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翌朝──…
目を覚まし、枕横に置かれたスマホの電源をつけると
沼塚からインスタのDMに新着メールが二件届いていることに気が付いた。
タップしてDMまで飛び、内容を確認すると
【奥村、昨日言ってた日程だけど8月で空いてる日ある?】
というメッセージが来ていて
僕はカレンダーアプリを開いて日にちを確認し
【お盆終わったぐらいからならいつでも】と送る。
するとすぐに既読がついて、返信が来た。
【じゃあ8月30日空いてる?】
【うん。空いてるよ。午後からでいい?】
【おk、じゃあその日で。琴似駅に1時ね】
【了解】
というやり取りを交わして
スマホを閉じた僕はベッドに再び横になり天井を見つめた。
沼塚と遊ぶ約束をした僕は
その日の服選びに近場のショッピングモールへと足を運んでいた。
夏休みということもあり
普段よりも多くの人が集まっていて
僕は人混みを避けながら店内を物色する。
と言っても特に何かを買う予定はなくて
ただ沼塚と遊ぶ約束を果たすための服を買いに来ただけだ。
せっかくだしお洒落な服を買おうと思って
いろんな商品が置いてあるメンズ服のフロアまでやってきていた。
…沼塚、よく僕に可愛いだのなんだの言ってくるし
たまにはかっこいい服を着てカッコイイと言わせてみたい…
そう思いながら店内を歩き回っているとふとある服に目が止まった。
それは黒のスキニーに白のオーバーサイズシャツを合わせるコーデだ。
それに僕は目を輝かせるとその服を手に取り自分の体に合わせてみる。
すると、意外と僕に似合いそうで即決でこれを買うことにする。
「すみません、これください」
レジカウンターに立って店員さんに伝えるととても丁寧に対応され
会計を済ますと僕は商品を受け取って店を出た。
しかしこの上下の洋服だけでは無難すぎるため
トップスに合いそうなネックレスでも探そうと思い、
僕は目についた近くのアクセサリーショップへと足を運ぶ。
店に入るなりネックレスコーナーに立ち寄り、商品を見て回る。
(あ、この十字架のネックレスかっこいい)
ふと目に止まったそのネックレスに僕は惹かれる。
手に取ってみると
それはとてもシンプルなデザインで、どんな服装にも合いそうなものだった。
それに値段もお手頃でこれなら買ってみてもいいかもと思い購入することに決めた。
その近くにあった黒マスクにも目が行き
服装に合わせて、マスクも黒に統一しようかなと箱入りの黒マスクを手に取る。
会計を済まし店を出ると、片手に持った紙袋の中の洋服を愛おしそうに見つめて踊るような気分で帰路に着いた。
今はどんなにマナーの悪い喫煙者や老害
イチャつく高校生カップルを見かけても気にならなかった。
いつもは心の中で毒づくところだが
今の僕はまるで頑丈な装備を手に入れたみたいに心が無敵状態と言っても過言ではないほどの高揚感を抱いていた。
沼塚とショッピングモールに買い物に行くだけだというのに
わざわざ新しい服を買ってしまう自分に少し呆れるが、そんな時間が楽しくもあり
家に帰るなり「あら、洋服買ったの?」と僕が片手に持っている紙袋を見ながらそう聞いてきて
「うん」と短く答えると、何故か母はにやけながら
「いつも服なんて興味なかったのに、ふふっ、彼女ができたら教えなさいね?」
と意気揚々と言ってくる。
それに「彼女なんていないから」と返して自分の部屋に入っていく。
そして買ったばかりの洋服と十字架のネックレスをハンガーにかけて、眺める。
(うん、やっぱりいいな)
そんな満足感に浸っていると、ついでに買った黒マスクをひとつ取り出すと
だいぶ前に沼塚に言われた言葉をふと思い出した。
『ていうか奥村って、いつも白だけど黒マスクも似合いそうだよね~』
そんなことを、入学したてのころに言われたっけ。
あのときは気にも留めなかったし
しつこい奴っていう印象しか無かったのに。
今考えれば、あのときはただ僕のこと知ろうとしたり純粋に仲良くなりたいと思ってくれていただけなんだよね、と分かる。
それに今は沼塚のそんなだいぶ前の発言をちゃんと覚えていて
「着けていったら、気づいてくれるかな」なんて考えてしまっていて。
……沼塚に自分を見て欲しい
かっこよく思われたい
なんて思うのは、やっぱり変…なのかな。
そんな疑問を浮かべながらも
僕は沼塚と出かける日に着ていく服を眺めながら、妄想にふけていた。
そして当日──……
8月30日。
待ち合わせ場所の駅の改札をぬけたところのベンチに座り、沼塚を待つ。
服が乱れてないかとか、変じゃないかとかをスマホのインカメで確認する。
大丈夫かな、と思ってふとスマホの左上の時刻を確認すると
まだ十二時四十五分で、約束の時間まであと十五分ほどあった。
「早く着きすぎちゃったな……」
そんなことをぽつりと呟いていると改札を抜けてやってくる沼塚が見えて
僕はその姿を視認して立ち上がった。
向こうも僕を見つけたらしくこちらへ近づいてくるので僕も小走りで歩み寄る。
「お待たせ、ごめん待った?」
そう言ってくる彼に僕は首を振ると
沼塚は早速行こっかと言って
そんな彼の隣に並んで歩き出し、ショッピングモールへと向かう。
(沼塚、何も言ってこないな…いつもだったらすぐ触れてくるのに、もしかして似合ってないのかな…っ)
そんなことを考えていると、沼塚が言った。
「いいね、それ」
「えっ」
突然、そんなことを言われて一瞬なんのことか分からずに困惑するが
すぐに自分が着ている服のことを指しているのだと思い至り
「……あ、この服?」と聞き返した。
「うん、なんか今日いつもと雰囲気違うから、一瞬誰かわからなかった」
「……え……っと……似合ってない……?」
不安そうにそう聞けば沼塚は首を横に振って否定し続けてきて。
「いや、似合ってるよ?」
そんな彼の褒め言葉に少し顔が熱くなった気がして、それを誤魔化そうと僕は話題を変える。
「そ、そうだ…もう、沼塚ご飯食べた…?」
「ん?あー、まだ食べてないよ」
「そっか、僕もまだなんだ」
「それじゃまず腹拵えしないとね」
そう言って沼塚とショッピングモール内にあるマックのフードコートで腰を下ろした。
僕はハンバーガーとポテトのセットを
沼塚はチーズバーガーにホットコーヒーという組み合わせで注文して席に座る。
そしてお互いが頼んだものを食べながら他愛のない会話をしていると
ふと思い出したように沼塚が切り出してきた。
「奥村って、そういう服も着るんだね」
「え……?あ、えっと……うん」
「なんかいつも白のイメージだから、黒新鮮だなって」
「……そ、そう……?」
そんな会話を交わしながら、僕は内心ドキドキしていた。
沼塚はちゃんと僕の変化に気づいてくれた。
それがとても嬉しくて、同時に沼塚に意識してもらえてるような気がして。
(もっと沼塚に見てもらいたいな……)
そんな欲が僕の中に生まれてくるのを感じていた。
それから少しして食べ終わった僕たちはショッピングモール内を歩き回り始めたのだが、
その道中、角を曲がったところで
「そこのおふたり!」
と、女性に声をかけられる。
女性の前のローテーブルの上には
鉛筆、木炭、パステル、色鉛筆、マーカーなど
様々な種類の画材が並び
様々なサイズの画用紙やスケッチブックが重ねられていて
両サイドには、過去に描いた似顔絵なのか有名人の似顔絵がキャンパスに描かれていたりしていて
それはどれもクオリティが高くて。
その女性の職業は、どうやら似顔絵師のようで。
しかし、そんな人が僕たちに何の用があるのだろうか。
すると女性は僕らを指さしながら
特にそっちの赤髪のイケメンさん!と言ってきた。
それに沼塚が「えっと、俺ですか?」と首を傾げるので、二人で足を止めて女性に近付くと
「君たち、良ければ似顔絵を描かせてくれない?」
と突然の申し出を受けた。
「え、似顔絵ですか……?」
笑顔で頷く女性に僕は少し困惑してしまうが
沼塚は「どうする?奥村」と聞いてきて。
「え……っと……」
僕がそう答えあぐねていると女性が続けて言った。
「大丈夫、無料だし一人10分から15分程度だからすぐ終わるわ!」
「それに、君みたいなイケメンを描かせてもらえるなんて滅多に無い機会だし!ね?」
と押しの強い女性の言葉に僕はたじろいでしまい
「ぬ、沼塚だけ描いてもらったら…?」
隣に立つ沼塚にそう聞くが、彼はそんな僕の肩にぽんっと手を置いてきて。
「いいじゃん奥村。
せっかくだし二人とも描いてもらおうよ」
「……う、うーん……じゃあ……お願い、します」
僕がそう答えると女性は嬉しそうに笑って
「ありがとう!じゃあまずマスクしてる君の方からいいかな?」
と言ってから
手前の椅子に座るように促され、大人しく座る。
すると「マスク、外せるかしら?」と聞いてきて、ハッとする。
(そうだった、似顔絵なんだからマスク外さないといけない…っ)
「えっと…」
人前でマスクを外すのが嫌な僕は
何とかならないかと頭をフル回転させて考える。
すると、近くで立って順番を待っている沼塚が口を開いた。
「奥村、少しの間だけだし外してみたら?」
「……っ」
「俺は気にしないし、それに似顔絵ってその人の顔の特徴を捉えるものだからさ。マスクしたままじゃ描きにくいんじゃない?」
そんな沼塚の言葉に僕は少し考えてから小さく頷いて、ゆっくりとした動作でマスクを外した。
そして二人の前に素顔を晒すと、女性は僕の顔をまじまじと見つめて感嘆の声を上げた。
「あら~……綺麗な顔してるじゃない!」
「あ、ありがとうございます……」
女性からの褒め言葉に僕は気恥ずかしさを感じながらもお礼を言って、それからは女性の指示に従って似顔絵を描いてもらった。
十分ほどして、女性は完成したことを伝えてきて、僕はマスクを付け直す。
すると画用紙を渡してきて、僕はそれを受け取って見てみる。
そこには僕の特徴がしっかり捉えられていて、
まるで写真のような出来栄えだった。
それに僕は感動して思わず「……すごい」と呟いてしまう。
そう呟く僕に女性は嬉しそうに笑って
「じゃあ次は君の番よ」と言って
女性は沼塚に手招きする。
そしてその言葉に沼塚は僕の方へ歩いてくるので僕もそれに続いて席を立つ。
さきほどの沼塚と逆になり、二人の様子を傍で見守る。
「さてと……そうね、君は髪色が明るいし、顔立ちがキリッとしててハンサムだから……」
そんなことを呟きながら筆を走らせる女性の手元を見ながら沼塚は大人しく椅子に座っている。
沼塚からは見えないのだが
横に突っ立っている僕からは女性の描いている手元がはっきりと見え
それはとても綺麗なタッチで描かれていた。
そして数十分後
女性は描き終わったようで筆を置いて一息つくと、椅子から立ち上がった沼塚に
「どうかしら?」と、画用紙を渡す。
沼塚は「俺ってこんな美化されて見えるんだ?」と言うので、気になってそれを一緒に見ると
思わず僕は息を飲んだ。
丁寧に描き込まれた毛先
形の良い唇など、シンプルな線で描かれた似顔絵は、彼の洗練された美しさを際立たせていた。
シャープに描かれた輪郭線は骨格の美しさを強調していて
無駄をそぎ落としたモノクロ線画だからこそ
彼の持つ本来の美しさが際立って見える
「え、すご……!本当に本物、写真みたいだ」
(モデルがいいとここまで魅力を引き出せるんだ…)
そんな僕の反応に沼塚は嬉しそうに笑っていて。
それから僕らは女性に荷物にならないようにと
似顔絵の描かれた紙と同じサイズの手提げの白いポリ袋に入れてもらうと
お礼を言ってその場を後にした。
ショッピングモール内の長い廊下を歩きながら
隣を歩く沼塚に言う。
「本当に沼塚ってイケメンなんだなって痛感した」
「普通だよ、奥村こそマスクの下整ってるじゃん」
そんな不意打ちの言葉に僕は胸がギュッと締め付けられるような感覚に陥りながらも、否定する。
「沼塚とはレベルが違うよ」
「そうかな?」
そんな会話を交わしながら、僕らはそのままモール内を散策していた。
ふと目に入った服屋の前で足を止めると
同時に沼塚も足を止めて「見てく?」
と声をかけてくれたので僕はコクリと頷いた。
店内に入ると、そこには様々な種類の服が並んでいて。
僕はその種類の多さに圧倒されながらも
気になったものを手に取っては自分の体に合わせてみる。
すると沼塚も「あ、これ奥村に似合いそう」と手に取った服を僕に合わせてきて。
その服はグレーのTシャツの上にマッチする3色のナイロンジャケット、それがとてもお洒落なデザインだった。
そしてサイズも僕にぴったりだったので思わず
「…着てみようかな」と呟くと
「じゃ、試着室行こ!」
と沼塚が言って手を引っ張ってくる。
それにドキッとして、それから試着室に着いて
中に入ると、カーテンを閉めて僕は今着ている服を脱いでから、その服に袖を通していく。
そして着終えると鏡を見てみる。
するとそれは僕の体にぴったりでとても着心地が良く、それにデザインもシンプルで僕好みだった。
「……」
(これ……結構いいかも)
すると沼塚がカーテン越しに
「奥村?着替え終わった?」と聞いてきて
僕は慌てて返事をする。
「う、うん」
するとすぐにカーテンが開けられて、僕の姿を見た沼塚は目を丸くさせていて。
そんな反応に僕は少し不安になって
「……や、やっぱ似合わないよね」
と口にすると、彼は首を横に振って否定してきて。
「そんなことないって、すごく似合ってる」
「…え、ほんと?なんも言わないから変なのかと」
「いや……奥村、スタイルいいから本当になんでも似合うなと思って、びっくりしただけ」
そんな彼の本音に僕は思わずドキッとするが、それを悟られないように冷静を装って
「そ、そう……?」と髪を弄りながら答える。
それから、沼塚に似合ってると言われてしまえば不覚にもイチコロで。
僕は結局、その洋服を即決した。
その後もアクセサリーショップなどを巡り
店を出ると
「あっ奥村、ちょっとゲオ寄ってもいい?」
と言う沼塚の言葉に頷きながら
僕らは二階に降りるため、エレベーターに乗った。
すると、どんどんと人が入ってきて、一気に満員になった。
「混んできたな…」
そう呟くと
身動きも取れないほど混み合ったエレベーターの中で
沼塚は僕を庇うように自分の前に立ちはだかり
壁ドンでもするように、僕の顔の横に手をついた。
「あ、あの……沼塚?」
「ごめん奥村、ちょっと我慢してて」
そう至近距離で囁かれて
僕は思わずドキッとしてしまうが
そんな僕の気持ちなど露知らずの沼塚は
そのまま僕に密着してくる。
(ち、近いしなんかいい匂いする……無理、なにこれ聞いてない、イケメンムーブが過ぎる…っ)
そんな状況にドキドキしていると
エレベーターが二階に到着してドアが開いた瞬間
周りにいた人がぞろぞろと降りていき
沼塚が離れたかと思うと
「よし、ついた」
そう言って先に出ていくので
ハッとして僕も直ぐに後を追うように降りて、沼塚の横から声をかける。
「沼塚、今日香水付けてきたりしてる……?」
「えっ?つけてないけど
もしかしてさっき、臭かった……?」
と不安そうに自身の匂いを嗅ぐようにする沼塚に
僕は首を横に振って否定する。
「いや、いい匂いがしたから…っ」
「え、ほんと?汗臭くないならよかった」
無邪気に笑う沼塚に対し
(みんなが沼塚のことを沼男っていう理由が今なら分かる気がする……っ)
なんてことを考えて
思わずにやけてしまいそうになったが
なんとか表情筋を引き締めてその後をついていった。
2階に着いた僕らはそのまま
お目当ての|ビデオショップ《ゲオ》に入店すると
沼塚は迷わず今話題のTVゲームが揃っているコーナーに足を進めていった。
「あ、あった」
そう言って手に取ったパッケージには、今話題のRPGゲームのタイトルが書かれていて。
沼塚はそれを手にしてレジへ向かっていったので、僕は後について行く。
ものの数秒で会計が終わると
店を出てまた二人横並びに歩き出し
僕はふと、沼塚に向かって口を開いた。
「沼塚って、ゲームするんだ」
「ん?うん、まぁね。よく妹とやっててさ」
「そうなんだ、いつも、どんなのするの…?」
興味本位からそう聞くと
「うーん、ジャンルならなんでもやるかな。今はアクションかシューティングが多いかも」
「奥村はやるの?ゲーム」
「あ……うん、僕もよくやるよ」
「へぇ、どんなの?」
「スマホだと、略奪系シューティングゲームとか…TVゲームは1人でもできるようなアクションゲームとか…?」
「あぁ、なるほどね…そういえば奥村って兄弟とかいないんだっけ?」
「あっうん、一人っ子」
「いつも退屈になったりしないの?」
「ゲームがあるから、全然。」
「友達呼んだりとか遊びに行ったりは…ほら、小中とかさ?」
「いや、クソ陰キャだし、この、赤面顔が原因で一時期不登校なってぼっち決め込んでたし」
「あ、ごめん」
「いや、別に大丈夫だけど…昔のことだし」
「奥村って、そういうときは家でなにしてたの…?」
「えっと…まあ、ただ、寝てた…し、正直……赤面するの怖くて外にすら出たくなくてさ、孤独のストレスから親にも反抗的で、迷惑な子供だったと思う。」
「それから学校には行けたの…?」
「うん、一応保健室登校ではあるけど。」
「そのきっかけが、両親が3万ぐらいするゲーム機プレゼントしてくれたことだったんだよね、しかも誕生日でもないのに」
「え、中学生で3万って、結構大金だよね…?」
「うん。多分、引きこもりと化してる息子を気にかけてしてくれたことなんだと思う。」
「そのお陰で、いい気分転換にもなったし、休日にコーチャンフォーに家族で行って、羽根伸ばして、病院の先生とかにも相談して、結果的に保健室登校で欠席日数とかは稼げたから、卒業はできたって感じ。」
「……すごいね、いいご両親じゃん」
「…うん、本当に、優しい人だから…僕が、高校で友達ができたって知ったらすごく嬉しそうな顔してくれたんだよ」
「友達って……」
「沼塚だよ、あと、樹くんやなずくんもだけど」
「そりゃね、喜ぶよ。奥村が俺といて楽しいって言ってくれたのも嬉しかったし」
「え……?」
「最初は散々逃げられたもんねー」
「沼塚みたいな陽キャに仲良くなりたいなんて言われたら戸惑うっての…」
「ふっ、なんか本当に奥村って喋れば喋るほど小動物みたい」
「は、はぁ?それを言うなら沼塚は犬じゃん」
「どこら辺が?」
「デカくて、追いかけ回してくるから」
「よく吠える野良犬みたいな言い方ひどー」
「でも、野良ってよりは番犬?」
「えっ、番犬?」
「なにかと、助けてくれるから…番犬的な…?そりゃ沼塚があんなに優しいのは僕だけじゃないだろうけど」
ボソッとそう言えば
「うーん…でも俺、特別な人間にしかそこまで優しくしないよ」
恥ずかしげもなくそういう優しげな表情の沼塚に
目線があったまま固まってしまい、すぐに顔を逸らした。
「も、もう沼塚、一旦黙って」
「え、なんで?」
なんで?じゃない、心臓も沼塚の顔もうるさい
ずるい、特別とかずるい。
沼塚にこんな簡単にかき乱されてしまうとか
自分が自分じゃないみたいで調子が狂う。
「い、いいから……」
僕のその言葉に沼塚は不思議そうに首を傾げる。
すると、沼塚が「ねね、奥村」と
再び声をかけてきて
「もう、なに」と振り向くと
「喉渇かない?ちょっと自販機寄っていい?」
(確かに、いまさっき喋りすぎて喉乾いたかも…)
それにちょっと気持ちも落ち着かせたいと思い
沼塚の言葉に首を縦に振った。
すると、沼塚はパッと明るい表情を見せると早足で自販機に向かって行き、僕も後をついて行く。
そして自販機の前に立つと財布から札を一枚取り出して、自販機に千円札を入れ
点滅しているボタンを押した。
沼塚が買ったのは冷たい280㎖のりんごジュースだった。
沼塚が取り出し口から落ちてきたボトルとおつりを取ると、僕も続くように財布から小銭を取り出して小銭投入口入れては、少し悩んだ末に無難にを購入した。
二人で、自販機近くのベンチに腰かけると、僕らはジュースを喉に流し込みながら一息ついて
二口ほど飲むと飲み口から口を離して
「沼塚、さっきの続きなんだけど」と口を開いた。
「さっきの続き…?」
こちらをみて首を傾げる沼塚の方をちらりと目で見て
「その、よかったらさ……沼塚のオススメのゲームとか教えてくれない…?」
そんなことを聞いたのは
単純に
沼塚と共通点を増やしたいと思ったからだと思う。
もっと簡単に言うならば
「沼塚がどんなことをして何を楽しいと思うのか」
を知りたくなったから。
我ながら、関われば関わるほど沼塚のことを知りたいという気持ちが湧いているのだ。
(いつもなら、そんなに他人のこと知ろうって思わなかったのに)
沼塚が僕に与えてくれた影響は計り知れない。
その沼塚のことが知りたいと思ってしまうなんて、僕はどうかしていると思うし
正直恥ずかしいとも思うけど……それでもやはり知りたいのだ。
沼塚という人間のことを。
同時に、沼塚に心を許してしまっている自分がいることに気づく。
そんな自分自身に内心驚いていると
沼塚は「え、いいよ!」と嬉しそうに笑って距離を縮めて僕の方に寄ってくるので
戸惑いつつもその反応に僕は少し安堵する。
(よかった……嫌そうな顔とかされてなくて)
すると沼塚は自分のスマホを慣れた手つきで操作し
「俺のおすすめだと、昔からよくやるのはこれかな」
と言ってクラフト系のゲームを紹介してくれた。
そのゲームは3Dブロックの世界の中でプレイヤーが自由に冒険したり
創造したりすることができるゲームで
どこか見覚えがあった。
「あれ、これって確か、中学生のとき僕もやってやつかも…?…ブロックで家とか作ってたし」
「え、まじで?」
「うん、一回消しちゃったしもう一度インストールしてやってみようかな」
僕も自分のスマホを取り出してアプリストアでゲーム名を検索してインストールを開始した。
「え、やろ!?いま身近にやってる人とか全然いないから嬉しっ!」
間近で興奮気味の沼塚の声が聞こえて、内心僕もテンションが上がる。
「そうなの?…あ、これフレンドとかなれるんだっけ」
「そうそう、俺のID教えるからインストールしたらフレンド追加しあお?」
「うん。あ、インストールできた」
「じゃあ、フレンド申請送るね?」
「うん」
そんなやり取りをして
沼塚から送られてきたIDを入力して友達追加すると、その画面を沼塚に見せた。
すると沼塚は嬉しそうに笑って
「じゃあ今度さ、一緒に通話繋げながらやらない?」
「え、いいね…楽しいと思う」
「決まりね!うわ最高、まさか奥村が知ってるとは思わなかったし、今日会えてよかったかも」
子供のような無邪気な笑顔を見せる沼塚に
こっちまで頬が緩みそうになって、唇を噛む。
前、映画を一緒に見に行ったときには
「沼塚もこういうの見るんだ」
ってちょっと驚いただけだったのに
同じゲームを好きだという共通点を見つけて今は驚きより嬉しさがあって、そんな自分に驚く。
(…沼塚と、会わなくても遊べるって
なんか、嬉しい)
思わずそんなことを思ってしまい、慌てて首を横に振る。
そんな僕の様子を見てか
「奥村、どしたの?」と聞かれてしまい
「な、なんでもない!」と即答する。
「そう?」と首を傾げる沼塚は、それ以上追求してくることもなく
そして、それから僕らは時間を忘れて話し込んでいると
急に後方から「あれ?沼塚くんじゃん!」という声が聞こえてきた。
その声に僕も沼塚も声のする方へ顔を向けると
そこには胸元が大胆に開いた長袖ハイネックを着て白のプリーツミニスカートを履き
綺麗な茶髪ををウェーブ巻きにした女子が立っていた。
その横には体のラインがよくわかるベージュのオフショルダートップスの上に
ハートのネックレスを合わせ
黒のマーメイドフレアスカートを着こなす黒髪ショートカット女の子もいて
なにやら沼塚の知り合いのようだった。
沼塚は立ち上がって「お、中学以来じゃない?」と言いながら手を挙げていて
その女子たちは「ほんとだねー」と返し
擦り寄るように沼塚の右腕に手を絡ませ始める。
それだけならまだしも
反対側ではショートの子に服の袖をくいくいと引っ張られ
「沼塚くんあれから彼女とかできたー?」
「いやいや全然、てか近いって」
「えーいいじゃんちょっとぐらい」
「今友達と遊んでるの、二人こそ買い物の途中だったんじゃないの?」
「それがぁ、なんかイケメンいるなーって思ったら沼塚くんだったから飛んできちゃった♡」
そんな二人に挟まれて、笑みを浮かべつつ困った様子の沼塚。
そんなやり取りを目の前で見せられて僕は思わず呆然と立ち尽くすしかなくて。
女子たちは僕なんか見えてないみたいに
「ねね、今からうちらと遊ばない?」
「暇すぎて死ぬ、イケメン摂取したいしー」
と沼塚に言い寄っていて
(いかにもな面食い、というか、近すぎない…?)
なんて考えていると
沼塚は「あのさ」と言って二人の手をやんわりと解いて距離を置くように一歩後退ると
僕の肩を抱き寄せて
「悪いけど俺いま友達と一緒だから、また今度でもいいかな?」
そうはっきりと返した。
すると二人は怒ったりムキになる様子はなく
「えー、残念。じゃーさ、写真だけ取らせて!」
「それぐらいならいいでしょ?」
と言っていて
沼塚は「まあ、それぐらいなら」と言って
渋々承諾すると二人はそれぞれスマホを取り出した。
(沼塚…ちゃんと僕を優先してくれるんだ)
…なんて考えていると、沼塚はまた女の子に手を引っ張られて、僕の肩を抱いていた沼塚の手が離れたので僕は慌てて距離を取った。
そして二人がカメラを起動させて沼塚に近寄るのを僕はただ黙って見ているしかなくて。
(…沼塚も男だし、女子に触れられて嫌な気持ちはしないんだろうな…
(でももっと、僕のこと優先してくれたらいいのに)
「はいチーズ!」
そんな掛け声と共にシャッター音が数回聞こえてきて、それから女子たちは満足したように
「ありがとー」
「じゃ、またね~!」
そう言って二人は手を振って去って行き
解放された様子の沼塚に
「本当に、沼塚ってモテるんだね」
と言えば
「モテるってほどじゃないよ」
なんて冗談っぽく笑う沼塚に、僕は少しムッとしてしまって。
「あっそ」
なんて素っ気なく返してしまう。
すると、少し間を空けて
「それに、好きな相手にモテなきゃ意味ないじゃん?」
なんて照れ笑いする沼塚に、反射的に
「まあ、うん、そうかも」と返す。
(…そんな言葉が出るのは、好きな人がいるってことなのかな)
なんか、それはムカつく。
そんな感情が芽生えて、自分でも驚いた。
でもすぐにそんな感情を打ち消すように頭を振る。
(いやいや、さっきからなに考えてんの僕…)
そう考え込んでいると
ふと、一つの仮説が脳裏に浮かんだ。
(待てよ、もしかしてこれ、恋とかじゃない…?)
最近沼塚に抱いていた感情は、ただの嫉妬の可能性もあるとすら思えてきた。
だって祭りのときもそうだったけど
沼塚が女の子と親しそうにしてるだけでモヤモヤしたり
今みたいにムカついたりするの、やっぱ変だ。
(ネットの意見を見て思い込んでいたけど
これって…ただ単にモテる男友達に嫉妬してるだけなのでは…?)
もしそうだとしたら、説明も着く。
しっくりくる。
陰キャの僻みだ、と自己完結してしまえる。
そんなとき
「奥村ー?」
という沼塚の声でハッと我に返り
僕は慌てて顔を上げた。
すると、目の前に沼塚の顔があり思わず後ずさりしてしまう。
「え、なに」
「いやなんかボーッとしてるからさ」
「あ、いや、考え事してただけ」
そんな僕の様子に首を傾げる沼塚に
「なんでもないから気にしないで」とだけ返す
「そ?まぁいいや、日も暮れてきたしもうそろ帰ろっか」
それに頷いて出口まで来た道を歩いていくと
「あっごめん奥村、ちょっとトイレ行ってくるから、これ持っといてもらってもいい?」
そう言って、沼塚の似顔絵の描かれた紙が入っている手提げ袋を渡されて
「あ……うん、わかった」
僕はそれを受け取り、近くのトイレに入っていくその背中を見送ってその場に立ち尽くした。
そんなとき、ふと沼塚の似顔絵をもう一度見たくなって
好奇心から沼塚の入っていったトイレに背を向け
こっそりと袋から紙を取り出して見る。
「やっぱり、顔整ってるなぁ…」
そんな独り言を呟いて、その似顔絵に見惚れていると……
背後から「奥村!」という沼塚の声が聞こえビクッとして
慌てて紙を袋に入れ直して振り向いた。
「は、早かったね」
「奥村反対側なんか向いてなにしてたの?もしかして親から連絡来てた?」
「そ、そういうんじゃないよ。はいこれ、沼塚の」
そう言って沼塚の袋を返そうとすると
手汗からかスルッとそれが手から抜けて
その拍子に自分の袋も横に並ぶように床に落としてしまう。
「ご、ごめん」
「いや全然、大丈夫?」
「う、うん」
沼塚の言葉に慌ててしゃがみ込んで、袋を取って沼塚に手渡す。
「ありがと、んじゃ行こっか」
「うん」
そんなやり取りの後、僕らは今度こそ出口まで向かった。
その途中
僕はまた沼塚に対する〝気持ち〟の正体について考えを巡らせていた。
沼塚が女の子にモテるのを見るとモヤモヤする
これはもう嫉妬で間違いないと思うし
沼塚が他の女子と親しげにしてるだけでムカムカする。
(単なる僻みと恋の違いとかよく分からないし…家帰ってまた調べるか…)
(また知恵袋とか見ればヒントがあるかも。)
そんなことを考えていると
もう駅前についていて
電光掲示板の時刻を確認すると
僕の乗る札幌行きの方が早く
定期を取り出して改札の前で
「じゃ、また」
と、沼塚に向かって手を胸元で振ると
沼塚も、僕に手を振り返す。
「また学校でね」
笑顔の沼塚になぜかまた心臓が跳ねて
ハッとして前に向き直るとすぐに改札を潜って
平常心を保つために、振り向くことなく
札幌行きのホームにエスカレーターで上がっていき、電車に乗り込んだ。
(恋じゃない、沼塚の顔がいいせいで、沼塚が優しいせいで、恋してると錯覚してるだけだ……)
(落ち着け、僕)
そして家に帰るなりすぐにスマホを開いて検索バーに文字を打ち込む。
《恋に落ちた サイン》
検索すると、すぐ上に
《恋に落ちているサインには、次のようなものがあります》
というのが出てきて、その下を見ると
《恋に落ちたときのサイン:☆視線を送る回数が増える。☆話すときに緊張してしまう。☆ちょっとした仕草に…》
そんな説明が書かれており、僕はその記事をタップしてサイトに飛ぶと、下にスクロールしていく。
【ズバリ、恋をしているときのサイン!】
《☆相手の笑顔にドキっとする》
《☆相手の香りに惹かれる》
《☆相手の頑張る姿に感動する》
《☆好きだと自覚すると相手を何度も目で追う》
《☆すぐに連絡を返す》
《☆積極的にデートに誘う》
《☆プライベートな質問をする》
《☆素っ気なくなる》
「嘘…全部あてはまってる」