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「一徳。それ、嘘だろ?」
看破された。いとも簡単に。正直なところ驚いた。ここまでいとも簡単に嘘だとバレるだなんて。予想だにしていなかった。
でも、よくよく考えれば当たり前のことだ。大木とは付き合いが長い分、それだけ俺の癖を熟知しているはずだ。嘘をつくことに関しても同じことが言えるだろう。俺が意識していないだけで、たぶん、嘘をつく度、どこかしらに癖か何かが出ていたに違いない。だからこそ、すぐさま嘘を見抜くことができたのだろう。
「いや、もしかしたら嘘ではないかもしれない。だけど一徳。お前、少なくともそこまで本気じゃないだろ? さすがに分かるって」
「……どうして本気じゃないって思うんだよ。理由を教えてくれよ」
「理由ねえ。別にないかな。ただ、一徳ってさ、昔からやりたいことを言うだけ言って、それから『出来ない理由』を作って周りを納得させるのが癖付いてるんだよ。今回もまさにそんな感じだったからさ。たぶん嘘なんだろうなって」
図星だった。図星すぎて何も言い返すことができない。口は上手い方だと思っていたけれど、もしかしたら、それは俺の思い上がりだったのかもしれない。
そして、大木はニヤニヤ顔に変わり、言葉を紡ぎ続けた。
「もしかしてさ、一徳。お前、本当は自分にそこまでの能力がないからってビビッてんじゃないの? それはダサいでしょー! あ、俺は一徳は能力のある人間だと思ってるよ? むしろ能力というよりも才能の塊だとも思ってる。でも、結局何も変わってないなあ。ビビリはビビリのままってわけか」
クソッ! こうやって上げて下げてをされると頭がごちゃついてくる。正確な思考ができなくなる。もっと端的に言うならば、冷静な思考や判断ができなくなる。他にも理由がある。それは、俺が短気だからに他ならない。こうも挑発的な発言をさせてしまうと、頭に血が上ってしまうんだ。
しかし、これはこの後、冷静になってから思ったこと。この大木の挑発は俺の思考をプラスのベクトルに向かわせるための気遣いだったのではないか、ということだ。
とはいえ、今続く会話はこんな感じだ。
「ビビッてなんかいねーよ。あのな、アメリカに勉強しにいくってことは、少なくとも一週間は日本から離れることになるわけだ。そうしたらその間、生徒さんのレッスンはどうする? 新たな依頼があったらどうする?」
「何言ってんだ。たった一週間だぞ? そんなこと、全く問題にならないだろ。それに指導を受ける側の生徒さんが、講師が海外まで勉強しに行くことを止めるだなんてまずあり得ないね。今以上に高いスキルを身に付けて帰ってきたら、それこそ生徒さんにとっては願ったり叶ったりだろ? 今まで以上に質の高いレッスンを受けることができるんだから」
その通りだ。まさに大木の言う通りだ。何も言い返すことができない。
そして大木はニヤニヤを通り越して、意地の悪い笑顔を浮かべた。
「さてさて、一徳。どうするの? 海外に勉強しに行きたいんでしょ? 行くんでしょ? だったらさ、行っちゃえよ。迷う必要なんかないはずだよ? それとも、今回も言い訳をして逃げちゃうのかな? だとしたら、やっぱりダサいねえ」
クソー、そこまで挑発するかよ。このミラーボールめ。だけど、実のところ、俺も『このままではいけない』と思っていたのも事実だ。確かな気持ちだ。逃げる? 馬鹿にするな。俺は有言実行のボイストレーナの平良一徳だ。舐めんじゃねえ。
「分かった。行く。行ってやるよ。海外に行って勉強して、戻ってきて、今以上のボイストレーナになってやるよ」
「ははっ! いいねいいね! それなら、まずはいつ行くか決めないとな。計画を立てないといけないからね。さあ、いつにする? 三ヶ月後か? 二カ月後か? はたまた一年後か?」
「二ヶ月後? 三ヶ月後? いやいや、それはないね。俺にかかれば一ヶ月もあれば余裕で行けるように準備できるって」
「い、一ヶ月後!? え? 一徳? マジで言ってるの!? 確かに一徳だったらできるかもしれない。でも、これから海外レッスンのアポを取ったり航空券やホテルの手配、その他諸々をこなさなきゃいけないんだよ? それを理解した上で言ってるんだよな? 本当に大丈夫なの?」
頭に血が上ってカッとなっていたとはいえ、一時の気分で重要な決断などするものではない。大丈夫かと問われるならば、大丈夫ではない。しかし、俺は言ってしまった。宣言してしまった。
「大丈夫だ。余裕と言っただろ」、と。
――こうして俺は、一ヶ月後には海外に歌と発声の勉強をしに行かなければならなくなってしまった。一つの問題を抱えたまま。
その問題とは、資金だ。今現在、俺の通帳には約五百円しか入っていない。あと、財布の中にある四万円。これが全財産だ。
金、全然足りねえーー!!