「少し元気が出たみたいで良かった」
「んー、……うん、……そうですね」
本当はいまいち、自分でも分からない。
怖い目に遭って殴られて、今は頬に冷感ジェルを貼っている。
でも、当時の事を思い出すと思考のドツボに嵌まってしまいそうだから、あえて目の前の好きな人たち、楽しい事に目を向けている。
負の感情に囚われたら戻ってこられなさそうだし、「今じゃなくてもいいでしょ」と、もう一人の自分が言っていた。
「……多分、今って色んな感覚が麻痺しているんだと思います。恐怖体験にドップリ浸かって、助かった今も怖い思いをし続けるんじゃなくて、空元気でもいいから笑っていたい。……そんな感じだと思います」
「それでいい。愚痴や弱音、なんでも聞く。気晴らしに週末に思いっきり遊んでもいいし、肉の塊でも好きなもんを食えよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
その時、涼さんが戻ってきた。
「あまり夜ふかししてもなんだし、女子二人はそろそろお風呂にでも入ってきたら? あっ、女子は恵ちゃんの部屋のすぐ近くにあるお風呂を使って。男とは分かれたほうがいいと思うから」
「お気遣い、すみません。ありがとうございます」
私はペコリと頭を下げる。
「明日は二人とも普通に仕事に行くんだし、そろそろ寝る準備をしないと駄目ですね」
恵も言い、申し訳なさそうに涼さんに会釈をする。
「じゃあ、お風呂使わせてもらいます」
「どうぞ。水分補給は大事だから、洗面所の冷蔵庫にある水は自由に呑んで」
「はい」
私は恵と一緒に二人に会釈してから、ボストンバッグを持って彼女の部屋に行った。
(尊さんにパンツ把握されてるの恥ずかしい)
ボストンバッグの中には普段着やルームウェアの他、巾着に入った下着類がある。
(しかもちゃんと、三軍パンツを選んでくれてる)
確かにデートじゃないし、一晩お泊まりする程度なら、普通の綿パンで問題ない。
でもその辺りの事情も理解されていると思うと、「よく観察してるな」と感じると同時に、恥ずかしくてならない。
「ううう……」
「なにパンツ握り締めてうなってるの」
恵に溜め息をつかれ、私は「ムシャーッ」とパンツを食べる真似をする。
「はいはい、妖怪パンツ食いはいいから。さっさとお風呂入って寝る準備しよう」
「うん」
私も恵も、どこかボーッとしたまま着替えを手にし、廊下を挟んで向かいにあるバスルームに向かう。
「凄いね。色々揃ってる」
涼さんはそこを恵の洗面所、バスルームと決めたらしく、洗面所にはデパコスの基礎化粧品やボディスクラブ、ボディクリームなどが所狭しと並んでいる。
洗面台の上に置かれてあるバスタオルはアビス・アンド・ハビデコールで、ドライヤーはレプロナイザー、ヘアブラシはメイソンピアソンだ。
尊さんの家も似たようなものだけれど、やっぱりセレブは良い物を揃えるんだな……と、妙に感心してしまった。
洗面所と廊下の間には、木製のスライドドアがある。
私たちはそれを閉めて一応鍵を掛けたあと、服を脱いでバスルームに入った。
ついでを言うと、バスルームと洗面所の間はガラスの壁になっていて、ちょっとエッチに感じてしまう自分がいる。
「朱里、先に髪と体洗いなよ。私はお湯に浸かってる」
「うん、分かった」
恵はサッと秘部や汗を掻く場所を洗ったあと、「あー……」と声を漏らしてお湯に浸かった。
「恵、おっさんみたいだよ」
「いいんだよ。おっさんみたいなもんだから」
答えたあと、恵は「テレビある」と呟いて、埋め込み式のテレビのタッチパネルを操作した。
「恵のためのだろうけど、使っちゃうね。ごめんね」
シャンプー、トリートメント、ボディソープなどは、恵が「私はよく分からんから、好きなの選んで」と言ってくれたので、香りが好きそうな物を選ばせてもらった。
「なんも、全然いいよ。てか、私が買ったんじゃないし」
「恵は涼さんのお姫様だからね」
クスッと笑って言ったあと、私は手早く髪を洗い、トリートメントを馴染ませている間に体を洗っていく。
「そうだ。私Eカップになった」
恵にいきなりカミングアウトされ、私は目をまん丸に見開いて彼女を見る。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!