〝『できた』〟
あの日から二十日三時間三十四分を過ぎた頃、宮下から来た連絡はいつもの電話ではなくメールだった。そのメールに『今行く』と手短にメールを打ち送信する。
セーフハウスからタクシーで宮下の自宅まで高速道路を使って移動してから約三十分、以前とは違い自宅に明かりは付いておらず、代わりに隣のガレージからシャッター横にある扉の窓から暖色の明かりが漏れていた。そのドアノブに手をかけ中へと入るとそこに彼女はおらず、入った瞬間ガソリンと錆びた鉄の匂いが鼻を通った。そして目の前にあるのは見違えるように綺麗に修復された愛車のRX-7があるだけ。
もう寝てしまっただろうか。そう思いながら近くの台に置いてあった愛車のキーを見つけ取りに向かうと車の背後から何かが顔を出した。それは皮手袋をはめた宮下の手の甲がベッタリとコンクリートの床に張り付き、周りには見慣れた黒光りした液体が広がっている。
ひゅっと、大量の酸素が喉を通った。なぜかドクドクと心臓がうるさい。最悪の状態が脳裏をよぎり、まるで心臓を握り潰されたような息苦しいこの感じ、また味わうことになるなんて思いもしなかった。
咄嗟に車の背後へと回るとそこには思っていた通りぐったりとその場で倒れ込む宮下がいた。さらに息が苦しくなるのが自分でも分かった。
焦るな、まずは確認しろ。現状の把握が先だ。
焦り始めている自分にそう言い聞かせながら宮下の手首をそっと持ち上げ皮手袋を外した。温かい。それに脈も正常だ。ならなぜ――そこで俺はハッとなった。
宮下のそばにあったのは開けっ放しのワックス缶と水の入ったペットボトルに倒れた小さなバケツと数枚の布の切れ端。おそらく、俺が血だと勘違いしていたのは倒れたバケツによって広がった小さな水溜まりだったようだ。蛍光灯の反射と床がコンクリートのせいで濡れた時普段のグレーよりも濃くなったのを咄嗟に脳が血液だと勘違いしてしまったらしい。
我ながら馬鹿なことをした。自分に呆れる。最近寝れてないからか?
髪をかき分けそんなことを思いながらもう一度彼女に目をやると、どうやら誤って水の入ったバケツを倒してしまったようだ。脈を図るために剥ぎ取った皮のグローブが気付けば中まで湿っている。
メールが届いた時間的をもう送った頃には修理は終わっていたのだろう。なるべく最短で渡せるようその間を有効活用し、最後にいつものように付いたホコリや汚れを綺麗に磨こうとして途中で力尽きたんだ。
まさか血を流して倒れていたと勘違いして慌てて駆け寄ったら、血液だと思っていたモノは実はただの水だったと宮下が知ったら、きっと一生ネタにされ弱みを握られるに違いない。そう考え込みながら身に着けていた宮下のもう片方の皮手袋を外すと傷まないよう近くにあったクリップに吊るした。
警察学校の頃もそうだった。常に五分前に行動し、締切の課題も二日前には出すようなやつだ。以前も一ヶ月かかると言い張る宮下に俺が『一週間』と言うとキレながら『一ヶ月! これは絶対譲れない!』と言って追い返えされたが結局一週間後に連絡が来た。その時はガレージと自宅の明かりは付いており、ガレージのシャッターも空いていたので勝手に持っていけといわんばかりの態度だった。
〝二ヶ月かかる修理を二十日間で終わらせる。〟
今回は自分でも無理を言っていたのは承知だった。ある意味、賭けでもあった。流石の彼女でもあの時は俺をまるで人ならざるものを見るかのような険しい顔と鋭い目で睨み付けていた。俺が決める前にすでに彼女の顔全体がやりたくないと本音が漏れている。
しかし以前よりも莫大に膨らんだスピード料金。三十万が最大料金と以前本人も言っていた。おそらくわざと俺に分かるように大金に設定したのだろう。『無理』と言わんばかりの分かりやすい彼女の意地悪な条件に俺は承諾した。正直金で解決するなら話は早い。
〝二十日間〟それだけは譲る訳にはいかなかったからだ。
同時にこれはお互いの心理戦でもあった。分かりやすい引っ掛け、無意味に積まれた莫大なお金、そして二十日間という今までにない程の無理なお願い。
詳細を聞かないのは彼女なりの配慮だろう。元は同期でもあくまで公安と一般人の関係。同じ道を歩んでいた彼女だからこそこの線引きの重要性は理解しているだろう。
承諾した瞬間、わずかにだが宮下の顔つきが変わった。それもそうだ、金額も金額だ。それに、最終的に俺の賭けは当たった。証拠に今もこうして目の前に無傷のRX-7がある。
ただ二十三時を過ぎ日にちをまたいだ頃はさすがの俺でも焦った。まさかがアイツが完成予定日を過ぎるなんて、あの宮下が期限を過ぎるなんて前代未聞だ。裏を返せばそれほど大変だったんだろう、今もこうやって吹っ切れて寝てはいるが、寝ていると言うよりかはもぬけの殻と言った方が正しいだろう。なんせあの壊れ方は過去一俺も焦るほどだった。時間は少々オーバーだが許容範囲だ。
この二十日間ある事件を追う為愛車の代わりに警視庁の所有する車で犯人を追跡し、風見と交代で最後の取手である場所を見張っていたがビンゴだった。
追っている事件の時効まで残り二十時間。犯人はすでに特定済みで今でも部下である風見が尾行している。時間は十分だ。
地べたに寝転がっている宮下を横抱きにして、助手席へ座らせると頬り投げられていた腰道具のポケットを探りシャッターのリモコンを手に取ると〝open〟のボタンを押し自分のポケットへと入れる。
座ったまま助手席で起きる気配のない宮下の背もたれを限界まで下げ寝そべらせると自身の羽織っていたジャケットをかけ助手席のドアを閉める。作業台に置いてある愛車のキーを今度こそ手に取ると運転席に乗り込み車のシートとルームミラーを少しだけずらすとエンジンをかけた。ハンドルの感触、座り心地、二十日間乗らなかっただけでもなんだかこの感覚が懐かしく感じた。
スマホを開き風見の位置情報を確認し終えると俺はすぐにアクセルを踏み込み発進した。
【02】「公安警察」×「整備士」
警察学校にいた頃、入学して数ヶ月後宮下は来なくなった。自己紹介で高校を卒業後すぐここへ来たと彼女は言っていた。第一印象は、真面目で大人しい奴だった。特別すごい成績というわけでも、悪い印象もない。ただただ普通の人間。教官曰く『身内で不幸があった』と言っており休暇を取っていると言っていた。
その宮下が休暇を取っている時期に、お手洗いへ行こうと授業を抜け出し廊下を歩いていた時偶然すれ違ったことがある。まぁ、向こうは気づいていない様子だった。というよりかは、気に止める余裕がなかったと言った方が正しい。
一目見ただけでも分かるほど酷く落ち込んでいた。その落ち込み具合からしておそらく両親を亡くしたんだろう。すれ違うと同時に俺は宮下を横目で追った。
ああ、あれはもうダメなやつだ。
ありとあらゆること全てに負の感情しか湧かなくなっている。
夢と期待に胸を膨らませ入学して数か月後にあんな知らせを受ければ、誰でもショックを受けるだろう。しかし、宮下と廊下ですれ違った次の日、彼女は何事もなく復帰していた。
廊下ですれ違った時とはまるで別人のようにオーラも表情も、何もかも入学当初と変わらない宮下だった。復帰した宮下に皆がそれぞれに声をかけ励まし、休んでいた分のノートや授業の内容を教える姿を見ていると改めて皆警察官へなるに相応しい人間だと実感した。
ただ、あまりにも宮下が周りに相談したり、顔にも出さないものだから、もしかすると心の隅に消えることも小さくなることもない、行き場の無い感情を強引に押し殺しているのではないかと、そう思ってしまった。
学校で孤立している訳でもない。友達もいるし教官とも仲がいい。一見おとなしそうな見た目でも、社交性は高くコミュニケーション能力はある。集団行動の時もマイナスの言葉は絶対口にせず、常に周りを心配して声をかけるような人だ。
確かに宮下は弱い人間ではない、だからこそ心配になった。
誰にも言えずに、心配をかけてはいけないと、気を遣わせてはいけないと、ひとり孤独でいるのではないかと。
「なにかあれば相談してくれ、抱え込むのは一番身体に悪いからな」
「…ありがとう降谷くん」
そう声をかければ、宮下はいつものように俺に笑いかけた。そう、いつものように。
あの日から、宮下は休んでいた分の単位と成績を取得し以前にも増して、まるで何かストッパーが外れたかのように這い上がってきた。そしてついには学内成績二位だった班長を抜いて来た。入学当初からキープしていた首席も気を抜けば一瞬で奪い取られてしまうほどに。
宮下をそこまで動かしているのは一体何なのか、そんなこときっと彼女の口から聞けることなんて永遠に来ないに違いない。
そしてある時、授業で組手の練習があった。武器を持って迫ってきた犯人にどう対処するか、成績順で組まれた俺のペアはもちろん背後をずっとキープしている宮下だった。日本人特有の小柄な体格に細い手足と首、背負い投げをしたときのあの軽さ、正直ポッキリ折れてしまいそうである意味少し怖かったがあくまで目指しているのは国を守る警察官。もちろん受け身も組み付きも何事なくこなしていった。
受けた感じからして腕力はまあまああるようだが握力はたいしてない気がした。しかし大抵のことは力でどうにかなる男性と違って、宮下はそれを最大限で発揮でき、欠点をカバーできる程の技術があった。
授業の最後に俺達は皆の前で実際に勝敗をかけた実演をさせられた。
ジャンケンで勝った俺が警官役で負けた宮下は犯人役でハンデとしてゴムナイフを持っている。俺がゴムナイフに当たったり地面に背を付けば負け、宮下は背を付けば負けのいたって簡単なルール。
そして教官の合図と共に実演は始まった。
ジリジリと迫る切り詰めた空気。周りの皆も静かにその実演を見守っている。
宮下は俺から本気で俺から勝ちを奪いに来る。一ミリも俺から逸らされることない視線がそう語っていた。そして先に先手を打ったのは宮下だった。左手に持っていたゴムナイフを思いっきり顔の目の前に突き出してきた。それもかなり躊躇なく。
人間の生まれ持った反射神経を消す方法は二つ、死への恐怖をなくすか、死ぬほど訓練するほかない。俺はその目の前に突き出された衝撃で一瞬目を細めた、だがそれと同時に顔を横へ避けるとその伸びた宮下の腕に組み付こうと腕を掴むと、掴んだ宮下の腕が手の内でクルッと半回転しながらかなりの力で掴んでたにもかかわらず振り払われてしまう。
そんな方法、一体どこで習ったんだ。授業では習ってないぞ。勝敗がかかっていることもあってか思わず舌打ちをしてしまう。
宮下にとっては、女性であることがすべて武器なのだ。それを俺は身を持って体感した。だが俺も男としてのプライドってものがある。女性に負けたらたまったもんじゃない。一旦実を引こうとするが宮下は続けて持っていたゴムナイフを口でくわえ今度は両手で組み付いてきた。
そうだ、ナイフを持っているからと言ってナイフを使ってくるとは限らない。ナイフを持っているから片腕しか使えないという固定概念に惑わされていた。ルールはナイフに触れてはいけないこと背を付けてはいけないことしか言われていない。これは俺の決定的な油断だ。
先ほどの組手の練習よりも強く組み付かれていることが体感でも分かった。このままだとてこの原理で思いっきり投げ飛ばされる。少しでも相手を有利にな立場に立たせてはいけないと瞬時に空いていた腕を割り入れ阻止する。
口にくわえたナイフを意図的に落とすかもしれない。また子供だましを仕掛けてくるかもしれない。考えるのは常に可能性と最悪の状況からの回避。一瞬でも気を抜いたら突かれる。
掴まれた宮下の腕の上から俺は掴みかかり仕掛けに出た。宮下は握力がない。さっきの練習ですでに把握済みだ。
腕力さえ奪ってしまえば、たとえ武器や技術があっても、最終的に必ず生まれるのが力の差だ。この世界の成り立ちと同じ、力は権力だ。善にもできるし悪にもできる。
つまり、最初から単純に真っ向勝負に持っていけばよかったんだ。宮下にはつらい現実を突きつけるかもしれないが、割り当てられた役も役だ、彼女にはヒールになってもらう。
宮下に組み付かれた腕を振り払い俺が背後に回ろうとすれば宮下が急な間合いに警戒しだす、それを待ってたんだ。目的は宮下の背後ではなく腕。最短距離、ちょうど彼女の身体が背を守ろうと俺の立ち回りに合わせる一瞬、わずかに横向きになるその瞬間。
俺が咄嗟に手を伸ばしたのは宮下の腕の関節。一瞬振り払おうとするが手首のように半回転は肘ではできない。しかし負けじと宮下が俺の襟元を掴んだ。
片手の背負い投げなんてできっこない。まんまと宮下が俺の仕掛けた真っ向勝負に引っかかったのだ。グッと引かれるが少し体が軽くなる程度、足先もついたまま。
しかしこの時、俺は気づいてしまった。足元のすぐ後ろに仕掛けようとする宮下の足があることを。
人間の視界は縦に広くない、そして無意識のうちに目に映った情報を処理する。左手に持ったナイフ、空いた片手、咥えられたナイフ、空いた両手、変化する状況に気を取られ無意識のうちに空いていく穴に気づけなかった。地に足を付いていたらまだしも、今全体重が支えられていない時に足技を仕掛けられたらバランスを崩した所で背負い投げで一本取られる。
俺は咄嗟に手を放し距離を取ると。まるで待っていたかのように仕掛けて来たのはゴムナイフの投擲。観戦してた同期達が騒めき出した。投げるなんてありなのかよ。
おぼついた足元で避けるとついには腕を両手で取られ足をかけられた。
まずい、負ける。
初めてそう思った。
両手で思いっきり引っ張られる感触にグッと目を閉じたその刹那、力まれていた腕が解放されその場にドタンと音が響き渡った。周りの皆が騒めき出し、気づいたころには地面に肘をつき手の平を付いているのは宮下の方だった。
一体何が起こったのか、それは宮下も同じ様子だった。手を差し出せば宮下は黙って俺の手を取り目を白黒させながら俺を下から見上げた。しかし立ち上がり何かに気づいたかのように手の平を数秒見つめた彼女を見てすぐに分かった。
そう言えば、宮下は汗ひとつかいていない。
「もしかして、滑ったのか?」
「…」
汗だ。汗で滑って力と勢いに任せ自分が転けたんだ。
そういえばつい最近、宮下が松田と話していた。手汗だけなぜか汗をかかずよくスマホを落とすことがあると。
思い返せば実演に入ってから服で手を時々拭っていた。俺はそんなに汗かきだったか?、と疑問に思うが、この夏の猛暑でこの人口密度じゃ汗なんて体の構造上かかないほうがおかしいだろう。おそらく他にも理由は多々あるが勝ったはずなのになぜか嬉しくはなかった。
最後には観戦していた同期達は歓声を上げて実演は終わり授業が終了した。皆この事実を知らずに、結局実演の勝敗で勝ったのは俺だった。その後、実演で授業が押してしまい代弁をする暇もなく更衣室で着替え次の授業の準備を始めるが、教室で松田達がどんな技を使ったのか迫って来た時も彼女は見て見ぬふりだった。俺がもし逆の立場だったらまず松田を一発ぶん殴ると思う。
そして今日の授業が終わり松田達と別れた後、俺は教官にそれを伝えようと階段を下ると、俺の行動を予測していたのか踊り場の端には宮下はいた。
「いい」
発せられたたった二文字に俺は疑問を抱いた。
「あれは君が勝っていた」
「運も勝負のうち、ジャンケンと同じよ。それに成績には関係ない」
それだけ言って宮下は帰って行ってしまった。そして次の日、なぜか今度は宮下が松田達に質問攻めに合っていた。
「宮下ちゃん! 降谷との対戦凄かったよ~! さすがツートップだね!」
「ありがとう萩原くん」
「お前、もしかして実は正体隠して学校に忍び込んでる現役の警察官じゃないだろうな…?」
「伊達くん、……メガネ壊れてるんじゃない?」
「かけてねーよ!!!」
ブヒャッ、と松田とヒロと萩が同時に吹き出しては笑い出す。あの時からなぜか松田達は以前よりも宮下へ絡むようになった。
ある時は、『今度は剣道で勝負してみろよ! アイツバカ強いぞ!』と話す松田に『松田くんがすればいいんじゃない?』なんてウザ絡みしていたし。この前は『今度のプレゼントやっぱりこっちの方がいいと思うか?』と問いかける班長に『伊達くんが似合うと思う色いいんじゃない?』と彼女のことで相談事をしていたし。
「宮下ちゃん! 宮下ちゃんって高校どこ出身? 彼氏とかいたりしたの?」
「帝丹高校だよ。そういう萩原くんは?」
「あ〜、気になっちゃう?」
「いや、会話のキャッチボールの基本だから」
「お前ら、仮にも女の子なんだから男みたいなノリ使うなよ。ごめんね宮下さん、デリカシーなくて」
「ううん、大丈夫、気にしてないよ。諸伏くんも気遣ってくれてありがとう。」
今は教室の端で俺を置いてそんな会話が繰り広げられている。相変わらず愛嬌がないようであるような変な奴だった。
そして宮下があの有名な江戸時代から伝わる宮下整備施設の四十五代目当主、宮下修造の娘だと知ったのは偶然ヒロとの会話で発覚した。
「ゼロも乗りたくなっちゃった? 同じゼロだし」
「べ、別に…あんな派手な車、趣味じゃないよ」
「趣味なんだ〜」
「……だったら、もしもの時に対応できる整備店をあらかじめ調べておいた方がいいよ。外車は特に買った時に日本国内に取り扱ってくれる場所が近くになかったらそれこそ大変なことになる」
「へぇ、宮下さん車に詳しいんだね」
「あ、いや………親が整備士だからある程度は」
「そうなんだ、初めて聞いたよ」
「まぁ、誰にも聞かれてないし…」
「宮下で整備士って、もしかして昔人力車だったとこ?」
「うん。良く知ってるね」
「高校の時教科書に載ってたから覚えてるよ。松田が知ったら質問攻めされそうだから気をつけてね」
その言葉を聞き分かりやすく顔を顰めて拒絶する宮下をヒロは小さく笑った。
俺を置いて静かながらも弾む宮下とヒロの会話に俺は微かに苛立ちを覚えていた。
いつの間にか彼女に目に見えない壁を感じていた。
たとえ勝負に勝っても、成績が上でも、宮下にはなぜか勝てない気がした。ずっと疑問に思っていた。はたから見れば一目瞭然の愛想のない返事だが自然と続く会話も、そこから広がる話題も無理がない。表上で彼女を超えることが出来ても、俺が彼女を超えることはない。そう思った。
そして卒業の日、六ヶ月の警察学校を終えた俺達と違って高卒で入って来た宮下達が卒業するのはまだ四ヶ月先になる。その為卒業式には宮下も含めて数人がいなかった。
月日が流れて四ヶ月後、忘れた頃に宮下の話題を再び吹っ掛けてきたのはヒロだった。
「今日、やっと同期の皆卒業するね」
「そういえばそうだな」
「ゼロは宮下さんの話聞いたか? 卒業したけど諸事情で警察官やめて実家帰ったらしいよ」
『はァ…ッ?!』と、思わず声を荒げそうになった。
首席にはならなかったものの、あんなに、あんなに俺の後ろに張り付いていたのに警察官にならないなんて。そんなことあるのか。だったらなんのためにあいつは首席を目指してたんだ。何が目的でそんなに――。初めて宮下に直接問いただしたくなった。
それにあの成績を修めておいて警察官にならないなんて。あの逸材を逃すなんて馬鹿げてる。たとえどんな理由でも俺が教官だったり上司だったら強引にでも説得して引っ張り出すというのに。
だがあの時、宮下が今でも警察官を続けていれば皮肉にも俺は今このRXー7には乗れていないだろう。
そして警察学校を卒業してから約四年の月日が流れた時、俺は途方に暮れていた。
「ええ、そうですか、分かりました。他をあたってみます。はい、ありがとうございます」
何回言っただろうこのセリフ、この電話の繰り返し。手元のスマートフォンでもう一度検索をかける。〝スポーツカー〟〝修理〟〝ボロボロ〟もうある程度名の知れた整備店はもちろん、個人経営の小さなところまで巡ったが皆口を揃えて『治せない。うちでは廃車扱いだ』と言われ廃車の手続きを勧めてくる。冗談じゃない。
その時ふと、そう言えばそんなやつがいたなと。宮下のことを思い出した。昔宮下とヒロが話していた会話を頼りにスマートフォンで〝宮下〟〝人力車〟と検索をかける。
トップに出てきたのは検索エンジンに関連した広告や関係ない記事ばかり。スクロールを続けて目を止めたのは一つのニュース記事。
〝お手柄! 開かずの金庫を整備士が解除 館長が激励〟
画像にはやけに見覚えのある横顔の人物な気がした。タップして確認するも名前などは一切書かれていなかった。白髪の老人がウィンドブレーカーを来た女性を讃えているたった一枚の画像。これは絶対宮下だ。なぜか確信が付いていた。
そして記事に乗っている博物館へを通じて手に入れた宮下の連絡先。俺は電話番号を入力し〝発信〟と記載されたボタンをゆっくりと押した。
ツッツッツ、プルルルッ――
ワンコールでその音は途絶え、代わりに聞こえて来たのは愛想のいい快活な女性の声だった。
「はい、宮下です」
その言葉を聞いた途端、今まで切り詰めた苛立ちや焦りがスッと抜けた気がした。
「車の、修理をお願いしたいのですか。ただかなり酷くて…」
「状態はどんな感じですか?」
「他店では部品が破損して何とかと言われて、修理できないと…」
「なるほど、廃盤とかですか?」
「いえ、詳しいことは…外見だけで言うと左側をガードレールで思いっきり、サイドミラーが片方丸ごと取れてしまって、一応取れたサイドミラーはあります。あとボディがかなりボコボコで」
「分かりました。ある程度時間を頂ければ治せるかもしれません。ちなみに車種は?」
「マツダのRX-7です」
「分かりました。後程住所を転送致しますのでくれぐれも第三者には配布しないようにしてください。ご予約を取りますのでお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「降谷です」
そう答えると、少しだけ間が空いた気がした。
「ふるや、様ですか?」
「ええ」
「ありがとうございます。では当日お待ちしておりますね。失礼します」
そして翌日、送られてきた住所へキャリアカーを自身で運転し向かわせるとちょうど立派な洋館が見えた後、その扉から手袋をはめながら一人の女性がやって来る。
宮下だ。あの頃から全く変わっていない。
宮下の誘導に従い車を停車しキャリアカーから降りると目の前に彼女がいた。
「やっぱり、降谷くんだったのね」
昨日の快活な愛想のある声とは裏腹にいつもどうりの愛想のない声色の宮下がそこにはいた。
「久しぶりだな」
「そんなことはどうでもいい。何、この車」
「俺の愛車、マツダのRX-7だ」
「私には廃車寸前のただの白い車にしか見えないけど」
これが全ての始まりだった。
××××
「ああ、そうか。分かった。あとは頼んだぞ風見」
警視庁の地下駐車場、時刻は十二時四十一分。すべての手続きが終わったと風見から連絡があった。時効寸前の未解決事件は追跡していた男と現場に残されていた頭髪で二度目DNA検査を行い結果が一致し犯人は無事に逮捕された。
スマホの電源を切りスマートキーで愛車のロックを解除し先に助手席のドアを開ける。別の車に移動させ寝かせておいた宮下を抱え彼女を自宅へ再び送る為また乗せ直す。相変わらず宮下は覚める気配はなく助手席で無防備に寝息を立てている。助手席の扉を閉めて運転席へ乗り込むとキーを差し込みエンジンをかける。その音のはずみで彼女に目を移せばその瞼がゆっくりと開いた。
「おはよう、よく眠れたか?」
ゆっくりと身を起こす宮下は状況をまだ把握できずに困惑した状態で口走る。
「ど…、どこここ」
「警視庁の地下駐車場だ、もう出る」
「はぁ?! なんで私を連れてきたの⁉ しかもなんか服の袖湿ってるし…」
「お前が悪いんだろう。深夜に無防備に鍵もかけず地べたで寝てる女性を警察の俺が放っておくとでも?」
「私があんなハードスケジュールになったのはあなたのその強引な注文のせいですけど?」
「それに、自宅の明かりは着いていなかったから鍵がかかっているんだろう。生憎そこまで君を送る時間を考えたらこっちの方が早いと思ってな」
「…………確かに途中で力尽きたことは悪いけど、けどね服だって着替えてなくて作業服のままだし、せっかく綺麗にしたばかりなのにまた内装を汚したりなんてしたら…」
「そこの下にウェットティッシュがある。服はそのジャケットでも来てろ」
「…………早く、家に戻ってくれる?」
「言われなくてもそのつもりだったよ」
そういうと宮下は大人しく手渡したグレーのジャケットに手を通すと倒されたままになっていた背もたれを引き上げた。車を発進させるとすぐに高速道路へ乗り込み宮下の自宅である西多摩市方面へと車を走らせる。
「最近、仕事どうですか」
しばらくすると宮下が不意に口を開く。
「まあまあだな」
「まあまあって…なにがまあまあなんですか…」
「宮下が二十日間で修理を終わらせてくれたおかげで時効間際の犯人を逮捕できた」
「私は車を治しただけ」
「ありがとう、助かった」
「………いや、降谷くんの運が良かったんだよ。新しく交換しなきゃいけない部品があったけど、製造元がもう生産を終了してるって言われて、だから私は元あったパーツを組み合わせて、見本と比べながらない部品は一から作った。……もしあったら、私は降谷くんの約束のを放り出してでも届くまで一ヶ月待つ方を選んでた。そう簡単に壊れることはないけどあくまで今の部品は一時的なものだから、多分ぶつかっただけで粉々になるよ」
「…気をつけるよ」
それ以外、移動中に会話という会話はない。しいて言うのであれば『何か飲み物でも買うか』と聞くと首を横に振っただけ。俺は車を運転し彼女はただ窓の外から見えるの夜景をじっと見つめていた。
ただ、その夜景を映す瞳が、どこかあの時と同じ、虚ろに浸っている。そんな気がした。
「適当に、回るか? 景色のいい所………首都高とか」
先ほどと同じように横目で視線を送ると窓の外を見つめながら宮下は小さく頷いた。ルートを変更しまた逆方向へと車を走らせる。見慣れた東都タワーにベルツリー、高層ビルに観覧車。今、この夜景が彼女に何を思わせているのか。すると首都高速を二周した頃、宮下が口を開いた。
「この後、時間ある?」
それに俺は短く返事をする。
「これ、洗えるやつだよね。洗って返すから。またいつ戻ってくるかも分からないし、というか来て欲しくはないけど」
「分かった、外で待つよ」
そう言って近くのインターチェンジから降り、再び西多摩市方面へアクセルを踏んだ。
四十分後、宮下の自宅の敷地に着くと一目散に家の中へと駆けこんで行った。それから庭に車を止め車内時間を潰してから約五十分、二階中央の部屋の明かりがパッとつく。アールヌーボー様式を意識させるような装飾が施された半サークル状のベランダのフェンスが部屋からの逆光でより一層独特なシルエットを映し出していた。そこからうっすらと人影が見えるとレースカーテンがバッと勢い良く開き窓ガラスがスライドする。出てきたのは黒のTシャツにワイドパンツとラフな格好でグレーのジャケットを片手に持った宮下。風呂から上がってまだ髪を乾かしていないのかいつもよりもしっとりと湿っている。それに気づいて俺も車から降りるとベランダから宮下がジャケットを投げ飛ばす。ちょうど下にいた俺はそれを器用に受け取った。それと同時にバサッと、芝生に落ちたのはやけに厚い茶色の封筒。
「返す」
「いらない」
「前と同じ三十万は引いたから」
「もうお前の口座に入れたんだ、お前の金だ」
「そんな見合わないお金受け取れない」
「俺がそれ同等の価値があると思って払っている。て言ってどうせ返しても受け取るわけないからな、勝手に口座に入れるぞ」
俺は芝生に落ちた厚い茶封筒の前で屈み手に取ると意地でも受け取らないと言う宮下に問答無用にそう言い放つとまだ乾燥機のせいで温かいジャケットを広げそのポケットへと突っ込んだ。
「なぁ」
真っ暗な庭を小さなランタンが朧げに照らしている。
前かがみのままの体制で呟いた声は、電車のジョイント音も、ほかの車のエンジン音も聞こえてこないその場に静かに響いた。
「お前は、ずっとここにいるつもりなのか?」
そう聞けば上から声が降ってくる。「………そうね」と、小さく。
「寂しくないのか、あんな広い部屋でひとり」
「………ひとりじゃないよ」
俺は立ち上がるとベランダのフェンスに頬杖を付く宮下を下から見上げた。
「女って言われて思い浮かべる仕事って、飲食店とかOLとか受付事務とかそんな小綺麗なモノばかりだけど。私の今の仕事はすごい汚れるし、オイル臭いし、手ベトベトだし……でも、私が頑張るくらいで救えるなにかがあるなら私はそれでいいと思ってる。でもたまに、なぜか空港とか呼ばれるし博物館とか美術館呼ばれるし、私一応車専門なんだけどな〜とか思いながらやってるけど。こう見えて意外と私、結構頼られてるんだよ」
「君の成績から見たら絶対に君は警察官になるべきだった」
するとなぜか宮下はこちらに小さく微笑み返し言う。
「降谷くん、教えてあげようか。五年前の話」
その言葉に俺は息を飲んだ。まさか、宮下の口から聞ける日が来るなんて思いもしなかった。その内容は、彼女のその今にでも優しい言葉をふかっければ崩れてしまいそうな薄く幕を帯びた瞳が物語っている。そしてゆっくりと彼女の口が動いた。
「私のお父さんとお母さんはね、殺されたの」
嗚呼、だからなのか。
ただの同期と言うだけで結局は赤の他人でもある宮下の告白にこの時、俺は初めて彼女という人物を認知し理解した気がした。
「事故じゃ、なかったのか?」
「事故として処理された。でもあれは事故じゃなかった。私が警察学校の生徒っていう理由で特別に現場写真や証拠品を見せてもらったの、あれは私だからわかる。あれは、事故よ。殺されたのよ。……まだ、まだ仕組みはイマイチ分からないけど、一つだけ妙な部品の欠片があった。父の愛車である外車のコルベットに使われているはずがない、メイドインジャパンと刻まれた痕跡のある本当に小さな部品の欠片。もちろん必死で伝えた。でも証拠はたったそれだけで他に手がかりなんてなんにもない。結局事故死で処理された」
「だったら尚更、真相を掴むためにも警察官になる必要があるだろう」
「普通ならそう思うでしょ? 降谷くんにもわかりやすく言い方を変えると、……あの、宮下修造の車に細工がしてあったとしたら?」
「同業者か」
「そう。にわかには信じ難いことだけど父の人脈なら可能性はかなり高い。まあそれ以外に可能性だってなくはないけど、もし近づくなら警察官よりも同じ同業者の方が近づきやすいでしょう? それに、犯人はわざわざ結婚記念日の旅行の日付を知っていた。おそらく父と親しかった身内にいる。その帰りを狙ったのは長時間の走行や旅行終わりの疲労や浮かれのような無意識に放つ人間の心理状態を少しでも事故としての可能性を上げたかったから。そして、もし個人的に恨みを持っているならばわざわざ細工をせずに身内なら車への部品よりも直接細工をして二人っきりの時に殺れば早いはず」
「それはつまり、犯人は二人とも殺すつもりだった」
「しかも、元々結婚記念旅行はお母さんのスケジュール管理のミスで一日ズレていたの。そしてそのおかげで、私は今ここにいる」
それを聞いた途端、背筋か震えた。
「犯人は〝私も〟殺すはずだったってこと」
「じゃあ、もしまだ犯人がお前を狙っていたらどうするんだ」
あの時から約五年、何もなかったのは偶然なのか。本当に、本当に偶然なのか。俺は眉を顰めて問いかけた。
「私からしたら好都合、犯人をあぶり出せるもの」
宮下は頬杖をやめて今度はフェンスを両手で掴みグンッと呑気に腕を伸ばしながらそう言った。
「な――だったら尚更もっと警戒するべきだ。押し付けられたプレゼントも手土産も、毒や爆発物が入ってたらどうするんだ。あの男だってもしかしたら……、それに、死んだら全部終わってしまうんだぞ‼ お前なら良く分かってるはずだろ――」
何を馬鹿なことを言っている、そう言いかけて一度は抑えたが、無意識にあいつらがチラついて最後には我慢できず声を荒げるが途端「アンタも人のこと言えないくせに~?」と反発され押し戻されてしまう。
「………そうね、でもね降谷くん。私はもう身内はいないの、だからこそ自暴自棄になれるんだよね。でも、この仕事してると私は死ぬわけにはいかないって分からされるの。海外にはいつも良心的に協力してくれる知人がいるし。私しかいないって頼ってくれている人もいる。私じゃないとだめだって。なんなら私に好意を抱いている人だって。………嬉しいよ、私は常に誰かに頼られてる。一人なわけないじゃない」
ふっと小さく笑うと宮下は建築物が一切ない空一面に広がる夜空を仰いぐ。
「ひとりじゃないよ。ひとりじゃない、はずなのに。そう言いたいんだけどさ」
どんどんと、彼女の声が、小さく、震えている。
「ひとり、なんだよね――」
ベランダのフェンスを握りしめ俯いて震える宮下。逆光で表情は見えないが見えず、どんな顔をしているのかさえ分からない。
強がってはにかんでいるのか、それとも悲しくて泣いてるのか。この世すらも俺に見せてはくれない。
「もし私が死んだとき、一体私のために何人が涙を流すか」
そうだ、俺にだって仲間がいる。頼られている。部下もいる。それなのにふとした時に、自分はひとりだと、松田達はもうこの世にすらいないんだと思い馳せる時がある。同情してしまった、まるで自分の心の弱く脆いところをえぐり出されたような不思議な気分だった。
「もし、犯人さえ捕まえることが出来れば、私はどんな終わりだって構わない。そんなことすら私は思ってる」
宮下が言うその言葉に俺はどこか虚無感すらも感じた。
「…宮下」
「何よ」
「覚えてるか、松田達のこと」
「当たり前でしょ。あぁ、そう言えば皆は元気?」
鼻をすすってから宮下が言う。さっきの震えた声とは違い強気な声にベランダから俺を見下す姿はまるで警察学校の頃に戻ったようだった。
「ああ、元気にしてたさ」
大きく風が吹いた気がした。顔が見たい。悲しんでいる顔が見たいとかそんなことではなく、ただ単に今これを聞いて、宮下は何を思ったのか。でもやっぱり夜はそれを許してはくれいなかった。
「ひとりなのは、もしかしたら宮下だけじゃないかもしれないな。あいつらは、俺が唯一、〝降谷零〟でいられる奴らだった。もう俺を降谷と呼んでくれる奴は限りなく少ない」
俺は逆光で模られた宮下のシルエットを見つめながら言う。
今、俺は誰だ。バーボンか、それとも安室透か。暗くても、俺には見える。もう目の前に答えがある。
そうだ、警察学校で過去一の異才だと言われた俺の後を僅差でキープし、唯一超えることが出来ないと思った相手。俺だったら、俺だったら――。
「なぁ、 」
この時、初めて俺は宮下の名前を呼んだ。
「公安に入らないか?」
おそらくその目はまだ潤み、眉はまるで「急に何を言い出すのか」と言いたげな困り眉になっているに違いない。
「公安? いくら警察学校でいい成績でもあんなエリートのとこにノンキャリアの私が入れて下さいって言っても叩き返されるわよ」
ああ、そうだったな。彼女にはまだ言っていなかったな。そう思い俺はフッと笑う。そうだ。もうあれから五年も経ってるんだった。
「…言い方を間違えた。俺と一緒に仕事をしないか宮下。戻ってこい、こっちへ」
「まって、あんたもしかして…………公安なの?」
わずかな雲で隠れていた月明りが辺りを照らし始めた。わなわなと半開きの口から消入りそうな声でそう俺に問いかけてる宮下が見え始めた。初めて聞く宮下情けない声に思わず俺は吹き出しそうになるが、きっと今ここで吹き出したらきっと宮下は公安には入ってくれないだろう。
「ああ、警察庁警備局警備企画化〝ゼロ〟」
目を見開くとすぐに彼女はふっと口元に笑みを浮かべる。
「………じゃあ。それは、命令、だね?」
これほど物分かりが早くて助かると思ったことはない。俺は宮下と同じく笑みを浮かべた。
「いいよ、入ってあげる。………ゼロ、一緒に命かけてあげる。この国にね」
宮下はそう言うと、フェンスを跨いでフェンスの付け根に手をかけるとそのままベランダから飛び降りた。
あの時の運動神経はまだ訛っていないようだ。
「ただし、整備士はやめない。私がいなくなったら困る人たちがいるし、ね?」
あからさまに俺を見ながら言うと肘で脇腹をつついて来るので「ああ、そうだな」と言ってその肘を押し返すが目は合わせていない。きっと馬鹿にされているに違いないが言い返す言葉もない。
「仕事に支障はきたさないから安心して。本業は公安、副業で整備士。今後を配慮して紹介以外の新規の依頼は受け付けない。OK?」
「OK」
「じゃあ、ちゃんと、丁寧に、守ってよね?」
宮下はRX-7のボンネットをポンと叩いた。
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