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◆ 13話 おしゃれ眼鏡のように
朝の大学構内。
薄灰ジャケットに緑Tシャツの 三森りく(24) は、
水色寄りフレームのMINAMO“ミナ坊”を
指先で軽く押し上げながら歩いていた。
耳には、
髪の影に隠れるように UMI AirWay が自然に掛かっている。
つけているというより、
“そこにあるのが普通”という感覚だった。
ぱっと視界が澄み渡る。
掲示板の細い文字、
建物の影のグラデーション、
遠くの木の葉の粒の揺れまで──
すべてが 16K補完 でくっきり見える。
ミナ坊が静かに文字を浮かべる。
『現在、補完視力1.50です。
りくの自然視界との差分を最適化しました。』
りくは苦笑する。
「裸眼だと0.4なのに……
これが普通って感覚になってきたな。」
歩調に合わせて、
AirWayから小さく音楽が流れている。
低めの音量。
周囲の足音や風の音を消さない程度。
音楽は耳の奥で鳴るのではなく、
頭の内側にふわっと重なる ように聞こえていた。
周囲を見渡せば、
学生たちの多くが水色・緑・黄緑のMINAMOをつけている。
見た目はおしゃれな眼鏡そのものだが、
普通のメガネより細く、軽く、
日々のコーデの中に自然に溶け込んでいた。
*********************
そこへ、
黄緑トップスに灰スカートの 杉野いまり(20) が
手を振りながら駆け寄ってきた。
淡い緑フレームのMINAMOは
髪に馴染んでアクセサリーのよう。
耳元には、りくと同じように
AirWayが目立たない形で掛かっている。
「おはよ、りくくん!」
「おはよ。今日も似合ってる。」
「ありがと。
なんかこれ外すと落ち着かないんだよね……
視力1.5で見えるのに慣れちゃってさ。」
いまりは歩きながら、
音楽を一瞬だけ切り替える。
外の音はそのまま、
曲だけがすっと変わった。
「音楽もさ、
周りの音と混ざるのがちょうどいいんだよね。」
いまりは裸眼で1.0だったが、
16K補完+視力自動調整で常に1.5相当の視界になり、
その快適さがクセになっていた。
「ただのおしゃれ眼鏡なのに、
視界も音もスーッと整うのが最高。」
りくも頷く。
「見た目が普通の眼鏡だから、
音楽聴いてるって思われないのもずるいよな。」
*********************
講義室へ向かう途中。
教壇の前に立つ
淡緑シャツに灰スーツの 桐島教授(55) が、
ジェスチャーで資料を展開した。
学生たち全員の視界に
透明なスライドが自然に広がる。
りくはAirWayの音楽をオフにする。
無音ではない。
教室のざわめきが、
少し整理された形で耳に入る。
いまりが小声でささやく。
「昔は黒板が見えないから前の席争奪だったんだって。」
「今じゃどこに座っても1.5で見えるからな……
そりゃ眼鏡も要らないよ。」
りくの視界端でミナ坊が控えめに光る。
『16K補完視界は
“裸眼との差を感じにくくする”設計です。
違和感が少ないのは正常です。』
いまりは笑って答える。
「ね。
これ、ほんとに“眼鏡より自然”なんだよ。
音も、視界も。」
*********************
昼休み。
中庭のベンチ。
近くの学生たちの会話が聞こえる。
「音楽流してても、
周りの音ちゃんと聞こえるの助かる。」
「AirWay、
つけてるの忘れるよね。」
「これ、
おしゃれ眼鏡にしか見えないのに。」
りくはパンをかじりながら言う。
「気づいたら“補正された世界”が当たり前なんだよな。
16K補完なのに自然すぎて。」
いまりもMINAMOを軽く触りながら微笑む。
「ただのおしゃれ眼鏡みたいなのに、
1.5の世界がくっきり見えて、
音楽まで自然なんだよ?」
ミナ坊が穏やかに文字を出す。
『16K補完とAirWayは
日常視界・日常聴覚の延長として設計されています。』
りくはため息まじりに言う。
「もう毎日つけっぱなしだな……
外すと粗くて落ち着かない。」
*********************
夕方。
校門前を歩く人々の顔には、
さまざまな色合いのMINAMO。
水色、緑、黄緑──
街全体に淡い色が混ざり、
おしゃれな眼鏡文化のようになっていた。
その耳元には、
ほとんど見えないAirWay。
音楽を聴いている人も、
ただ外の音を整えている人も、
区別はつかない。
りくはミナ坊を軽く触り、
耳元を意識することなくつぶやいた。
「……今日も一日中、
見て、聴いて、つけてたな。」
ミナ坊が優しい文字を返す。
『それは自然な選択です。
快適な視界と音を選ぶことは、
日常の一部です。』
16K補完の鮮明な世界と、
静かに溶け込む音楽。
それはもう、
特別な技術ではなく
おしゃれ眼鏡と同じくらい自然な日常だった。