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——これはまだ、メンシス・ラン・セレネ公爵が七歳の頃の話である。


『……あラ、カカ様が死んだワ』

『アァ、死んだネェ』


よく晴れた日。公爵家の敷地内にある大きな木に寄り掛かり、ロロ、ララと共に休憩を取っていたメンシスの側で二匹がとんでもない事を口にした。その瞬間、メンシスが手に持っていた本をバサリと地面に落とした。碧眼の美しい瞳は焦点が合わなくなって光を失い、彼はブツブツと何かを呟いているがなんと言っているのか全くわからない。いつの間にやらメンシスの手には神力で創り出したナイフが握られ、彼は一切の迷いも無くそのナイフを自らの首に当て、それを横に引こうとした事に気が付いたロロは、すかさずナイフごと尻尾で叩き落とした。


『早まっちゃダメダゾ、トト様』

『そうヨ。落ち着いテ、トト様。今のカカ様なら問題無いかラ』


だが彼は聞く耳も持たずに二本目をその手の中に創り出し、今度はナイフを腹に持っていこうとした。そんなメンシスの顔にロロが両手を押し当てる。ぷにぷにとした肉球が彼の目の当たりにジャストフィットし、優れた癒し効果のおかげで多少は我を取り戻したメンシスの手からカランッとナイフが地面に落ちていく。柔らかな感触と心地良い高めの体温でモニュモニュと顔を押され続け、緩やかに持ち直したメンシスが、「……すまない」と小さくこぼした。

まったく……と言いた気にララが呆れ、メンシスの顔を見上げる。

『落ち着いてサーチしてみテ、トト様』と言い、ララがメンシスの脚に手を乗せる。その言葉を合図としてメンシスがカーネの鼓動を必死に探すが上手くいかない。いつもいつもいつも、いつもそうだ。胎児の時点で“ティアン”が“カーネ”の体を奪ったせいで歪な存在となってしまったせいで、彼の力を持ってしても簡単には探し出せないのだ。それでも根気強く続けているうちにやっと鼓動を見つけ出し、メンシスはやっと安堵の息をついた。


(……悪い冗談、だったのか?)


ロロの肉球に目元を覆われたままメンシスは一瞬そんな事を考えたが、すぐに否定した。この子達は物騒な冗談を言うタイプではない。しかも『カカ様が死んだ』なんて、冗談であっても口にすれば、自分がどういった行動を取るかなんて簡単に想像が付くはずだ。と言うことは——……


本当に、カーネが死んだということになる。


「……彼女に、何があったんだ?」

なかなかに滑稽な状況のまま、二人に対して真顔で訊く。するとロロはやっとメンシスの顔から大きな手を離し、当然の様に彼の膝を陣取った。

『アレ?話していなかったッケ?』

『どうも話していなかったみたいネ』

ロロの問い掛けにララがそう返した。

『——あのネ、トト様。落ち着いて聞いて欲しいノ』

赤い瞳をウルッとさせて、ララがメンシスを見上げる。「わかった」とメンシスが答えると、ロロとララが揃ってほっと息を吐き出した。


『実はネ、カカ様はネ、生後すぐに一度死んでいるノ』


「……」

落ち着いて聞けと言われていても、メンシスの心がざわつた。やはり早々にシリウス公爵家は取り潰さねば気が済まないと苛立ちが募る。

『でもネ、今世でのカカ様は“鏡”の“聖痕”持ちだかラ、その死を跳ね返して今も生きているノ。そのおかげで“スティグマ”持ちの罪人共にも決して殺せないから安心してネ』

『テラアディア様も前回の惨劇には相当怒っていたし、心を痛めてもいたカラ、次は何があってもいいようにって配慮からのものじゃないカナ』

「……あの時は、珍しく感情的になって、全てのヒト族から御自分の“加護”を取り上げたくらいだからな……。確かに、その怒りは察するに余り有るか」

納得し、メンシスが頷いた。カーネへの神の配慮には感謝しか感じられない。“神”なんぞ会った事も見た事もない存在だが、常に感じる気遣いと月明かりの様な優しさには本当に癒される。だがこの感覚も、メンシスが月の女神・ルナディアの“祝福”持ちだから感じられるものらしい。

「生後間もなくの一件は、やはり母親のイェラオ・シリウスの仕業か?」

『そうダヨ。“スティグマ”持ちじゃなかった事が気に入らなかったみタイ。あんなものはゴミ屑でしかないノニ、バカみたいだヨネ』と、呆れ顔でロロが言う。

『あれモ、“スティグマ”を“聖痕”だと信じきっていたかラ、仕方がないワ。でもそのおかげデ、カカ様に“魔法陣”の能力が戻ったんだかラ、むしろ感謝しないト』

“スティグマ”持ちは様々な能力を持っていて、カーネの母親であったイェラオは“魔法陣”の印のおかげで魔法を扱う事に長けていた。自分の死をきっかけに、その能力を引き継いだカーネも今は魔法が扱える。だがどうも、その事は周囲には隠しているみたいだ。


「……もしかして、“スティグマ”持ちが死ねば、彼女にその力が戻るのか?」


前のめりになりながら、メンシスが訊く。その目には仄暗い悪意が宿っている。何か良からぬ考えを抱いている瞳の色だ。

『ウン、受け取る器が半分だけはあるかラネ。まぁ……五百年以上ぐるぐると使い古された能力だから、もう残りカスみたいなものだけドサ』

残念そうにそう言って、ロロが深いため息をついた。

『だからッテ、トト様が手を下したらダメだヨ』

何故だ?と心底不思議そうな顔をメンシスがしている。その表情を見て、ララは言っておいて正解だったなと思った。


『アイツらが直接カカ様に手を下す事ニ、意味があるノ』

『過去世からの“縁”を切らせる意味合いがあるんダヨ』


その話を聞き、メンシスが「なるほど」と言って納得顔になった。だがすぐに、苦虫でも噛み潰したみたいな表情に変わっていく。

「……だが、そんなの、残酷過ぎるだろ。その度に彼女は痛い思いをするんだぞ?」

簡単に切れる様な縁ではないからだろうとはわかってはいても、心から納得なんか出来やしない。感情のままに唇を噛んだせいでメンシスの口元からは血が流れ落ちる。気持ちが理解出来る分、ロロもララも、何も言葉を掛けられなかった。


『——サテ。そろそろ一仕事してこよウカ、ララ』

『そうネ、ロロ』

二匹がゆらりと尻尾を揺らして歩き出す。その背に向かい、メンシスが「何処に行くんだ?」と声を掛けた。

『カカ様がされた事ヲ、そっくりそのまま返してあげるノ』

『そしテネ、“審判の間”で己の罪の重さを実感させてやるノサ』

ニタリと笑った二匹の笑顔を前にして、メンシスの背に寒気が走った。と同時に、羨ましい気持ちにもなる。


(自分も何かしてやれたら良いのに……)


侍女経由で細々と手助けするくらいしか出来ない事がもどかしい。

「……私の分も、しっかり頼むよ」

メンシスが力なく微笑むと、『『…… 任せテ』』と返して二匹が消えていく。結果報告を待つだけの自分に苛立ちを感じつつも、いつか絶対、ロロとララ彼らを、カーネを幸せにしてみせるとメンシスは改めて誓ったのだった。



【番外編『報告』・完】

ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

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