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「痛っ!」
「久しぶりに叩いたよな。あー爽快爽快」
イケメンな顔を歪ませて自分を睨む友人の表情がどうにもおかしくて、橋本は締まりのない笑い声をたてた。運転席の後ろの座席に誘導すべく、榊の重たい足を進ませるのに後ろに回り込み、自分よりも大きな背中を押してやる。
妙にテンションの高い橋本に、榊は抵抗することなく、後部座席にすんなりと座った。
和臣のときと同じようにドアを静かに閉めて、さっさと助手席に乗り込む。すると後ろにいるふたりの話声が、ボソボソッというふうに橋本の耳に聞こえてきた。
「――、何かしたの?」
「別に、何もしてな――」
「恭介のバカが、宮本にヤキモチ妬いたんだよ。笑えるよな」
橋本はふたりの話を瞬時に理解し、唐突に乱入した。榊の声に被せて、後ろにいる和臣に話しかける。
「恭ちゃんがヤキモチ?」
「橋本さんっ!」
和臣に知られたくなかった榊は橋本に向かって、怒りのこもった言い方をした。
「みなさん、シートベルトをきちんと締めてくださいね。出発しますよ」
得意げにニヤける橋本に、ムスッとした榊、ちょっとだけ困った顔の和臣というカオスな状況でも、宮本はいつも通りのおっとりした雰囲気を醸しながら声をかけた。
「交通事故の死亡率が高い助手席にいる俺は、しっかり締めたぞ。恭介も早く締めろよ」
「俺も締めました!」
「和臣くんもバッチリだね。雅輝、出発してもいいぞ」
運転手の代わりに後部座席を素早くチェックし、インプを出すように促す。手際のいい橋本に、宮本は笑いかけながら小さく頷き、ハザードを右ウインカーに変えてから、ゆっくりとインプを発進させた。
適度に交通量のある道なりを、難なく走行させる宮本を橋本は横目で捉えつつ、後ろにいるふたりが楽しめる話題を考えた。
ハイヤーのドライバーとして運転技術はもとより、お客様との会話をいかに盛りあげることができるか、実はそこが難しかったりする。
和臣が知らない、榊のおもしろい話でもしてやったら大層喜ぶだろうなぁと、いろいろ探してしているときだった。
「僕、はじめて見ました。橋本さんが運転しないで助手席にいることが、なんだかすっごく新鮮です」
ちょっとだけ身を乗り出した和臣が、弾んだ声で橋本に話しかけた。
(――確かにそうだよな。恭介をハイヤーに乗せてるときは、必ずハンドルを握りしめてるわけだし)
「あー、そうか。いつも恭介を乗せて走ってるから、そう見えるのかもな」
進んで話しかけてきた和臣に橋本は振り返り、にこやかに微笑みながら相槌を打つ。視線はふたりの重ねられている手元に留まったが、知らないふりをすることにした。
「橋本さんがハイヤーを運転してるときの格好で、助手席に座っていたら、自教の教官に見えちゃいますね」
「そういや和臣、自教の教官と言えば昨年末辺りに、熱心に見ていたネットの動画があったよな? 国産車のディーラーが、自社の予防安全機能を宣伝するために作ったやつ」
楽しげに喋る和臣につられたのか、榊がネタを提供してくれたので、それにのっかるべく、さりげなく様子を窺う。
「恭ちゃん、よく覚えていたね。軽自動車のディーラーのやつだよ。僕、どっちも捨て難くて迷っちゃったんだ」
偶然橋本が知ってる話題だったので、会話に参加しなければと、ここぞとばかりに口を開いた。
「それって俳優のTさんが、優男教官と俺様教官を演じてる動画だったっけ?」
「それですそれです。いつものスーツ姿だったら橋本さんってば、Tさんにそっくりだなぁって。ね、恭ちゃん」
「ああ。和臣ってば何回もあの動画を再生して、どっちがいいか吟味してたよな」
ふたたびヤキモチモードに入った榊を弄り倒してやろうと、タイミングを計った。
「僕が運転する横に、恭ちゃんが教官として指導しているところを妄想して、どっちが胸キュンするかを悩んでいただけだよ」
照れくさそうに言いながら、ちょっとだけ躰をぶつける和臣の笑みにやられたのか、榊の表情がいくぶん和らいだように見えた。
「胸キュンね……。そりゃあ、どっちも悪くないんじゃねぇの? だって恭介だし」
榊に向かって橋本が意味深な視線を投げかけると、あからさまにギョッとした顔になった。
「橋本さん、茶化すのやめてください。対処に困ります」
(これ以上、恭介を困らせてもかわいそうだしな、しょうがないか――)