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水瀬菜音
11,918
#岩本照
絶対辰哉
525
#BL
うさみみ
20
いつものように森の獣道を歩きながら、僕は今日会える幻獣たちのことを考えていた。
(今日は皆、居るかな…?)
幻獣とはいえ、大好きな生き物たちの姿を思い浮かべて自然と頬が緩んだ、その瞬間だった。
「、わっ…!?」
ザアァ、とまるで頭上で空が真っ二つに裂けたかのような、凄まじい雨音が静寂を打ち破る。突如として、視界が白く塗り潰される程の激しい雨が降り始めた。一瞬にして全身がずぶ濡れになり、冷たい水滴が顔を強く叩く。
「嘘、スコール…!?」
慌てて辺りを見回すけれど、生い茂る木々の隙間から雨矢が突き刺さり、木の葉の下では到底凌げそうにない。
(どこか…どこか雨宿りできる所…っ!)
ずぶ濡れの修道服の重さに足を取られながら、必死に雨を避けようと走る。けれど、焦れば焦るほど泥に足を取られ、気付けばいつもの歩き慣れた獣道からどんどん外れていってしまっていた。
白の修道服が汚れていく。鬱蒼とした茂みを掻き分け、転びそうになりながら傾斜を駆け上がると、目の前に見覚えのない荒々しい岩場が広がっていた。
「あっ…!」
そのゴツゴツとした岩壁の奥に、ぽっかりと口を開けた大きな洞窟を見つける。滑り込むようにしてその中へ駆け込み、膝に手をついて大きく息を吐き出した。
「はぁ…はぁ…びっくりした…!」
髪の先から雫がぽたぽたと地面へ落ちていく。水を吸った修道服は冷たく肌に張り付き、指先は早くも感覚を失うほどに冷え切っていた。
「さむ…。」
ぶるり、と体中を大きな震えが走る。このまま濡れた服を着ていては、確実に体が芯から冷えてしまう。僕は少しだけ躊躇いながらも、重くなった服のボタンを外し、それを脱いでぎゅっと固く絞った。ジャ、と大量の水が地面へと零れ落ち、静かな洞窟内に響く。
薄手のインナー姿になると、更に冷気が直に肌を撫で、堪らず両腕で自分の体をぎゅっと抱き締めた。
「早く止まないかな…。」
洞窟の入り口から外を見やる。そこには、ただ世界を閉ざすかのように激しく降り続ける雨の帳と、全てを掻き消すような重い雨音だけが鳴り響いていた。
『うわ、雨やぁ!』
突然天から叩きつけられた豪雨に、康二が慌てて羽をばたつかせた。一瞬、幼児期の癖で蓮の元へ飛ぼうとして、
『あ、ちゃう。』
と、自分の身体がデカくなったことを思い出して方向転換している。バタバタと風を散らしながら、康二が自分の寝床の岩陰へと飛び込むのを横目で見ていた、その時だった。
『…なぁ、…佐久間、道逸れてねぇか?』
くん、と鼻を動かした翔太のその一言が落ちた瞬間、俺の全身の血が騒いだ。狼の姿へと変えて低く伏せ、鼻先を鋭く天へと向けた。激しい雨の所為で、空気中の匂いは尽く洗い流されている。それでも…
『…あぁ…違う方向だ。』
微かに残るアイツの気配は、いつもの獣道とは全く違う方向を指していた。
『…、行ってくる。』
力強く一歩を踏み出そうとした俺の背中に、《照!》と翔太の鋭くも落ち着いた声がかけられる。
『待て。その前に。』
そう言いながら歩み寄った翔太は人の身体へと変わり、俺の額へと、己の額をそっと重ねてくる。ふわりと優しく透き通るような蒼い光が翔太の身体から溢れ出し、俺の大きな体を包み込むように這うと、やがて目に見えない静かな風となって全身をぴったりと覆っていった。雨を弾き返す、風の防壁。
「………ん、終わった。迎えに行くのにお前が濡れてたら元も子もねぇからな。」
一歩下がりながら、翔太が小さく口端を吊り上げた。
『…ありがとな、翔太。』
短く、礼を告げると、俺は改めて風も雨をも切り裂いて薄い匂いを頼りに森の中へと駆け出した。
「いつ止むかなぁ…。」
洞窟の入口で膝を抱え、ただぼんやりと、激しく降り続ける雨を眺めていた。
森の木々はすっかり白く煙り、いつもなら木漏れ日を反射して優しく輝く筈の獣道も、今は分厚い雨に隠れて跡形もなく見えなくなっている。
「帰り、遅くなっちゃうなぁ…。」
膝に顎を乗せ、小さく呟いてみる。ラウールくんたちは、今頃心配しているだろうか。それとも、僕が動物たちと雨宿りでもしていると楽観視しているだろうか。
そんな風に、取り留めもない思考を巡らせていた、その時だった。激しい雨音の隙間を縫って、直ぐ近くで不意に葉と葉が擦れ合うような音が耳に届いた。
がさり。
「…?」
濡れて顔に張り付いた黒い髪を払いながら、ゆっくりと顔を上げた次の瞬間。降り注ぐ雨の向こうから、威厳に満ちた大きな銀色の狼がぬっ、と静かに姿を現した。
「うわぁっ!?」
『何してんだよ…。』
頭の中に直接響く、少し低くて、だけど何よりも聞き慣れた優しい声。
「…ひ、照さん!?」
弾かれたように立ち上がる。あまりの驚きに、自分の足元が泥で滑りそうになって、慌てて岩壁に手を突いた。 まさか、こんな荒れ模様の森の中を、わざわざ僕を探して迎えに来てくれるなんて夢にも思っていなかった。
『だいぶ道逸れてるぞ。』
照さんの美しい黄金色の瞳が、呆れたように細められる。
『日も暮れるってのに、危ねぇだろ。』
その鋭い口調の奥に、隠しきれない心配の気配が滲んでいるのが分かって、なんだか胸の奥が温かくなる。
「す、すみま…っくしゅん!」
謝ろうとした瞬間、盛大なくしゃみが飛び出してしまった。その様子を見た瞬間、照さんはあからさまに呆れたような溜息を一つ吐くと、次の瞬間には冷気を纏って、すっと人の姿へと変わった。
「ったく…。」
照さんは、雨一滴すらついていない黒い上着を雑に脱ぐと、何も言わずに僕の頭からふわりと被せてくれた。
「寒いか?」
照さんの長い指先が、僕の頭に掛かった上着を少しだけ整えてくれる。上着の裏地からは仄かに心地よい匂いと、確かな体温が伝わってくる。
「…少し。でも大丈夫です。僕、風邪ひかないのがモットーなので!」
赤くなった鼻を啜りながら、僕は笑顔を作って見せた。
照さんは、その鋭い眉の片方を小さくピクリと上げて言った。
「…バカだからか?」
「あー!違いますよぉ、身体が頑丈なんです!」
思わずむっとして、子供のように頬を膨らませて抗議すると、
「っいひ、…どうだかな?」
「もう…照さん、意地悪です。」
僕のその様子がおかしかったのか、くっくっ、と照さんの端正な口元がイタズラっぽく緩んだ。
《悪い悪い、》と僕の頭をぽんぽんと大きな掌で軽く叩きながら漏らす、その蜂蜜のように甘い笑い方につられて、こちらもふっと笑顔が零れてしまう。
けれど、僕の身体は、僕の強がりを証明してはくれなかった。吹き込んできた風が濡れたインナーを容赦なく冷やし、肩が小さく、けれど激しく震え出す。
それを見た照さんは、今度は何も言葉を発しなかった。ただ静かに瞳を細めると、再びあの美しい銀色のフェンリルへと姿を変え、その強靭で大きな身体を僕の直ぐ後ろへと滑り込ませるようにして伏せた。
『ほら。』
「え?」
『こっち寄れ。』
一言だけ。不器用な優しさに胸を突かれながら、おずおずとその巨大な身体へ寄りかかるようにして体重を預ける。すると照さんは、太く長い、ふかふかの尻尾をふわりと持ち上げ、まるで上質な毛布のように僕の背中から身体へと、優しく巻き付けてくれた。
「………わぁ…!」
思わず、驚きと感動が混ざったような声が漏れる。 温かい毛並みに包まれた瞬間、指先まで冷え切っていた身体の隅々へ、じんわりとした極上の温もりが広がっていく。
「そういえば、この雨なのに、全然濡れてないですね?」
不思議に思って、ふかふかの尻尾を眺めながら尋ねてみる。
『翔太が風魔法をかけてくれたからな。』
「風魔法…。」
思わず復唱する。あんなに無愛想な翔太さんが、裏でそんな優しい気遣いをしていたなんて。あの住処の幻獣たちは、本当に凄くて、神秘的で…そして、優しい。
暫くその至高の温もりに包まれて、蕩けるような心地よさを味わっていると、ふと胸の中に小さな好奇心が芽生えてしまった。
「あの、」
『ん?』
「…撫でてみても、いいですか?」
僕の不躾な願いに、照さんは耳を少しピクリと動かし、首を傾げた。
『まぁ…いいけど。』
「ありがとうございます!…失礼します…。」
少し素っ気ない承諾を聞いた瞬間、僕は待ってましたとばかりに、そっと凍えかかっていた手を伸ばした。銀色に煌めく首元の、一番毛並みが密集している場所へと、恐る恐る指先を埋めていく。
「…!」
言葉を失った。柔らかい。想像していたよりも、何十倍、何百倍も。まるで雲に触れているかのようにふかふかで、それでいて一本一本の毛はシルクのようにさらさらとしている。指を滑らせる度に、銀色の毛並みが洞窟の薄暗い光を受けて、優美な川のように波打って揺れた。
「うわぁ…凄い…!」
あまりの感触に、僕を忘れて夢中になって撫でてしまう。
「やっぱり照さん、あったかいです。」
『………、そうか。』
照さんはバツの悪そうに、僕の視線から逃れるようにそっと目を逸らした。けれど、頭の上にぴんと立っている二つの大きな耳だけが、ほんの少し、照れくさそうにぴこぴこと左右に揺れている。それが愛おしくて堪らなくて、更に指先を優しく動かした、まさにその瞬間だった。
グルルル…
照さんの深く低いところから、静かに響くような喉鳴りの音が聞こえてきた。
「ふふ。」
嬉しさと愛おしさがこみ上げて、思わず笑みが零れてしまう。
「可愛い…。」
『…うるせぇ。』
そう、いつものように僕を突っ撥ねるような言葉を返してきた癖に、その愛らしい喉を鳴らす音だけは、さっきよりも少しだけ大きくなっていた。
(照さん…撫でられるの、本当に好きなんだ。)
こうちゃんが教えてくれた言葉は、どうやら本当だったみたいだ。
それがとても嬉しくて、僕はもう一度掌全体を使ってゆっくりと慈しむように首元を撫でた。美しい銀色の毛並みは、僕の細い指の間を心地よい摩擦と共にさらさらと流れていく。 自然と、これまでにない深い安心感とともに、笑みが零れた。
「なんだか、凄く安心します。」
本当に心からそう思って零した一言に、照さんの大きな身体が、ぴくりと小さく震えたような気がした。
(、…あれ?)
温もりに包まれていると、突然、どうしようもない程の睡魔が襲ってきて…瞼が鉛のように重くなる。
一定の睡眠薬のように響き続ける、単調な雨音。 外界から切り離されたような、この静かな洞窟の薄暗さ。 そして何より、僕を包み込んでいるこの圧倒的に大きくて、優しくて、温かい──照さんの体温。
その全てが心地良すぎて、冷え切っていた僕の防衛本能を完全に溶かしてしまっていた。
「あの…、すみません。」
ふわぁ、と大きな欠伸が一つ、口から漏れ出す。
「なんだか、急に眠 く…。」
最後まで言い終わる前に、僕の身体から完全に力が抜けた。 照さんのふかふかの首元に額を預けたまま、僕は意識の深い海の底へと、優しく沈んでいった。
『え。』
思わず声が漏れた。
腕の中──否、俺の身体にぴったりと寄りかかった佐久間から、完全に力が抜けたのが分かった。一瞬、凍死でもしたんじゃないかと心臓が跳ね上がったが、直ぐに胸元から微かで温かい呼吸の気配が伝わってくる。
『おい、佐久間。』
一応呼びかけてみるが、当然のように彼からの返事はない。
『……佐久間?』
銀色の毛並みに、その赤くなった鼻先をすっぽりと埋めたまま、彼はすうすうと、穏やかで規則正しい寝息を立て始めていた。あろうことか、彼の身体を包んでいた俺の尻尾を両腕でぎゅっと大事そうに抱き締めながら。
『………。』
俺は、完全にその場で置物のように固まった。
人間の姿に戻れば、その気配でこの警戒心ゼロの男であっても流石に目を覚ますだろう。かと言って、この大きな狼の身体を少しでも動かせば、抱き締められている尻尾ごと、佐久間の小さな身体を大きく揺すり起こしてしまうことになる。
『…どうしたらいいんだ。』
何百年も生きて、幾多の強敵と戦い、過酷な冬の山を越え、多くの修羅場をくぐり抜けてきたというのに。まさか『自分を抱き枕にして幸せそうに眠ってしまった人間を、起こさずにどう動かすか』という、これ以上ない程平和でしょうもない問題で、本気で頭を抱える日が来るなんて思ってもみなかった。
結局、そのまま動くこともできずに、ただ時間だけが静かに過ぎていく。静まり返った洞窟の中には、少しずつ勢いを失って優しくなっていく雨音と、俺の身体にぴったりと密着した彼の、温かくて穏やかな呼吸音だけが、やけに大きく、等間隔に響き続けていた。
コメント
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なでなで気持ちよさそう💛 一気にここまで読みました 辛い過去がありながら 優しくて、守ってくれて どうか酷い目に遭いませんように🥹
愛ぃ💛🩷