「よっ…と」書類や私物の入ったダンボールを抱えながら俺はエレベーターに乗る。ここは警視庁、今日から俺の職場になる場所だ。
「警視庁葬儀課…」
世の中には葬儀屋を仕事にして生活を作っている人間は少なくない。その数ある葬儀屋の中でも唯一、異質な存在を世に知らしめる葬儀屋があった。その名は
葛の葉葬儀
葛の葉葬儀は基本事件に関与されたと思われる遺体しか引き受けない。そして噂によると葛の葉葬儀は葬儀課の人間しか知らないある秘密があるとか…
その葬儀課に俺は送られる訳だが、正直不安でしかない。生まれてから友達もろくに居ない、世界の脇役みたいな俺に一体何ができると言うんだ。警察になれただけでも素晴らしいことだと言うのに。
「うわっ」
エレベーターから降りる際うっかりエレベーターの溝につま先が引っかかってしまった。ダンボールは宙を舞い、俺は床に腹からへばりつく。
はずだったがダンボールも俺も床に落ちることはなかった。
「待っておいて正解だったな」
そう言いながら俺を支えるのは黒髪の男、三善清蓮だ。
「…悪い、ありがとう」
礼を言うと清蓮は微笑みながら俺の手を引っ張り体制を整えさせた後、華麗にキャッチしたダンボールを脇に抱えたまま歩き出した。
真っ黒な目と全く同じ髪を揺らしながら俺の先を歩く。
「それ、俺の荷物」
「運ぶからゆっくり来な」
さわやかに微笑む清蓮を見て、やはり自分にはこの職場は合わないと思った。
清蓮は警察学校時代からの友人で何も出来ない俺を可哀想に思ってか、何かと気にかけてくれる優しい奴だ。そんな奴の横に、俺は居てはいけない。
「目立たず平穏に過ごそう」
前を向けば葬儀課と書かれた扉を開けて、俺が中に入るのを待っていた清蓮と目が合う。
「し、失礼しまーす…」
おずおずとドアをくぐれば葬儀課には十何人もの人がいて年齢は様々、全員の視線が俺と清蓮へと集中する。正直言ってめっちゃ怖い。
「二人とも、こっちこっち」
部屋の奥から声がする。指示に従って向かえば、そこには黒髪の男性がいた。
「新人だよね。あは、緊張してる?」
机に寄りかかりながらその人は言うと、足を組んだ。
「…貴方が葬儀課の…」
「俺は警視長さんじゃないよ。あの人は…えっと、朝起きるでしょ?そんでパン食べてまた寝てそれで、どこ行ったんだっけ。まぁいいや、」
指で下唇をなぞるような動作をした後にっこりと笑う。
「俺の名前は矢俣桃華。ぜひ親しみも込めて桃華さんって呼んで欲しいな」
「あっ桃華さんずる〜い。二人〜!私は藍羽真柚っていうよ〜!覚えてねぇ〜!」
遠くから声がすると思えば、銀髪の女性が俺たちに向かって手を振っていた。
「うるさいぞ藍羽〜」
桃華さんの言葉に続けて周りから笑い声が聞こえる。
「ってこんなこと言ってる場合じゃないんだ。新人君達に早速仕事があるんだけど、引き受けてくれるよね?」
組む足を変えて、笑顔で桃華さんは言う。
「はい」
「もちろんです」
俺に続けて清蓮も言う。
「やったぁ、じゃあ俺たち葬儀課の仕事について説明するね。」
「葬儀屋のサポートでは無いんですか?」
清蓮の質問に桃華は頷く。
「サポート、と言われればそうだね。送迎とか交渉とか、俺たちがやらなきゃいけない事は山ほどある。」
「山ほど…」
「そう、その中でも最も俺達がしなくてはいけないのが、自己防衛だね」
ん?自己防衛?
「自己防衛が、仕事ですか?」
「葬儀屋がただの葬式をするところだと思ってる?だとしたらそれはちょっと違うね」
俺の言葉に耳を傾けながら桃華さんは話を続ける。
赤い瞳が優しくこちらを見つめ、整った眉とつり目に威圧感はなくこの人は信頼できると心から感じさせる。
「葬儀屋の本来の仕事は、簡単に言えば人のわるーい心を倒す仕事でね、俺たちはその戦いに巻き込まれないように自己防衛するの」
「…は?」
「…混乱するんでもっと明確に説明してください桃華さん、心を倒すとかそんな意味分からないこと言われても…」
清蓮がそう言うと桃華さんは困ったように笑い、寄りかかっていた机から離れると
「そうとしか言いようがないんだなぁ」
と言いながら先程大きな声で自己紹介?をした藍羽さんの元へ歩き、資料を渡す。
「清蓮は藍羽と、君は俺と行動だ。実際に見れば分かるよ。」
「え?」
そう声に出したのは清蓮だった
「い、一緒じゃないんですか」
「…だって基本葬儀課は単独行動だし」
女にモテまくりの顔が見事に歪みまくっている。
「さぁ、行こうか。葬儀屋も待たせてるし」
桃華さんはそう言うと俺の手を引いて歩き出す。後ろの方では清蓮が何か騒いでいる様子だったが、聞こえないフリをした。
「俺が案内するのは葬儀屋の騰蛇隊、三神結都のところまでだ。」
「隊…?」
車の助手席に座らされ、ハンドルを握りながらそう話す桃華さんを見て俺は疑問を持つ。
「隊…ってどういうことですか?」
「葬儀屋にはいくつかの隊があるんだ。全員戸籍は違う…と言っても割と兄弟姉妹が多いな…まぁ、ともかく隊も血の繋がりも関係なく皆家族だと思って行動しているようだね。」
桃華さんはハンドルを大きくきる。大きな道路を右折した先は小さな繁華街だった。
BARや喫茶店、キャバクラやホストなど、どちらかと言えば夜に賑わいを見せるような街。現在の時刻はちょうど三時頃、今開いている店は喫茶店くらいだ。
「ここが葬儀屋、ちょっと待っててね。誰かいるはずだから」
葬儀屋…と言われた場所はどう見ても事務所のような建物ではなく、完全に外見はBARである。
桃華さんはBARの扉を軽くノックする。しかし返答は無い。
「…誰も出ないなぁ…」
少し考える素振りを見せたあと桃華さんはBARの扉を、思いっきり殴った。
え?なんで殴んの?怖いよ
「うっせーな!誰だよ!今取り込み中だっ…て…」
扉を荒々しく開け、睨んできたのは金髪の青年だった、白のポンチョコートに黒のセーター、白いジーンズを履いた背の高い青年。
「と、桃華さん」
オレンジ色の瞳と反転した黒い網膜をした目が少し歪む。
「随分と気が荒いな、紗霧。俺がそんなに嫌か?」
「いや、桃華さんにイラついてるわけじゃない…っす」
笑顔を崩さない桃華さんに紗霧と呼ばれた青年はたじろぐ。もしかしたら桃華さんは怒らせちゃいけない人なのかもしれない。
「結都は?」
「佑夏さんと話をしていて…」
「へぇ、それで紗霧は構って貰えなかったからそんなにイライラしてるわけか」
「どうしてそうなんですか!」
桃華さんは楽しそうに笑っている。
「そうそう、紗霧。新人君が来たよ」
今話をこっちに持ってくかな普通
「…知ってますよ。今日だってことくらい」
青年はそう言うと俺の方へ大股で近づく。
「蘭紗霧、騰蛇隊…結都さんはすぐそこに…」
目が全く合わない。もしかしてこのヤンキーはもう既に俺に対して拒絶反応を起こしているのだろうか。
「ぎこちないなぁいつも通りの対応すればいいのに」
桃華さんはまだからかうような態度のままだ
「うるせぇ!…です。あぁクソ、着いてきてください。」
「俺はここまでだね。じゃあ頑張れよ〜新人くーん」
そう言って桃華さんは去っていった。
「ほんと、あの人だけは苦手だ…」
「えっと、紗霧くん」
頭をかく彼の横顔をみながら名前を呼べば、俺から見て右側に刺青のように刻まれた十字の瞳孔が何が言いたげに見つめてくる。
「紗霧でいいです。」
冷たく言われてしまい少しショックを受ける。いやそんなに仲良いわけじゃないからそんな態度でも文句言えないけどさ。
BARの二、三段ある階段を降りれば黒く塗られたカウンターテーブルに一列に並ぶ丸椅子。そして少し離れたところにはダーツ版とひとつのダイニングテーブルと向かい合わせに置かれた赤いソファ、そしてそこに座るのは…
「こんにちは」
銀髪で隠された左目、そして肩まで切られた髪の下には長く伸びた襟足がひとつに結ばれている。
「僕は佑夏と言います。佑夏って、呼び捨てでいいですよ。どうぞよろしく」
彼女は立ち上がるとそう言った。
「葬儀屋の店主って…」
「いえ、僕は当主補佐みたいなもので本来の当主は現在は不在なんです。」
微笑みながら佑夏は言った。
そして彼女の向かい側の席に座る黒髪を三つ編みに結んだもう一人の少女は…
「…ちっ」
え、舌打ち?
「こら、結都。話したじゃない」
「分かってはいます。けど、俺は納得できない」
俺、という一人称と低い声に体が身じろぐ。赤と青のオッドアイは鋭い目付きで俺を睨む。
「…結都、お願い」
佑夏が結都と呼ばれた少女に目を合わせて言うと、ため息をついた。
「結都さん…」
紗霧が完全に怒られた犬のようだ
「お前まで言うな紗霧、俺はわがまま言うガキじゃねぇよ」
少女は行儀悪くダイニングテーブルに置かれた脚を降ろし、ヒール底を力いっぱい床に着けた勢いで立ち上がると長い三つ編みを揺らし、口を開く
「騰蛇隊、隊長三神結都。」
「ゆ、結都さんよろしくオネガイシマス」
自己紹介に応えるとまた舌打ちをされた
「葬儀屋に居るやつは全員呼び捨てで構いません」
神さま助けてください俺もうこの子と会話するの怖いです。
「それより、ここに葬儀課が来たんだ、もう動いてもいいってことだよな」
「はい、桃華さんも居ましたしおそらく」
結都の質問に紗霧が答える。
「なら先程話した通りに俺達は動きます。」
ヒールブーツの紐を結び直すと結都は紗霧に騰蛇隊のメンバーを集めろと指示する。
「お、俺は何をすれば」
「アンタは俺達の行動の記録、ターゲットの『賊心』の消滅を確認すればいい」
「ぞ、賊心…?」
聞きなれない言葉、きっと辞書を引けばあるんだろうけど、その言葉について聞こうとした瞬間紗霧が結都に声をかける。
「雪白さんと杏璃連れてきました!」
明らかに足音が一人ではないと感じ、後ろを振り向けば背の高い青年と黒髪をポニーテールに縛った少女がいた。
「自己紹介、する?」
青年の言葉に結都が無言で頷く。
「雪白から…言う…三神雪白…お仕事、する…頑張ろう…ね…?」
赤い瞳がじっとこちらを見つめる。胸元と髪に赤いリボン、赤いロングスカートに目が行く。すごい真っ赤。
「僕はね、蘭杏璃って言うんだ…覚えてね、名前覚えられないのは、悲しいから…」
紗霧とは反対の瞳に十字が刻まれている髪と同じ金色の長いまつ毛のせいか、眠そうな顔をしている。
「って…え?同じ苗字?」
「そう、三神姉妹と蘭兄弟。どちらも双子だよ」
先程の敬語とは違い、佑夏は砕けた口調で言う。
「騰蛇はそれが売りなんでね」
結都は資料をテーブルにばら撒くように置いた。
「これって、今話題になってる…」
殺人事件の資料だ
「そう、この事件の被害者もうちが担当していてね。」
この事件で街の河川敷で発見された遺体、その遺体には臓器がなかった、という話が後を絶たない。
「殺人なのは確定だけど犯人が分からず難航中だったからね。結都と相談していたんだ」
「警察は無能すぎる。どうして現場の証拠でしか動かないんだか」
「無能って…犯人は分かったのか?」
結都は鼻で笑った。
「河川敷、しかも遺体は濡れていた。しかも遺体の状態は最悪、遺体が打ち身や骨折だらけになる理由はなんだと思いますか」
「え、えーっと…殴られたとかそう言う…」
「はずれ…」
雪白が呟いた。
「あそこの河川敷の上を辿れば山がある。もしそこの川から遺体が流され、遺体が川の中にある石や岩との衝突を繰り返していたとしたら?」
痛々しいが、簡単に想像出来る。
そうか、そういう事か
「だからね、僕達は警察よりも先に山へ向かう道路の監視カメラを探して見せてもらったんだ。そしたらなんと一台の車が」
「車のナンバーから持ち主を特定、被害者の共通点は同じ大学のサークルメンバー…」
佑夏に続けて結都が話を進める。
「紗霧と杏璃に調査をさせたら他にも証拠が出てきた。こいつを犯人に突きつけ、後の世に現れる賊心を殺す」
結都はソファに置いてあった刀を手に取る。
ん?刀?
「銃刀法違反!」
「葬儀屋だから罪になりませんよ」
俺の言葉にすかさず声を出したのは紗霧で、その紗霧も手には刀がある。
「葛の葉葬儀は武力行使が国の中で唯一許されているんです。」
はい?
「まて、本当に意味がわからなくなってきたぞ。賊心って何?後の世って何?分からなすぎる」
お前らの世界観に俺を取り残さないでくれ
「実際に見た方が早いだろうな。」
「言っても、みんな分からない…」
蘭兄弟が言う。
「説明は後だ、今は時間が惜しい」
「後の世で…賊心が暴走する前に…」
ダメだこの子達俺に説明する気微塵もないよ。
「行きますよ、さっさと仕事は終わらせたいんだ」
「…はい」
佑夏に助けを求めようとしたがにこやかに手を振るだけで何もしてくれなかった。
徒歩と電車で着いた先は都市の片隅にある住宅街。アパートの塀に寄りかかった状態で結都と雪白は犯人の帰りを待っている
「相手側の同行については風南兄さんの調べで分かっている…そろそろ帰って来る時間帯だ。」
「風南兄さん?」
「別の…隊の…兄さん…」
雪白がそう言うが全く誰か分からないのでそれ以上聞くのはやめた。そうこうしているうちに一人、住宅街の道路脇を歩く男が見えた。男はアパートの階段を登ると自分の部屋と思われる扉に鍵を刺す。
「よし、逮捕だ」
「え!?逮捕状は!?そんないきなり!?」
俺の言葉なんて聞く気も無さそうだ。
「おいお前、河川敷での殺人事件について聞きたいことがある」
結都の言葉で明らかに男の顔が曇る。その表情に確信を得たのか、結都は男が開けたアパートの扉を勢いよく開く。
「このっ!くそガキ!」
すかさず部屋の中へはいる結都に男は手を伸ばす。
「結都!」
これは不味いだろ、仮にも相手は犯罪者、結都が何をされるか分からない。
最悪の結末を想像した俺は男の動きを止めるため、走り出す。が、それよりも先に動いたのは
「結都さんに触んじゃねぇ!!」
紗霧だった。紗霧はアパートの柵を越え…柵を…
ここ二階だけど?
紗霧は男を取り押さえるとそのままアパートの部屋に入る。
「騒ぎになる前に一旦中入んぞ」
紗霧の言葉にあとから続いて来た杏璃が頷き、雪白も続けて部屋へと入っていく。俺もそれに続き部屋に入り扉を閉め騰蛇隊の方へ向き直った瞬間、全身に悪寒が走った。
「くそ!離せ!離せよ!」
男の抵抗する声が聞こえる。
男の部屋は酷く寒く、薄暗い、そこに並ぶのは
臓器、臓器、臓器…ひとつ飛ばしても飛ばさなくても臓器。
おいおい精肉屋志望かな。大学生くん
「き、気持ち悪い…」
「吐かないでね…?」
杏璃が心配そうに言う。
臓器に直接目を当てる事は出来ないがこれでこの男が犯人だということは確実になった。きっと鑑識に出せばこの臓器が被害者のものと一致するはずだ。
「ひ、ひとまず犯人は確定したってことだよな…仕事もコレで…」
「…まだ、終わってない…」
雪白は一つ一つ袋詰めされた臓器をまるで美術展の作品を見るかのように眺めながら話す。
そんなぁ
「言ったはずです、賊心を潰すのが俺達の役目だと」
結都は男に視線を向ける。男は紗霧に絞め技のようなものをされて動けない。
そんな男に結都が向けたのは、包帯が巻かれた刃物だった。
「ちょっ、ちょっと!何して」
『汝の賊心、祓い受ける』
刺さった。刃物が男の胸にぶっすりと。
「うぁ、うわぁぁあ!殺した!」
「殺してねぇ!」
「だって。だって血が!血が出てっ!」
いや違う、これ血じゃない。
唸り声をあげる男の胸からはどくどくと黒い、墨のような何かが流れ始める。
「気をつけてね…今からここは」
「後の世、だから」
黒い液体はどんどん部屋を黒に満たしていき、俺らは暗闇に包まれた。
「後の世…?」
俺たちを包んでいた暗闇は少しした後、シャボン玉を割ったかのように弾けて消える。そして俺の視界に映るのは、さっきと変わらない景色。
ちょっと待て、犯人はどこに行った。
「まさか逃げられた…!?」
俺は慌ててアパートから出て階段を降りる
犯人のアパートまでの道のり、アパートも、結都が寄りかかっていた塀も、先程と変わらない景色。しかし、俺はこの景色に気味の悪さを覚える。何かが違う、何かが。
『おかえり』
え?
『お腹すいたー』
『ねぇゲーム返してよ』
『お父さん、お父さん』
人の声、確かに聞こえた。
「ここは人間の心…神魂が住む世界、後の世…」
杏璃が俺の横に立ち、脚の長さに比例したでっかい鉈を握っている。
「後の世にはね…雪白達の目には見えないけど、みんなの心がいるの…でも、みんなの心を食べようとする悪い心…」
雪白がようやく説明をしてくれたと思えば、唐突に地面が揺れる。
「賊心が…来る…」
「構えろ」
コンクリートを引き裂くようにして現れたのは、心臓のようなヘドロとそれに群がるくそでかい虫。
「きっっも!!」
「下がって…」
雪白は杏璃の持っていた物と同じ大きさの鉈をスカートから取り出す。
「いつもの奴らよりも弱い、雪白と杏璃は本体を、俺と紗霧で虫を殺る」
「承知しました」
紗霧は刀を抜くと、まるで新しい玩具をもらった子供のような嬉しそうな表情をする。
「始めるぞ」
後に聞いた話、後の世は神魂が具現化して住む世界らしい。賊心も神魂の一部だ。
葬儀屋の仕事は、犯罪者の賊心を後の世で暴れさせないようにすることらしい。後の世という世界で具現化された犯罪者の賊心が健全な一般人の神魂を襲い、後の世の秩序を乱してしまうとその神魂の影響が現実世界でも反映され、人々の心を壊していく…それを防ぐために葬儀屋は賊心と戦わなくてはならないらしい。
先に言ってくれと、心の底から思った。
一瞬の出来事だった、
結都は軽々と賊心を切り捨てると高く跳躍し、瓦礫を飛び越え、いとも簡単に辺りを飛ぶグロテスクな虫を真っ二つに切り捨てる。紗霧は刀を乱暴に振り回し、その姿は完全に狂った殺人鬼のようだった。虫に残る刺された後の穴がその気荒さを表している。
雪白は鉈を地面を削りながら上へと振り上げる。賊心は切り裂かれ、血しぶきのようなものが舞い、臓器の形をしたそれは地面にぐちゃりとへばりつく。杏璃も同じく鉈を振る。その一撃一撃はとても重く、建物も関係なしに破壊しながら賊心の形を抉る。
どう考えても人間のできる技では無い。いや、そもそも葬儀屋自体人間なのか怪しいぞ。
賊心がボロボロと崩れ落ちていく瞬間を眺めながらそうこう考えているうちに俺の頭にコンクリ片が飛んできた。
「あっ」
「やべぇ!」
ここで俺の記憶は途絶えた。
「賊心を消滅させたはいいが。紗霧、杏璃、お前ら…」
どうやら杏璃が破壊し飛ばしただいたいハンドボールくらいの建物の破片を紗霧が弾き、直球で俺の頭に飛んできたようだ。なるほどだからこんなに痛いのか。
「すいません…っ!」
「ごめん…なさい…」
現在葬儀屋のソファの上で横たわっている。俺の目が覚めた時には全て終わっていたようで佑夏が俺に氷が入ったビニールを渡す。
「大丈夫?」
「…少し痛むだけだから…」
ソファから起き上がり辺りを見渡せば人が大勢、俺を覗き見ていた。
「それで?どーすんの?怒られんじゃないの?」
金髪のセミロングの女性が言う
「謝らなきゃね〜!紗霧と杏璃、悪いんだ〜!」
茶髪のショートカットの少女がそういえば。
「そういうの良くないよ…!紗霧も杏璃も反省してるんだよ…!?」
紫の透ける黒髪のボブ、先程の少女と同じくらいの年齢の少女が言う。その後も会話が飛び交う。
「はいはい、皆解散。自室に戻りなさい」
佑夏が手を叩きながら言えば、騒がしかったBARは不満の声がいくつか聞こえたあとすぐに静かになった。
「…さて、まずはお仕事お疲れ様。桃華さんからもメールが来ていたよ」
スマホを見れば桃華さんからメッセージが来ていた。「お疲れ様〜」の文と一緒に何気に腹立つ絵文字が着いてきている。
特に何もしていないが体に疲れを感じる。
「後は書類記入と報告…か…」
ここで一つだけ引っかかることがあるのを思い出した。
「犯人は…一体どこに」
「それ、知る必要ある?」
俺の独り言に佑夏は先程とは違う重みを感じる声でそう言った。
「…いや、」
「常識外れしすぎて頭がまだ混乱すると思うけど、きっと慣れる日は来るから」
銀色の瞳と目が合う。
「今日の仕事で弱音吐いてんならこの後死ぬぞ」
結都の呟きに佑夏が睨みを聞かせ、紗霧がその場を宥める。雪白は杏璃に後ろから抱きしめられている形で向かいのソファに座り、コンビニで売ってるおにぎりを貪っていた。
「では改めて、葛の葉葬儀へようこそ。これから仲良くしていこうね?」
佑夏が俺に手を差し伸べる。
「…よろしく」
この物語は、葛の葉葬儀の活動記録である。俺はこの先彼女らの様々か常人離れした夢のような出来事を目にすることになるだろう。
…神さまどうか、なるべく俺を死なせないように守ってくださいお願いします。多分命がいくつあっても足りません。
葬儀課の扉から一人の男が出てくる。矢俣桃華だ。
「順調順調〜」
スマホの画面を見ながらそういうと、目の前から誰かがやってくるのが分かる。
「あれ、清蓮だ、お疲れ〜仕事は終わった?」
「…どうも、まさか初日で真神隊と行動を共にするなんて思って無かったですよ。藍羽は変な事ずっと呟いてるし…」
正体は清蓮だった、笑顔を見せるが、明らかに最初に会った時よりも黒髪の艶が無くなっている。相当酷い目にあったのだろう。
「藍羽って、もうタメかぁ一応先輩だよ?」
面白がる桃華を見つめる清蓮の目は全く笑っていない。
「桃華さんがコーヒー奢ってあげようか?それとも他に、桃華さんにお願いがあるのかな?」
下から覗き込むようにして桃華は清蓮に近づく。
「葬儀屋の本当の目的と、葬儀屋の当主について」
次の瞬間、清蓮の体が浮いた。気がつけば背中を打ち付けており唖然とする。
「三善清蓮、君の素性については全て知っているよ。なかなかすごい経歴だよね。こんなの初めてだよ、でもね」
桃華はずっと笑顔のままだ。
「いくらすご〜い清蓮くんでも、その質問はダメ、それとも」
死にたい?清蓮。
胸ぐらを掴みながら言う桃華の瞳は先程とは違い、獲物を狙うような目をしていた。
「…教えてもらわなくて結構です」
「うん、いい判断」
桃華は清蓮の手を引いて立ち上がらせると下手くそな鼻歌を歌いながら前を歩く。
「葬儀屋には…知っては行けない何かがある…のか…」
清蓮の声は桃華の鼻歌でかき消された。