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思わず、本音が口からこぼれて
そんな自分の声に余計に恥ずかしくなってしまう。
「あーもう!違うって!恋なんかじゃ…っ」
でも内心、そんな僕の言動とは正反対で
沼塚に笑顔を向けられるとドキっとするし
今日も帰り際にあの笑顔に胸が締め付けられたし
エレベーターで近寄られたときも
死ぬほどいい匂いがして
気になって香水付けてるのか聞いてしまったし
以前、期末テスト前に一緒に勉強したときの
沼塚の頑張る姿は嫌いじゃなかったと思うし
(僕、知らないだけでそんなときから沼塚のこと想い初めてたの…っ?)
一緒に二人だけで出かけたくなったのも
沼塚のこともっと知りたいと思ってしまったのも
つい素っ気なくしてしまうのも、全て……
「僕、沼塚のこと…好きなんだ」
でも、好きなんだなんて思ったところでどうなるわけでもない。
沼塚、好きな人いそうだったし……
「あーもー!」
頭を抱えてベッドにダイブするとスマホが手から離れて枕元に落ちて
スマホを枕の横に置き直すと、ため息をついて
そのままベッドに横になって目を瞑った。
翌朝
目を覚ますとベッド横の壁にかけられたカ8月のカレンダーが視界に入る。
「そういえば今日って夏休み最終日か…」
ベッドから出ると、カーテンを開けて朝の陽射しを浴びて伸びをする。
「明日から、また学校か。言うて明日は始業式やって帰るだけだけど」
なんて独り言を呟いて
頭に浮かんだのは沼塚がおはよっと声を掛けてくる姿で。
「…沼塚の、せいだ」
そう呟くと僕は自室を後にしてリビングに向かった。
「おはよ」
「あら、おはよう。もう朝ごはんできてるわよ」
そんなやり取りをして席に着くと
テレビでは夏休み最後の日だからなのか
海やプールに遊びに行く人たちの映像が流れていた。
(そういえば海とか行かなかったけど、沼塚が上裸で海なんていたら注目の的だろうな。体見たことないけど)
そんなことを思いながら朝食を食べ終えて二階の自分の部屋に戻ると
部屋の中心に置かれたテーブルに置きっぱなしの白いポリ袋が目に入った。
昨日、沼塚と一緒に似顔絵を描いて貰ったんだったなと思いながら
自分の顔ということで気は進まないが
とりあえずどこかに閉まっておこうと思い
袋を手に取り、中の似顔絵を取り出す。
瞬間、僕は自分の目を疑った。
「は?……え、これ、え」
その紙に描かれていたのは、沼塚だった。
(なんで沼塚の似顔絵が僕のとこに!?ま、まさかどこかで取り間違えた……?)
動揺しながらも、昨日の記憶を遡ると
思い当たる節は確かにあった。
「……そういえば、帰り際に手が滑ってお互いの袋落として…」
まさかあのときに取り間違えた…?
いや、そうとしか考えられない。
「…と、とりあえず落ち着こう…明日、返せばいい話だし…沼塚にも連絡しておかなきゃ」
そう自分に言い聞かせて
一旦その似顔絵をテーブルの上に置いて
スマホを手にする。
そして、Instagramを開いて沼塚のDMまで飛ぶと、キーボードの上で指を滑らせる。
【ごめん、なんか昨日の似顔絵取り間違ってたみたいで。明日、返すから沼塚のも持ってきてもらっていいかな】
そう打ち込むと送信を押して
10分ほどして既読が付き、返信が返ってくる。
【やっぱかー、今俺も連絡しようとしてたとこ。とりあえず明日持ってくよ】
そんな文面に少し安堵して
《うん、ありがと》とだけ返して
スマホをベッドの上に投げ出して、仰向けになる。
(明日……気まずいなぁ)
なんて思いながら天井を見上げているとふとある考えが頭に浮かぶ。
(沼塚の似顔絵、明日には返すんだし、もうちょっと見たいな…)
そう考え、思い立ったが吉日とでも言わんばかりにベッドから起き上がって
僕はさきほどテーブルの上に置いた沼塚の似顔絵を、両手で顔の前に掲げた。
「やっぱり、すごく綺麗だな…」
似顔絵というだけあって、現実の沼塚が容易に想像出来てしまう。
沼塚自体、長いまつ毛がぱちりとし
細くて綺麗な輪郭
鼻筋も通ってるし
改めて思うが
頬から顎にかけてシュッとしていて本当に整った顔立ちをしているなと思う。
(なんなら、色気すら感じる……)
そんなことを考えながら沼塚の似顔絵を凝視していたとき
下半身に違和感を覚える。
ふと視線を下に向けると
僕の股間の膨らみがズボンの上からでもわかるくらいになっていた。
(な、なんで……?)
僕は驚きを隠せず、ただズボンの膨らみを眺める
僕の股間の膨らみは一向におさまらず、次第にじんわり下着を濡らしていく。
そして、気がつくと無意識のうちに左手で自分の棒をさすっていた。
それは言うまでもなく、沼塚のことを考えて興奮してしまった証拠と思わざるを得なかった。
(沼塚の似顔絵見て、沼塚のこと思い浮かべて、勃つとか、おかしいのに…)
頭ではわかっているはずなのに、何故か手が止まらない。
(なんで沼塚の顔思い浮かべちゃうんだよ、だめだ、だめなのに)
「んっ……」
思わず声が出て、やめようと思うのに
それでもなお手は止まらなかった。
「ふっ……う」
ズボンの上から触っているだけなのに、腰が自然と浮いてしまう。
沼塚の似顔絵から手を離して再び机に置くと
それから目が離せなくて
それでも手は止められなくて
そう思いながらも再び棒を、円を作った指でさすり、上下に動かす。
(う、やばい……いきそう)
「沼塚……」
無意識のうちに彼の名前を呼んでいた。
(だめなのに……こんなのだめだってわかってるのに)
(無理、出る…)
そう思った瞬間
そのまま、下着の中で射精してしまった
「はあっ……はあ……」
僕は肩で息をしながら、しばらく呆然としていたが、爆速で賢者タイムに突入し
(僕は一体、何を……あんな綺麗な顔の沼塚に欲情して
(あまつさえ沼塚をオカズにして抜くなんて……ごめん、ごめんごめんごめん)
そんなことを考えるだけで死にたくなるが
それでも何とか、これ以上沼塚の似顔絵を見てはいけないと思い
似顔絵を袋にしまい直して机の端に追いやった。
すぐに一階のトイレに駆け込んで鍵をかけ
下着を下ろして、トイレットペーパーで自分の吐き出した精液を拭き取る。
(…僕……最低、だ)
沼塚で、ましてや男友達で抜くなんて
本当に最悪だ。
穢れてる。
沼塚だって、男友達相手にオカズにされるなんて
嫌に決まってる。
自己嫌悪に陥りながらも
僕はズボンを履き直して逃げるように二階に戻り、ベッドに横たわると
不純な思考と行動をかき消すように布団に潜った。
沼塚の似顔絵が入った袋は
机の上に置いたままだったが
それでも何故かもう一度見る気にはならなかった。
翌日
HR前の九時二十分に学校に着き
教室に入ると殆どの生徒が席に座って
友達と、夏休み中どこに行ったかとか
彼氏と別れた、付き合っただの
ペチャクチャと会話を繰り広げていた。
「夏休み終わってまじ死にそー」
「てか課題やってないわ、詰んだ」
(朝から元気ですこと……なにが死にそーだよ、こっちは昨日から激鬱だが?)
そんなこと八つ当たりでしかないこと考えつつ、自分の席に目を向けると
既にいつものメンバーが席について和気あいあいと談笑をしていた姿が目に入る。
どうも沼塚に合わせる顔がなくて、
おはようと言おうか迷いながら、自席にそっと荷物を置くと
「あっ、まーくんおはよー!久々~」
隣の席の久保が声をかけてきてギクッと効果音でもなりそうなぐらい肩を跳ねさせてしまう。
「お、おはよう」
とりあえず挨拶を返すと
左斜め前の新谷と、前の沼塚も僕の方に振り返り挨拶をしてくる。
「ふ、二人もおはよ」
挨拶を返すが、沼塚の顔が一向に見れない。
(見れるわけが無い……っ!!)
(というか…話す資格あるのかすら分からない。)
なんてことを考えていると、沼塚に名前を呼ばれて顔を上げると
「これ、奥村のやつ。返すね」
そう言って、沼塚は白いポリ袋を手渡してきた。
「あ……似顔絵のやつ、ぼ、僕も今出すから待って」
僕はそれを受け取って
リュックサックの中から沼塚の似顔絵の入った袋を取りだし、沼塚に手渡す。
「ん」
沼塚は短く返事を返すと
「んだそれ?」
なんて新谷が横から聞いてくるから
それに久保も乗ってきて
「なになに?お菓子?俺にも見せてー」
「あ、いや、その……似顔絵っていうか」
なんて僕がしどろもどろになりながら答えると
沼塚が流れるように
「この前二人でショッピング行ったときに声かけられてさ、記念に描いてもらったんだよね」
と言う。
すると久保が羨ましそうに
「えっ二人の見せてよ!気になるっ!」
と言うから
僕は少し気まずさを感じながらも
沼塚がいーよと言って、袋から自分の似顔絵を取り出すので
僕も続くように袋から自分の似顔絵を取り出して二人に見せる。
「これ沼ちゃん?まんまじゃん!」
そう言って久保は絵をまじまじと見つめてはしゃいでいる。
すると、新谷が
「これ、奥村?マスク外したんだ」と言ってきて
頷くが、急に恥ずかしくなって
「や、やっぱ変だしもうしまうから」
言いながら袋に自分の似顔絵をしまい直すと
新谷が「いや、俺は良いと思う。奥村の似顔絵」と言ってきて
僕は思わず「え……?」と聞き返してしまう。
すると、久保も
「うんうん、別に恥ずかしがる必要ないって!まーくん普通に顔綺麗だもん」
なんて言い出すので
「そ、そう……?」と戸惑うと
沼塚も「うん、奥村は綺麗だよ」なんて僕の目を見て言ってくるから
僕は思わず目を逸らしてしまうが、それでも沼塚は続けて
恥ずかしげもなく
「俺は沼塚の顔好きだよ」
とか言い出して、つい固まってしまう。
横から「沼ちゃんプロポーズ?」
「奥村、顔赤いぞ」
なんて久保と新谷が野次を飛ばしてきて
動揺してしまい椅子から立ち上がって
「なっ、ち、違うから…沼塚が揶揄うからで…!」
と否定するも二人にクスっと笑われて。
そんなやりとりをしてるうちに、始業開始のチャイムが鳴り響き、担任が教室に入ってくる。
「はーい皆席ついてー」と先生が言って
友達の席に集まっていたみんなも自分の席に戻っていくので
僕も慌てて席に座り直して、前を向くと
ふと沼塚と目が合い
彼はふっと微笑んでから前を向いた。
その笑顔にドキッとして、また心臓が跳ねて
(……本当、どこまで沼男なんだ…っ)
なんて考えつつ、僕は先生の方に顔を向けた。
もうすぐに体育館に移動するから、と手短にHRが終わると
担任の合図で廊下に整列し、移動し始める。
体育館について持ってきた椅子を5マスに反って置いて座ると
何十分かしてようやく始業式が始まる。
退屈な時間が始まるかと思えばそれもすぐに終わりを迎えた。
教室に戻ると、すぐに帰りのHRが始まって
「今日、明日から二学期が始まります、文化祭の準備も始まりますから、なにをやるかについては明後日のLHRで学級委員を中心に決めてもらうので、そのつもりで」
担任がそう言って、今日は解散という形になり
一斉に下校の流れになる。
ぞろぞろと席を立って
「やっと終わった、これからどこ行くー?」
「とりまマック行こ」
なんて話しながら教室を出ていく。
僕も帰るか、と思って机横のフックにかけたリュックサックを机の上に置いて
後ろの白いワイドタイプのロッカーを開けて
今朝入れた折り畳み傘を取り出して、席に戻る。
すると、まだ椅子に座って新谷や久保たちと雑談をしていた沼塚が口を開いた。
「奥村、この後暇?みんなでゲーセン行こって話なってるんだけど」
「え、あ…ゲーセン?」
正直、沼塚と顔を合わせるのは罪悪感もあるから断って帰ってしまいたいところだけど
ここで断って沼塚とあっさりとバイバイしてしまうのもなんだか嫌で。
そんな事を思う時点で自分の沼塚と一緒にいたいという欲を剥き出しにしているのだから
あんなに冒涜的なことをしてしまったというのに
己に反省の色が見えなくて内心呆れてしまうが
「まーくんも行こーよ!」
「せっかく早く終わったこったし、男同士水入らずでよ」
久保と新谷たちの言葉もあって
「うん、行こうかな」と笑って返す。
「よし、んじゃ決まり!」
そんな流れで、放課後に男四人でゲーセンに行くことになった。
校門を出て、近くのゲームセンターに向かうと
四人でメダルゲームに釘付けになっていた。
しばらくやっているうちに沼塚が隣にやってきて
「奥村、こういう系苦手なんだ?」
なんて微かに笑いを浮かべて聞いてくる彼に僕はどきりと心臓が跳ねる。
「だってあんまやらないし…沼塚はよくやるの?」
「俺、伊達にお兄ちゃんやってないからね。妹にぬいぐるみやら推しのフィギュアを毎度の如く取ってあげてるから、百戦錬磨してんだよ」
キメ顔でそんなことを言う沼塚に
「ふはっ、なにそれ…絶対嘘じゃん」
思わず目を細めて破顔すると
「あっ信じてないでしょ?だったら沼塚の狙ってるの取ってあげる」
「取れるものなら取ってみてよ、そしたら信じる」
僕はそう言い返して、小銭を出そうとすると沼塚が「いいよ、俺が出すから」
と言って小銭投入口にサッと百円玉を入れてきて
「任せときなって」とだけ。
(…さすがはイケメン、彼氏ムーブが過ぎる…)
感心しつつ、沼塚が今から操作し取ってくれるのかと思っていると
後ろからバックハグでもするような形で体を密着させられて
なんなら自分の手を僕の右手に重ねてきて
「え……?!」
前触れもない接触に驚いて顔だけで沼塚に振り向けば、
すぐ側に沼塚の落ち着く匂いと唇があって
硬直してしまう。
(な、なにこの近さ……今までそんなことなかったのに)
緊張してしまうけれど
だけどその反面嬉しいという気持ちもあって
なんだか複雑だった。
すると、そんな僕の心情を知る由もなく彼はすぐ横で話しかけてくる。
「ほら、前見て」
そんな僕の様子を他所に沼塚は
取るとこ見ててと言わんばかりに声をかけるので
戸惑いつつ前を向くと
「ちゃんと焼き付けてね」
なんて言いながら
僕の手を動かしてレバーを引くと
ガラス越しにキャラクターの頭上までクレーンのアームが伸びてきていて
そのままぬいぐるみの頭に引っかかり
クレーンはまっすぐ下降していき
無事景品獲得口へと落ちる。
「ほら取れた」
瞬殺だった。二重の意味で。
沼塚は嬉しそうに取り出し口からぬいぐるみを取り出して見せてくるが僕はそれどころではない。
差し出されたぬいぐるみを受け取ると
脊髄反射で沼塚から一方身を引いてしまう。
(な、な、なんてやつ)
まさかこんなことされるなんて思ってなくて顔が赤くなる。
(やばい、どうしよう心臓爆発するし頭も混乱してるっ!)
「ほ、本当に伊達じゃないんだ」
平常心を保ってそう言うと、沼塚は
「ね?」
と自慢げに微笑む。
(…この男、罪すぎる…)
無理だ、沼塚は普通に友達としての距離だろけど
そんな友達に恋してしまってるこっちは変にドキドキしてしまう。
(心臓に悪すぎる、なんなら心臓止まるかと思った)
なんて思っていると
「お前らなにしてんだー?」
そんな新谷の声に振り返ると
新谷の横にいた久保が
「えっまーくんの持ってるそのぬいぐるみかわいくなーい?!」
なんて、沼塚が獲ったぬいぐるみに目を輝かせている。
「奥村が取ってくれたんだ」
「えっすご!俺も欲し~沼ちゃん取ってよ!」
「いいけど、お金は自分で出しなね?」
「うわケチくさー」
久保は奥村とそんな会話を交わすと、100円玉を取り出して小銭投入口に入れる。
すると沼塚が先程のように慣れた手つきでレバーを操作して
尠も簡単にぬいぐるみを獲ってしまう。
「はいよ」
そう言って久保にぬいぐるみを手渡すと
「うわ間近で見ると激カワ!まじで沼ちゃん神だわ!」
なんて大袈裟なことを言って
それを新谷が「お前そればっかだな」と笑いつつ小突く。
そんな光景を僕は微笑ましく思いながらも
自分の心臓の高鳴りがバレないように平静を装っていた。
(……っ)
そんな時だ。
ふと近くの、普通のクレーンゲームよりは一回り小さいクレーンゲームが目に留まった。
その台に近づくと
胴体の真ん中辺りにローマ字が一文字入ったホワイトのクマのキーホルダーだった。
ローマ字の種類は
A、K、N、M、S、R、Oの7種類だった。
脳裏でNを沼塚イニシャルと紐づけると
さらに欲しくなってしまって。
僕は迷うことなくこ小銭を入れてボタンを押してクレーンを動かす。
お目当てのクマにアームが順調に降下していく。
頭を掴み、アームが上昇すると
その場でコトンっと落ちてしまい
それを5回ほど繰り返して心が折れかけていた
そのとき
「奥村なにしてるの?」
「わっ!」
後ろから突然沼塚の声がして、珍妙な声を上げた
そんな僕を不審そうに見てくるので
「き、急に声かけないでよ」と文句を言う。
しかし、その反応を他所に、新谷と久保が
「まさかこのぬいぐるみ取ろうとしてんのか?」
「へえ、これイニシャル付きなんだぁ」
なんて景品をまじまじと見ながら言ってきて、僕は「あ、いや」と言葉を濁す。
(……沼塚、もう一回取ってくれたりしないかな)
そう考えて、沼塚の方をチラリと見て
「沼塚、その…もう一回だけやってくれないかなって」
駄目元で言ってみると、沼塚はあっさり頷いてくれて
「いいよ、奥村はどれが欲しいの?」
「え、えっと…その、真ん中のNってローマ字ついてるクマ」
「これか…りょーかい」
と言って小銭を入れてクレーンを操作してくれる。
さっきと同じようにぬいぐるみの頭を掴むとアームが上がっていく。
(やばい……なんだか緊張する)
鼓動が激しくなる中、クマの頭が持ち上がると
不思議なぐらいスムーズに
出口までアームがぬいぐるみを話すことなく移動していき
そのまま出口にストンっと落とされた。
「奥村、はい」
そんな声と共に手渡されるクマのキーホルダーに僕は目を輝かせる。
「……あ、ありがとう沼塚!」
思わず大きな声でお礼を言ってしまい、恥ずかしくなって俯くと 新谷が笑いながら
「良かったな奥村」と言ってきて、さらに顔が緩む。
(……でも本当に嬉しい)
なんて思いながらぬいぐるみを眺めていると
ふと、久保が口を開く。
「でもなんでN?」
「え?」
(それは……沼塚のイニシャルだから……
とか絶対言えないけど)
本音は言える訳もなくて
「得に意味は無いよ」
なんて誤魔化して久保の方を向くと
「あっ、わかった!
もしかして好きな人の頭文字とか」
心臓が跳ね、言葉に詰まってしまう。
「あれ、もしかしてガチで…?」
「ちが、そういうんじゃないから……っ!」
焦って強く否定してしまうと、
「えー絶対そうじゃ~ん」
なんて揶揄ってくる久保だったが
それを久保の保護者ポジの沼塚と新谷が
「こらこら」
「あんまいじめんなよ」と止める。
(……良かった、バレなかった)
それから数日後―――…
学校に行けば、無意識のうちに沼塚の姿を目で追ってしまっている自分がいることに気が付いた。
授業中、休憩時間、友達と喋っているとき
異性との距離が近いとき、一緒に昼食を摂っているとき
沼塚の自然な笑顔や、ときに真剣な表情に
思わず見蕩れてしまって
目が合えば先に逸らしてしまう。
それに、沼塚は、友達想いで誰にでも優しい
こんな捻くれた性格を持つタイプが正反対の僕にでさえだ。
夏祭りのときも、絆創膏渡すだけでも十分なのに
わざわざ近くの神社まで移動して
足に触れてまで絆創膏を丁寧に貼ってくれたり
不意に特別って言ってきたり
僕のちょっとしたお願いを簡単に叶えてくれたり
素っ気なくても、僕のことを理解して、理解しようとしてくれるところとか
気遣いひとつひとつが暖かすぎて、自分は本当に沼塚の特別な人なんじゃないかって錯覚しそうになる
そんなはずないのに。
優しい人は、誰にでも優しいのに。
それはわかっているのに、 沼塚に惹かれている自分に気づかされる。
恋って一瞬で
なんか全部許せちゃうし、沼塚と出逢ってから
無色の春が青い春に色付いた気がする。
しかし、そんなに純粋なものでは無いと思う。
似顔絵で抜いただけでは飽き足らず、昨夜も沼塚と過去に撮ったプリクラの写真をオカズに致してしまったのだから。
(本当に……我ながら最低すぎる)
そんな罪悪感と、沼塚への想いで胸がいっぱいになる中、校内では1ヶ月後に迫る文化祭の話題で盛りあがっていた。
僕のクラス・1年B組の出し物は
とある女子の提案を皮切りに「男装メイドカフェ」になった。
ただ、今は裏方に回る人とメイドとして接客など呼び込みをする人などを決めている段階だった。
「でもまさかウチのクラスが男装メイド喫茶になるとは思わなかったなー」
昼休み
いつものように、教室で僕の方に体を向けて焼きそばパンを頬張って、そんなことを投げ掛けてくる沼塚に
「うん、驚いた。みんな案外乗り気な感じで」
と返し、タコさんウインナーを挟んだ箸を片手に
それをパクッと食べて咀嚼すると、パックのカフェオレにストローをさして喉にゴクゴクと流し込む。
「奥村…最近口元までよく下ろすようなったよね」
急になんのことだと思ったら、それは聞くまでもなく僕のマスク事情についてで。
「えっ、あぁ、マスクのことか…」
「前までパって食べてすぐマスク上げてたじゃん?」
「そ、それは…まあ、そうだったけど」
「だよね、慣れたとか?」
無垢な瞳でそう訊かれて、一旦箸を弁当箱の上に置くと、口元まで下ろしたマスクを手で抑えながら
少し間を置いて口を開いた。
「沼塚なら、もし赤面しちゃっても、今更引かれるとかなさそうだし…いいかなって思っただけ」
言った後になんだか無性に気恥ずかしくなって
沼塚の顔を見上げると
なぜか沼塚はクスッと吹き出して
「え、なんかおかしいこと言った…?」
眉を寄せて聞き返すと「いや、主人のこと信用し出した猫みたいで可愛いなって思っただけ」なんてクスクスと笑い出してきて。
それにムッとして
「こ、こっちは真剣に答えたってのに…!」とぷいっと目を背けると
急に頭をポンポンっと叩かれて
「ごめんって、素直な奥村とかレアだからつい」
「……っ」
(…こういうの、ずるい)
簡単に頭なんか撫でないで欲しい
でも沼塚に撫でられるのは気持ちが良くて、頬が緩みそうになる。
それを隠すようにマスクを上まで上げて、誰にも見えない口元が緩む。
「な、撫でんなバカ」
目を合わせれず、頭に乗せられた沼塚の手を掴んで引き剥がすと
「奥村、手冷たくない?」
と言われ、今度は両手で手を掴まれて
自分と反対に暖かい沼塚の手にびっくりして
「え…沼塚あったか」と言葉をこぼすと
「でしょ」と言って指を絡ませてきて、その行動に驚いて
「ちょ、くすぐった……!にぎにぎやめて」と手を引き剥がすと
「恥ずかしがんなくてもいいのにー」
なんて笑う沼塚になんだか気恥ずかしくなってきて
「そういうんじゃないし」と返す。
(なんで、こんなことするの)
なんて思うけど、沼塚はきっと友達として僕を揶揄っているだけで深い意味はないのだろう。
「男同士ですることじゃないでしょ…」
「だって奥村の手、綺麗だし触り心地いいからさ」
「理由になってないし」
「奥村も寒かったら俺のことカイロ代わりに使っていいよ?これぞウィンウィン」
「間に合ってますので、ってちょっ、両手掴むのは聞いてな」
そんなときだった――……
突然、教室の扉がガラッと開いて
沼塚に手を握られたまま扉の方に視線を向けると
そこには現在進行形で学級委員の沼塚と一緒に文化祭準備の指揮をとっているクラスメイトの桐谷遥の姿があり。
彼女は僕と視線が合うとスタスタと教室に入ってきて
僕の机の前までやってきたので僕は慌てて沼塚の両手を引き剥がすと
「ねえ、奥村くん」と机をバンっと叩き
僕を覗き込むように顔を近づけてきた。
(桐谷さんはクラスの中でもダントツで真面目な人…)
こんな男友達とふざけたことしてるのが逆鱗に触れてしまったのか、と焦っていると
「奥村くんにお願いがあるの」と言われ
「な、なんで、しょうか」と返す。
すると彼女は一呼吸置いて口を開いた。
「奥村くんさ、文化祭で女装してメイドカフェに出てくれない?!」
と、目を輝かせてそう言ってきたのだ。
(……え?)
「……え?奥村が?」
僕が言葉を発する前に
隣で沼塚が素っ頓狂な声を上げた。
それに振り向いて「だって、奥村くんなら小柄だし上手いこと集客できそうなのよ!」
という彼女。
(いや……待って?)
茜は目を爛々と輝かせて熱弁してくれるが
女装と言えど僕は男で
しかもメイド服なんて
貴方は鬼ですか?とツッコみたくなるのをぐっと堪える。
だが僕の考えなど知る由もない彼女は熱く語り続ける。
「奥村くんって色白だし細いしスタイルいいしさ!だから絶対女装映えすると思うのよね」
「で、でも…女装云々の前に接客とかやったことないし」
「そこをなんとか!お願いっ!」
そう言って両手を合わせて懇願されてしまい、僕は戸惑ってしまう。
すると、沼塚が横から「あのさ」と声をかけてきて。
(こ、これはもしや…助けてくれる?)
そんなことを考えて代わりに断ってくれるのを期待していると
「奥村もしあれだったら、俺も女装するし一緒にやらない?」
なんて予想外なことを言い出したでは無いか。
「え?」
(ちょ、沼塚なに言ってんの?)
と内心ツッコむ。
すると桐谷さんはパッと笑顔になり
「えっいいの?!」とテンションが上がってしまったようで、それを見て僕はあたふたしてしまう。
「いやっあの……だからなんで」
なんでそんなにノリノリなんだ!なんて心の中で叫ぶ。
そんな僕の心中など知らない彼女は嬉しそうに目を輝かせて口を開いた。
「だって、奥村くんなら絶対女装映えするし!沼塚くんもいいわね!」
「は、はあ……」
その勢いに気圧されてか、沼塚は曖昧な返事を返す。
「分かった…やるよ」
「じゃあ決まり!よろしくね!」
そう言って桐谷さんは颯爽と教室を去っていき、残された僕と沼塚はというと
「やばい、安易に引き受けちゃったけど絶対女装とか無理なんだが…」
「焦りすぎて口調おかしくなってるじゃん、ははっ」
「誰のせいだと…?」
「まあいいじゃん、これも思い出だって!」
「で、でもさすがにミニスカとか無理じゃない……?」
「別に、ロングメイドもあるし、そこは強要されないと思うよ?」
「……ならよかった」
(まあ、でも、沼塚と一緒か……それなら)
と胸を撫で下ろす。
「それって自分で用意するんだっけ」
「うん、結構今俺ら以外にも女装男装するやつらドンキとか通販で買い揃えてるみたい」
「あー、なるほど」
******
***
放課後――……
昼休みの話もあって、文化祭用のメイド服を買うべく、沼塚と一緒にドンキに足を運んでいた。
「あ、ここだ」
そう言って立ち止まった場所は数々のジョークグッズやコスプレ衣装が並ぶスペースで。
メイドのコーナーに目をやると
超がつくほど露出度が高いもので
もう見るからに所謂オタク向けのエロさ全開と言った感じで胸元の空いたミニスカメイド服もあったが、それ以外にも露出度の低いシックなロングメイド服が多く。
「なんかイメージと違った」と言うと
沼塚はクスッと笑って「じゃあどんなのを想像してたの?」と訊かれるが答えづらくて
「と、とにかく早く選んで買って帰ろ」と濁すと
沼塚にロングのクラシカルと明記されたメイド服を渡されて「沼塚ってサイズこれ?」と聞かれて
「えっと…多分?そんな測ったことないからわかんない」と答える。
「じゃあとりあえずMサイズなら普通に着れそうだし試着室で着替えてきたら?」
「えっ、今ここで…?」
「そりゃね。合わないの買って帰ったって大損だし、試着室もあることだしさ」
「……わかった」
僕は渋々頷くと、店員に許可を貰って試着室に入ると、沼塚から差し出されたメイド服を受け取り
カーテンを閉める。
それから服を脱いで下着姿になると
折り畳まれたメイド服を広げると、それに隠れてさっきまで見えていなかったのか、黒いストッキングまで着いていて
(確かこれってガーターベルトとか言わなかったっけ…こ、これ履くの……?)
戸惑いつつも、先に黒いストッキングに足を通すと、スケスケと言った感じで自分の足でもよく映える。
(桐谷さんに言われて気づいたけど…僕ってこんなに脚白かったんだ…)
なんて少し感心しながら、ガーターベルトでストッキングを固定すると
付属のカチューシャも付けて
残りのメイド服に袖を通していく。
(……本当に大丈夫、かな)
不安になりながら、腰あたりからまで続くのファスナーを上まで上げようとするが
肩甲骨あたりでつっかえて上手く上がらない。
一回全部下ろしてやり直した方が良さそうかと思い、一度ファスナーを下ろし再び上げていくが
どうも自分の手では上手くいかず、苦戦していると
「奥村どう?着れたー?」という沼塚の声がカーテンの向こうから聞こえて。
このままやっていても時間を食うだけだと思い
「沼塚……悪いんだけどちょっと手伝って、上手く上がらなくて…ファスナー上まで上げてくれない?」
カーテンを半開きにして
沼塚に後ろのV字に開いたファスナー部分を見せながらそう頼むと
「あー、わかった。ちょっと待って」と返事をして 沼塚が試着室の中に入ると、僕の背中側に回り込んでファスナーを上げ直してくれた。
「ほら、出来たよ」
「…あ、ありがと」
「どーいたしまして。で?ちょっとこっち向いてみてよ」
「えっ、いや、サイズなら大丈夫だし、いいんじゃない?どうせ文化祭のときは見るんだし…」
「なら今みたっていいじゃん?」
(あっ…)
「ほーら」
沼塚からそう詰められて、僕は観念したようにゆっくり振り向く。
僕を目にして沼塚はパチパチと目を瞬かせたあと
「えっ……ちょっと待って奥村…メイドやっぱり辞めない??」
と何故か言ってきて。
(もしかして人前に出すのを踏みとどまるぐらいにキモイとか……?)
そんな不安が頭をよぎって
「似合ってないことぐらい分かってるよ、だから言ったのに」と言うと
「いや奥村、めっちゃ可愛いんだけど」
予想だにしない言葉と沼塚のニヤケ顔に
「お、お世辞はいいって」
と返しながら頬に熱を帯びるのを感じた。
「お世辞じゃないって、あーまじ似合ってるじゃん……奥村女装の才能あるって。下とかどうなってんの?」
言いながらスカートを軽く捲られて咄嗟に
「ちょ、変態?!」と驚いている間に
ガーターベルトで固定してある太ももぐらいまで捲られ、ガーターベルトから見える白い太ももが露になる。
すぐにスカートを下ろして隠すが、心臓がバクバクとうるさく鳴った。
「な、なにその顔」
「…えっちだなーって」
「……!?バカなこと言ってないでもう僕脱ぐから!早く出て!」
「えー、もうちょい見たかったのに」
なんて残念そうに言う沼塚を試着室から追いやり
カーテンを閉めると、僕は大きく溜め息を吐いた。
(…沼塚、絶対面白がってた…あーもうムカつく、褒められて嬉しいとか思ってしまった自分にもムカつく……っ!!)
それから着替えを済ませて会計を済ませ
紙袋片手にスマホを弄っている沼塚にお待たせ、と声をかけ店を後にした。
駅に向かい
「奥村の女装姿、みんな驚くだろうなー」
「……っ、絶対面白がってるでしょ」
そんな会話をしながら歩いていると
不意に「奥村、この後暇?」と沼塚に問われ。
「え?まあ……特に用事ないけど」と答えると
「じゃあさ」
沼塚がなにか言おうとしたときだった。
「あれ?朔?」と女子の声が聞こえてきて。
声がした方に視線を向けると
そこにはれなと茜の姿があって、僕達は足を止めた。
すると彼女は僕達の方に歩み寄ってくると
ニコニコと笑って言った。
「お二人さんも今帰りなのー?ってなにその袋」
れなの言葉に
「そそ、ちょっとドンキ寄ってた」と返す沼塚。
文化祭のクラスの出し物でやる女装男装メイドカフェに女装して出ること
その衣装を買っていたことを伝えると
れなは「えー面白そう!見に行こーかな」とはしゃいでいて。
「てか、奥村くんもやるんだ?」
意外、という表情を見せる茜に
「ちょっとした成行きで…」
と答えると「なにそれ」とれなは笑った。
「ところで二人は何してるの?」
と訊く沼塚に
「うちらは文化祭の買い出し!」
「そっちはなにやんの?」
「それは来てもらってのお楽しみかな~。あっでも、茜接客するから、見に来てあげてよ!」
「ちょっと、いらないこと言わないでいいから!」
「えー、いいじゃん!茜可愛いんだから接客も似合うって」
なんてれなが言うと、茜は顔を真っ赤にして
「朔さ…時間あったら、来てくんない?うち、朔に接客するから」と恥ずかしそうに言った。
「えっ…いいの?」
「いいって!茜が見に来てほしいって言ってるんだからさ!」
れなの言葉に沼塚は「じゃあ行くよ」と返すと
茜は嬉しそうに笑った。
(なんか、沼塚の新しい一面を見た気がする)
そんな沼塚を横目で見ていると
れなに腕を引っ張られて
「あの二人お似合いだよね」
そんな言葉にまた心が揺さぶられていると
「ねね、せっかくだしこいつら二人にしてあげたいし、うちらも帰ろうよ。買い出し終わったんでしょ?」
「えっ、でも……」
と、僕は至近距離で和気藹々と話す沼塚と茜を交互に見て。
「そう、だね」と苦笑いすると
れなは沼塚たちに向かって
「私と奥村くん用事思い出したから先に帰ってるわ」と声をかけて歩き出した。
「えっ、ちょれな……っ!」と茜が戸惑いの声を発すると
「奥村、用事あったの?」
「あ…うん、ごめんけどまた今度遊ぼ」
と作り笑いをして手を振って沼塚の返事も待たずに背を向けた。
すぐにれなとは分かれ、僕は一人電車に乗り込んだ。空いている席に腰かけて適当にスマホを弄って電車に揺られながら、沼塚の楽しそうな顔を思い返していた。
(……分かってるんだけどな、僕が入る隙なんてないって、好きになっちゃダメだって)
そう思えば思うほど、胸の奥が締め付けられる感覚がして、僕は小さく溜め息を吐いた。