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◆ 14話 MINAMO疲れ(16K疲れ → やさしい画質)
大学の昼休み。
キャンパスの芝生エリアに、
薄灰パーカーに緑Tシャツ姿の 三森りく(24) が座り、
水色寄りのMINAMO“ミナ坊”を軽く額に乗せ直した。
視界の右端には、
今日も鮮明すぎる 16K補完世界。
葉脈の線、
遠くを歩く人のまつ毛の影、
靴ひもの繊維、
舗道の細かな砂粒──
すべてが見えすぎるほど正確。
りくは思わず目を細めた。
「……なんか、疲れる。」
そこへ、
黄緑トップスに灰スカート、
淡い緑のMINAMOをかけた 杉野いまり(20) がやってきた。
風に揺れる髪が光を吸って柔らかく見える。
いまりは座るなり言った。
「ねえりくくん。
“粗め視界ブーム”って知ってる?」
「粗め?どういうこと?」
彼女は自分のMINAMOでSNSを開く。
画面にはタグが流れていた。
#粗い方が落ち着く
#16K疲れ
#視界が鮮明すぎ問題
さらに
“視界補完を少し下げると昔の写真みたいで安心する”
という投稿が何万もリポストされている。
いまりは説明する。
「16Kって便利なんだけど……
情報が多すぎて疲れるんだって。
わざと解像度を下げて“やさしい視界”にする人が増えてるの。」
「……わかる気がする。
最近、細かすぎるものが勝手に補完されるし。」
その時、ミナ坊がそっと文字を浮かべた。
『りく、16K補完により疲労が蓄積している可能性があります。
“やさしい画質モード(補完低減)”を推奨します。
適用しますか?』
「……名前かわいすぎない?」
いまりは吹き出した。
「ミナ坊、りくくんに優しすぎでしょ。」
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午後の講義。
すでに“補完低減派”が増え始めていた。
緑パーカーの男子学生が言う。
「教室って16Kだと逆に集中できないんだよな。
黒板の粉の粒子まで見えて気が散る。」
灰ジャケットの女子学生も頷く。
「先生の表情の細かい動きとか、
部屋の隅のほこりの形まで鮮明に見えるのが逆に怖い。」
確かに16Kは
“本来気づかない情報まで見えてしまう”。
人間の脳の処理が追い付かないのだ。
りくはさっきの通知を思い返す。
(……補完を落とすのもありか。)
16Kのまま天井を見ると、
照明に積もった細かなホコリがはっきり見え、
それが逆に負担だった。
*********************
講義後の帰り道。
並木を揺らす風が心地よい。
りくは視界に向かってそっと言った。
「ミナ坊、補完少し下げてみてもいい?」
『了解しました。
“やさしい画質モード”を起動します。』
次の瞬間──
世界がふっと柔らかくなった。
葉脈の線は淡くなり、
遠くの表情は必要な情報だけ残し、
光は丸みを帯びて控えめにきらめく。
まるで、
昔の心の中の記憶のような世界。
りくは肩の力を抜いた。
「……落ち着く。」
ミナ坊が控えめな文字を出す。
『16K補完は情報量が多いため、
必要に応じて“粗さ”が安心を生みます。
りくの好みを記録しました。』
「ありがとな。」
その直後、いまりからメッセージが届く。
『補完下げた?
わたしも粗い世界の方が好きかも〜。
なんかね、心がほぐれるんだよ。』
りくは小さく笑った。
未来の高解像度社会で、
“わざと粗さを求める文化” が生まれるという
奇妙な逆転現象。
見えることが幸せだった時代は過ぎ、
見えすぎることが疲労になる時代へ。
MINAMO社会は今、
情報の多さではなく
“心が休まる視界” を選ぶ文化へ
静かにシフトし始めていた。
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