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スタートヽ(*^ω^*)ノ
翌朝。
カーテン一枚隔てた隣からは、いつもと変わらぬ物音が聞こえる。
だが、キヨは布団の中で身を縮めたまま動けずにいた。
――いつもなら、朝一番に「おはよーっ!」と声をかけていた。
それが今日はどうしてもできない。
昨晩のことが脳裏に蘇ってしまい、胸がドキドキと落ち着かないのだ。
(……レトさんに、あんな……あんな姿見られて……っ)
頬を枕に埋め、もじもじと体をくねらせる。
そんなときだった。
「……おはよう」
カーテンの向こうから、小さな声がした。
レトルトの方から、初めての挨拶。
キヨは一瞬ぽかんと目を丸くしたが、すぐに顔を輝かせた。
『……っ! ……お、おはようございますッ!』
「なんで敬語なんだよ笑」
くすくすとレトルトは笑っていた。
さっきまで布団に潜っていたのが嘘のように、声は弾み、瞳はきらきらと輝く。
耳まで真っ赤に染めながらも、心の底から嬉しそうに返事をするその姿に、カーテンの向こうでレトルトは小さく微笑んだ。
朝食のトレーが運ばれ、カーテン越しに「いただきます」と声が重なる。
しばらくは咀嚼の音だけが静かに響いていたが、やがてレトルトの小さな声がカーテンの向こうから届いた。
「……昨日のキヨくん……いやらしくて、可愛かったわ」
『ぶっっっ!!?』
キヨは盛大にご飯を吹き出し、慌てて口を押さえる。
顔は耳まで真っ赤に染まり、涙目になりながら叫んだ。
『な、な、なんだよ急に!!!朝からやめろーー!!』
その必死な声に、カーテンの向こうから小さな笑い声が漏れる。
「ふふっ……やっぱ可愛いなぁ」
『もぉ〜〜〜っ!!』
両手をバタバタさせながらアタフタと片付けるキヨ。
恥ずかしさを振り払うように食器をトレーにまとめると、勢いよく立ち上がった。
『……お、俺リハビリ行ってくるっ!』
そう言って、顔を赤いまま病室を飛び出していく。
残されたレトルトは、カーテン越しにそっと声をかけた。
「……いってらっしゃい、キヨくん」
その声は柔らかく、どこか嬉しそうで。
出て行ったキヨに届くことはなかったが、病室の空気はほんのり甘く温かさを残していた。
昼過ぎ。
病室のドアが開くと、フラフラと足取りのおぼつかないキヨが戻ってきた。
『はぁ……つっかれたぁぁ……』
ベッドに腰を落とし、タオルで汗を拭きながら、どこか誇らしげに笑う。
『でも! 今日は歩く距離、昨日よりちょっと伸びたんだよね!』
得意げに成果を発表するキヨの声に、カーテンの向こうでレトルトが小さく笑った。
「えらいやん、キヨくん。……今日もよく頑張ったね」
その優しい声に、キヨの胸がじんわりと熱くなる。
『へへっ……で、レトさんは? 今日は何してたの?』
「んー……本読んで、昼寝して……。キヨくんが帰ってくるの待ってた」
嬉しそうに返す声があまりにも可愛くて、キヨは顔を隠すように枕に突っ伏した。
そんなふうに、昼間は今日の出来事を報告し合い、笑い合う。
そして夜になると、カーテン越しに手を伸ばし合い、互いの存在を確かめ合う。
指先に唇を寄せるたびに胸が高鳴り、舐められるたびに体が熱を帯びる。
穏やかで、けれどどこか刺激的な時間。
お互いに想い合っていることは、もうとっくに気づいていた。
だがその想いを口にする勇気だけが、まだどちらにもなかった。
そんな穏やかで刺激的な日々が続いていたある日のことだった。
リハビリからフラフラになりながら病室に戻ると、カーテン越しにいつもと違う声が聞こえてきた。
耳を澄ませる。
――優しく、丁寧で、少し若い。
話をきいていると、どうやら最近やってきた研修医らしい。
「レトルトくん、今日から一緒に頑張ろうね」
顔は見えない。
でもカーテンの向こうでレトルトがめんどくさそうに応えているのが、手に取るようにわかる。
「……はい。よろしくお願いします。」
そのやり取りを聞いていたキヨは、思わず笑いを堪えた。初めてレトルトに会った時も無愛想に返事をされた。そんな事を思い出してながらカーテンごしに二人の話を聞いていた。
「レトルトくん、凄く可愛いね」
研修医の言葉にキヨは驚く。
『は??』
心臓が少し速くなる。
胸の奥に、これまで感じたことのない不意の感情――嫉妬のような、独占したい気持ち――が湧き上がってくる。
(…あいつ…俺の、レトさんに……っ)
頭の中でその思いが繰り返され、視界が少し熱を帯びる。
昨日までの穏やかさはどこへやら、心の奥で小さな嵐が巻き起こっていた。
事あるごとに研修医はレトルトの元にやってきた。
カーテン越しに優しい声が響く。
「レトルトくん、調子はどうかな?」
それに応えるレトルトの声は、いつも通り無愛想で、短く淡々としている。
(……レトさん、嫌がってんじゃん。早くどっか行けよ……っ)
キヨの胸の中で、小さな呟きが渦を巻く。
ひとしきりの会話が終わると、研修医は病室を後にした。
カーテンの向こうから聞こえる足音が遠のき、静けさが戻る。
『「はぁ……」』
キヨもレトルトも、同時に大きなため息をついた。
その瞬間、二人の目線はカーテン越しに合う。
苦笑いしながら、息を揃えたかのように笑い合った。
『……なんだよ、俺ら息ぴったりだな』
「ふふ……ほんまやな」
互いの存在を確認するだけで、二人の距離はいつもよりぐっと近づいた気がした。
続く