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「私、もうその花に飽いてしまいまして。なのでドライフラワーにしてしまいましたの」
「…………」
ああ、我ながらなんて薄情な女なのかしら!
贈っていただいた立派な薔薇を、早々にドライフラワーにしてしまうなんて!
(さあ、ルキウス。せっかくの贈り物をぞんざいに扱われて、悲しいでしょう? 腹立たしいでしょう!?)
なんて無礼なことをと、怒ってくれていいのよ!
そうして私を嫌になってくれれば、めでたく婚約破棄に――。
「ええと、念のための確認なのだけれど」
ルキウスはどこか躊躇うように頬を掻いて、
「このドライフラワーは、これから捨てられるのかな?」
「へ? いえ、他のドライフラワーと共に、冬の暖炉に飾られるはずですわ」
「……飽きちゃったなら、捨ててもよかったんだよ?」
「それではこの花に失礼すぎますわ。まだ充分に、美しい姿をしていましたもの」
「そ、か」
耐えきれない、といった風にして、ルキウスが噴き出す。
どころかあろうことに、楽し気にクツクツと喉を鳴らし始めた。
(え!? なんでどうして!?)
想定外の反応に絶句していると、息を整えたルキウスが「本当に、マリエッタは可愛いなあ」とドライフラワーをそっと撫で、
「キミのそうした、花にも敬意を払う律義さが愛おしくてたまらないよ。マリエッタはいつだって心も美しいよね」
「~~~~っ! わ、私は別に、そういうつもりでは……!」
「いやあ、まさか自分の贈った花に嫉妬する日がくるとは思わなかったよ。マリエッタの恩情を受けられて、よかったね、おまえは」
羨まし気な笑みでえいやと花をつついて、
「ねえ、マリエッタ。僕もキミに捨てられたくはないのだけど、この花みたいに乾燥してしまえばいいのかな?」
「な!? なりません! 人は乾燥しましたら、死んでしまいますのよ!?」
「そうなんだけどねえ、僕なら気合でなんとかいけそうかなって。マリエッタへの愛は誰にも負けないからね!」
「愛があろうが気合があろうが、無理なものは無理です! 絶対に、おやめください!」
勢いよく立ち上がり、ぜえはあと肩を上下させる。
ルキウスはそんな私を見上げて「マリエッタがそう言うのなら」と微笑みながら、立ち上がった。
ついでとばかりに机上に飾られた紫の桔梗の花を手に取り、私の隣まで歩を進め、
「いっそ、僕が死んでしまったほうが、キミは自由になれるのにね」
「な……っ!」
つい、と。優しい手つきで私の耳元に、ぷつりと茎を折った花を挿し、
「うん、この花もよく似合うね」
にこやかに笑むルキウス。
私は離れていく手をとっさに掴み、力一杯にらみつけ、
「そういったご冗談は、私、大嫌いですの」
「……そうだったね、ごめん。僕が悪かったよ」
ルキウスはバツの悪そうな顔をしながらも、流れるような仕草で、私の指先に口づける。
「枯れずとも側に置いてもらえるように、もっと頑張るね。愛してるよ、麗しきマリエッタ」
「~~~~っ!」
そうではなくて!!
婚約破棄をしてほしいのだけれど!?
(なんか余計にやる気ださせてしまったような……!?)
勝者、ルキウス。
次よ、次っ!!!!
***
「ルキウス様、あのお店にも行きましょう!」
場所は王都。この国で一番に華やかな通りで、私はルキウスと買い物に勤しんでいる。
そう。楽しんでいる、のではなく、勤しんでいる。
なぜならこれももちろん、「ルキウスに嫌われて婚約破棄作戦!」の真っ最中だから。
「あ、ルキウス様。あちらのお店も素敵ですわ! 行きましょう!
」
ぐいぐいと腕をひいて催促する私に、ルキウスが「そんなに急がなくとも、店は逃げないよ」と肩を竦める。
よしよし、これはなかなかの好感触……!
それもそのはず、だってルキウスは元々のんびりを好む性格で、私と出かける時も、歩く速度から内容まで、どれをとってもゆったりとしていた。
だからこそ今日は王都について馬車を降りるやいなや、私はくるくると場所を変え店を変え。
とにかく、自分でも目が回りそうなほどに忙しなく動き回っている。
「やっぱり隣のお店も気になりますわ。覗いてみましょう!」
(どう!? こんなに慌ただしいんじゃ、私といても疲れるだけでしょう!?)
疲労を訴えてくる両足を必死に動かしながら、私は胸中で「今日こそは婚約破棄よ!」と勝利を確信する。
だって私は今、ルキウスをあれそれと連れ回している以上に、とんでもない悪事を働いているのだもの。
注目すべきは、ルキウスの両手。彼の右も左も、私が買い込んだ荷物でいっぱいになっている。
対して私の両手は、そう! 何一つ持っていない、完全自由!
つまるところ私は今、ルキウスに荷物持ちをさせている……っ!