはずはないと思いつつも、以前、災厄によって姿形が変わってしまった人間……化け物に食べられたとき、私は感情がぐちゃぐちゃに乱される感覚におそわれた。悪い方に考えてしまい、皆の言う、負の感情というものが膨らんでいくような。全てに絶望、諦め、怒り、殺意を覚えるような感覚。あれに似たものをファウダーから感じるというか、感情を引っ張り出されるというか。そんな何とも言えない感覚にファウダーを見るたび、会うたび思うのだ。
気のせいかも知れないし、そんな化け物でも何でもないただの子供に言いすぎかも知れないけれど。
「ファウダー、エトワール様が困っています。ほら、僕の膝の上でもいいので」
「おにぃの膝の上堅いから嫌だ。あ、じゃあ、そっちの聖女様! 膝の上に乗らせて」
「ファウダー! いい加減にしなさい!」
と、珍しく強い口調でブライトはファウダーに対して怒鳴った。
それを聞いたファウダーはビクッとして一瞬怯んだように見えたが、すぐにキッと目を吊り上げてブライトを睨みつけた。
私としては、別にファウダーが座るくらい構わないのだが、どうやら、ブライトはそれを許さないらしい。理由は分からないけれど、前に病気だって嘘をついたぐらい、弟であるファウダーが他人に触れることを嫌っているようだった。それは、過保護と言うよりかは、ファウダーから他人を庇うようにも思える。
それは、今感じた違和感ではなく、元からそうだったとも思えて、思えば、ブライトはファウダーより彼に触られる人達のことを心配しているようにも思えた。
(うーん、そうなると矢っ張りファウダーって自分が気づいていないだけで病気だったり、危険な魔法を持っていたりするのかな)
私の前で止りながら、ブライトを睨み付けていたファウダーを見て、それからブライトを見て私は思った。
でも、それをブライトが話してくれそうにもないし、勝手な予想をしてファウダーには触れておかないでおこうと思った。
だが、そんな私の心中を察したのか、ファウダーはとててと歩いて行き、今度はトワイライトの前でとまると彼女の服を引っ張った。
「ええっと……」
「聖女様、おにぃが虐めるの。聖女様は、ボクのこと膝の上に乗せてくれるでしょ。意地悪しないでしょ」
「わ、私は……」
と、ファウダーにせがまれたトワイライトは私の方を見た。私に助けを求められてもどう対処すれば良いか分からなかった。嵐が過ぎるのを待つのが一番だと、無視を決め込むんだとサインを送ったが、心優しい彼女がそんなことできるはずもなく、困惑しながらも彼女は口を開いた。
「ブライト様は別に意地悪を言っているわけではないと思います。えっと、ファウダーさんでしたっけ。ブライト様はいい人ですから、決して理由もなしに意地悪はしないと思います」
そう、トワイライトはファウダーを宥めるように言うと、そうですよね。とブライトを見た。
ブライトは、慌ててそうです。と言うと、もう一度ファウダーにこっちに来るようにと今度は優しく言った。けれども、ファウダーは首を縦に振らなかった。嫌々と駄々をこねるばかりで、本当に難しい子供だと思った。
如何したものかと私と、ブライト、トワイライトは互いに顔を見合わせていると、ファウダーはようやく折れたのか、分かれた。と言ってとぼとぼとブライトの方へ歩き出した。だが、その最中絨毯に足を取られてしまい前のめりに転んでしまった。それに気づいたブライトは咄嵯に手を差し伸べようとしたが、それよりも前に、トワイライトが彼の元に駆け寄って手を差し伸べた。それを見て、ブライトはあっ、とでもいうような表情を浮べたが、次の瞬間にはファウダーはトワイライトの手を取っていた。
「大丈夫ですか? 怪我してませんか?」
「平気。ありがとぉ、聖女様」
「は、はい……どういたしまして……っ」
「トワイライト?」
ファウダーにお礼を言われている最中、トワイライトは酷く顔を歪ませて額を抑えた。そして、頭を抑えてふらつき始めた。
それを見て私は慌てて彼女に近づき肩を支えた。
突然のことに何が起こったか理解できずにいたが、ファウダーが何かやったのではないかと思い、彼を睨みつけるようにして見た。すると、彼はきょとんとした様子で私達を見ていた。まあ、そんな筈無いと思いたいけれど。
私は、頭を抑えながら苦しみ声を漏らすトワイライトを見てどうすればいいのかとブライトを見た。彼は、ファウダーをトワイライトから引き離し、メイド達に彼を部屋へ連れて行くようにと指示を出し、私達の方へ駆け寄ってきた。
「トワイライト様!」
「だ、大丈夫です……その、多分、立ちくらみなので」
「で、でも、まだ痛そうにして……」
「ありがとうございます。お姉様。でも本当に大丈夫なので……お姉様に心配して貰えるなんて私、凄く嬉しいです」
「じょ、冗談言ってる場合……」
へへ。と彼女は笑うと、額に汗を浮べながら私を見た。
明らかに無理をしているのが分かり、私は彼女を支える手に力を込めた。そんな私を見て、ブライトは眉間にシワを寄せて彼女の手を取った。
それから、彼女は私に支えられながらゆっくりと立ち上がった。しかし、それでもやはり辛かったようで、よろめいてしまった。
「とわ、トワイライト……」
何が起ったのか分からず、私はその場に立ち尽くすしかなかった。