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#年の差
.。 .:・.。. .。.:・
桜子とシオンは、新幹線の駅の待合室の横にある、小さなカフェに入った
山口県のローカル新幹線の駅は、桜子が想像していたよりもずっとこぢんまりとしていた、ホームへ続く改札の前には天井の低い待合室が広がり、使い込まれた木目調のベンチに、買い物袋を提げたお年寄りが数人ポツリ、ポツリと腰かけている
土産物の棚に並ぶ地元の銘菓・・・時刻表を見上げる人の背中・・・人々はどこかのんびりとしていて、新大阪駅のような民族大移動の急かす空気はどこにもなかった
その待合室の隅のカフェのテーブルに二人は席を取った、簡易式のセルフマシンでコーヒーを淹れてレジで会計をするだけの、飾り気のない店だ
「僕、甘いものが好きなんです」
シオンはそう言って、ショーケースの中のチーズケーキを二つ注文した、どこかの工場から一括で発送されているのだろう、よく見かける陳腐な見かけのチーズケーキだった
それでもフォークを入れて口に運ぶシオンの顔は本当に幸せそうだった、そんな素朴な彼を見て微笑ましくなって、桜子は笑った
ここから見える駅前のロータリーには農協のマーケットのトラックが停まり、荷台に積まれた取れたての野菜がズラリと売られている
地方に来ると、どの野菜も妙に魅力的に見える、買って帰りたいけど、一人暮らしで小食を心がけている桜子には持て余すだけの無駄な出費だった、桜子は小さくため息をついて視線をカップへ戻した
向かいに座るシオンはここまで歩いてくる間にすっかり落ち着きを取り戻していた、書店でのあたふたした姿が嘘のように今は平静である
そして・・・どういう訳か、一瞬ごとに彼はみるみる素敵さを増していくように桜子には見えた
「ここの地元では、僕みたいなのは珍しいんですよ」
「珍しい?」
「こんな田舎に生まれた男の進路って、公務員かヤンキーしかないんです、僕はそのどちらにもなりそこなった、ただの陰キャです」
自嘲気味に笑う彼に桜子は首をかしげた
「でも、とても暮らしやすそうな町ね」
「ああ、そうですね、地方はどこもそうですけど年寄りしかいないので町はとても静かですよ、規模は小さいですが、スーパーもコンビニもありますし、週末には大勢の人が農協で作物を売るので僕は辺鄙な感じはしません、むしろ、大阪や東京に行くと、人の多さで目を回します」
「それなら、執筆には最適な環境かもしれないわね」
桜子は、ふと当たり前の質問を口にした
「袴田さんはご実家住まいなの?」
小説を書いて家族を養えるのは上位一パーセントの人間だけだ、そのことを桜子は身に染みて知っているので作家ならごく当たり前の質問だった、シオンは少しだけ寂しそうに微笑んだ
「父を幼い頃に亡くしまして、母はもう随分前に再婚して別の家庭があります、僕は・・・おばあちゃんに育てられたんですが、そのおばあちゃんも数年前に亡くなりました」
シオンのフォークを置く音が小さく響いた
「今は気ままな一人暮らしです、まあ・・・執筆するには最高の環境かもしれません、自分の食べる口だけ稼いであとは好きな創作をして生きていける」
桜子の胸が静かに痛んだが、作家とは不思議で大勢の人に囲まれて生きていると良い作品が書けない、孤独な中に傑作が出来るものだ
「寂しくない?」
「そうですね、寂しいと言えばそうかもしれません、でもそれよりも誰の目も気にしない気楽さの方が今は勝っています、どこかに行こうと思えばカバン一つで、何処へでも行けますから」
「わかるわ」
桜子は深く頷いた
「独身の『孤独』と『気軽さ』は、天秤にかけられないものね」
「僕の自堕落な生活や見た目を煩く言う人もいませんしね」
シオンは伸び放題の髪の一房をつまんでいたずらっぽく笑った、その笑顔を見たとき桜子は気づいた、自分達が底知れない「好奇心」という湖の縁に危なっかしく立っていることに
彼について知りたいことが、桜子の中にはいくつもいくつも湧いてきていた
「あなたは何歳なの?聞いても大丈夫かしら」
「いえ、全然構いませんよ」
シオンは身を乗り出した
「でも、その前に僕を何歳だと思うか先生がまず教えてください、もったいぶっているわけじゃなくて、単に何歳に映っているのか知りたいんです」
「そうねぇ~・・・」
桜子はその機会をとらえて、腕を組んでもう一度彼を上から下までじっくりと見た、黒縁眼鏡の奥の色白の顔・・・毛量の多い、真っ黒な髪・・・彼将来絶対にハゲないだろうとどうでもいいことを思ってしまう
皺のない肌艶からすればかなり若い・・・けれどおばあちゃんに育てられたというだけあって、若いのに仕草や話す雰囲気は落ち着いている
桜子は人の年齢を当てるのが得意なほうではなかったし、彼に関しては二十八から四十までのどの年齢でも当てはまりそうで、まったく読めなかった
「三十代の・・・半ばかしら?」
「三十二です」
シオンはにっこりと微笑んだ
―三十二・・・―
自分と十歳も違う・・・急に若い彼を目の前にして自分が老け込んだ老婆になったような気がして、思わず肩が落ちた
コメント
2件
お二人さんいい感じたね😌桜子にシオンくんと幸せになってほしい気もするけど…一度ついた嘘の代償ははかり知れないね。 今後おとずれるいろんなしわ寄せに苦しむことにならないかしら🤔
うわあ、今回のエピソード、すごく空気感がいいですね…。山口の小さな駅で、二人きりのカフェ。シオンの「父を亡くして母は再婚、祖母ももういない」って背景、さらっと出てきたけどじわじわ来ました。「寂しいと言えばそうかもしれません」の返しに、桜子も「わかるわ」って頷くところ、お互いの孤独を感じつつも共鳴しあってる感じがすごく好き。 そして「三十二歳」って聞いて、桜子が「自分が老婆になった気がする」って落ち込むところ、思わず笑ったけど切なくもある…。歳の差も気にしちゃうよね、この距離感がこれからどう動くのか続きが楽しみです!