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大木と別れた後、俺は真っ直ぐに自室のアパートへと向かった。身から出た錆とはいえ、費用がどれだけかかるのか計算しなければならない。
行き先はアメリカ。ロサンゼルスだ。
「海外のボイストレナーといえば、やっぱりあの人だよな」
そう。会ってみたい、レッスンを受けてみたいと思うボイストレーナーを、実は以前からインターネット上で目星を付けていたのだ。その人が住んでいるのがロサンゼルス、というわけだ。
そのボイストレーナーの名前は『リチャード・キング』。ソバージュがかったロングヘアーが特徴的な、いかにも海外ロックボーカリストといった出で立ちであり、風貌の男だ。
俺はそのリチャード・キング――キングが動画サイトに投稿していた彼のレッスン動画を観て、目を釘付けにされた。まあ元々、キングはコチラの業界では『超』が付く程の有名人でもある。
パワフルながら心地よい響きを持つキングの歌声。それは一人のボイストレナーである俺が理想とする歌声に限りなく近いものだった。アメリカに勉強をしに行く機会があれば、その時は彼のレッスンを受けたいと思った。いや、それ以外の選択肢はないとまで思った。
ということで、俺は早速、キングのレッスン料金を調べることにした。日本人向けに作られたホームページに掲載された料金一覧に記載されていたのはこんな感じ。
『1時間 300$』
300$。とりあえずの概算だが、1$100円と考えても、一時間三万円もかかる。そして俺は夜中にも関わらず、大声でこう叫んだ。
『オーマイガッーー!! 」、と。
にしても、どうして英語なんかで叫んでんだよ俺は……。アメリカかぶれかよ。
まあいい。話を戻そう。つまり、一日一時間としても二日で六万。三日で九万円はかかる。一先ずレッスンは三日間としよう。というわけで、まあ九万円だ。
そんな金、俺にはねえよ!!
「宝くじ……当たれ。宝くじ、当たれーー!!」
そんな非現実的なことを独りごちりながら、つまりは現実逃避をしながら、俺は次に調べる。ロサンゼルス行きの航空券の料金だ。しかし、インターネット上で調べても、あまり理解ができなかった。細かいことは苦手なんだよ。だから航空会社に直接電話をしてみることに。
『お電話ありがとうございます、タムラがお受け致します』
スマートフォンの通話設定をスピーカーにしていたので、その男――タムラの声が、乾いた俺の部屋の中で響いた。丁寧で嫌味のない声ではあったが、客に対して好感を抱かせるように接客用の声を出しやがって、と感じたことは秘密だ。いやはや、面倒くさい性格だなと、我ながら思う。
「あ、もしもし。私、平良と申します。タムラ様、あの……ロサンゼルスに行きたいのですが、往復で幾らかかりますか? お目安といいましょうか、概算で構いませんので教えていただけないかなと」
『ロサンゼルスですね。はい、かしまりました。ちなみに、ご出発の予定日などをお伺いしてよろしいでしょうか?』
ご出発の予定日? んなもん知るか!! ついさっき決めたことだからそこまで決めてないっつーの! とは言わない。口に出さない。クレーマーだと思われるのも面倒だからだ。なので紳士的かつ常識人的に丁寧な口調で言葉を返した。
「予定日ですか。特に決めていません」
『は、はあ、そうですか……。ですが、出発する日によって金額がどうしても前後してしまいますもので……』
クッソ面倒くせ−! まあ向こうの事情も分かる。分かるからこそ、俺は最初に『お目安でも』と言ったのに。
「……タムラさん? 別に正確な金額でなくてもいいんです。お目安でいいんです。概算でいいんです。別に日によって十万やら二十万円やら差が出るわけでもないはずです。とりあえず! さっさと一ヶ月後ということで計算しやがれクソ野郎!!」
ヤベ、素が出てしまった。自分でも呆れる程、俺って短気だよなあ。しかし、それが功を奏したのか、タムラは少し焦りながら答えてくれた。
『わ、分かりました。それでしたら……そうですね、大体十二万円前後だとご認識くだされば問題ないかと』
……は? 十二万?
「あ、ありがとうございます。失礼な言い回しをしてしまい、申し訳ございませんでした。それでは失礼い致します」
そう言って、俺は終話ボタンを一方的に押した。
「マジかよ……」
十二万円か……。そんなにかかるのかよ。まあ、俺が無知なせいでもある。だから仕方がない。とはいえ、レッスン費用も合わせると既に二十万円以上はかかるということだ。
いや、それだけではないか。ではないか。 アメリカでの宿泊費もかかる。食事代もかかる。とりあえず、宿泊費に関しては、仮に一泊六千円としよう。で、六日間泊まったらと仮定して、まあ四万円弱か。
ということは――
「さ、三十万以上じゃねえか……」
今さらながら後悔した。大木に対して大見得を切ったことを。何故なら、俺の一ヶ月の総売り上げとほぼ同じ額だからだ。諸々の支払いもあるからそれ以下と考えるのが適当か。考えれば考える程に、今回のミッションは不可能なのではないかと、そう思えて仕方がない。
「内臓、売ろうかな」
当たり前だが嘘である。そんな気は毛頭ない。だが、それだけ追い詰められているということだ。このままだと、口だけ野郎のレッテルを張られてしまう。それだけは避けたい。となれば、なんとしてでも資金繰りの問題をクリアしなければならない。
「……とりあえず外に出よう」
つい先程、脱いだジャケットを再び羽織り、俺は繁華街へと向かった。目的地はBARである。求めるものは酒である。
飲まなきゃやってられねえ!!