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「若くていいわね・・・いい年齢だと思うわ、それと私の年齢は聞かないでね、悲しくなるから」
フフッ・・「美木先生のプロフィールは暗記しています」
「え?」
二人の視線がバチッとぶつかった、シオンの顔がみるみる赤く染まっていく、桜子もまた頬が熱くなるのを感じて慌ててコーヒーカップを持ち上げた・・・数秒のいたたまれない沈黙
先に動いたのはシオンだった
「あ、あの・・・えっと、その、あれです!僕の作品の話なんですけど」
彼の話題はあっちへ飛び、こっちへ飛んで最後には自分の作品の悩みへと着地した、桜子は内心ほっとしながら、出来るだけ明るい笑顔で彼の話に耳を傾けた
「私も『あの虹』が売れるまでは、何を書いても悲惨な結果だったわ」
桜子はカップの縁を指でなぞりながら言った
「だから、誰かが自分の作品を読んでくれるというのは決して当たり前の結果じゃないっていつも思っているの・・・どんなに良い作品でも、誰も読んでくれなければ存在しないも同然だから」
「(森の木が倒れても、辺りに誰もいなければ音はしない)ということですね」
フフ・・・「たとえがもうすでに優秀な作家ね」
桜子は感心して笑った、それから少し遠い目をした
「そう・・・見ず知らずの人が、苦労して稼いだお金を払って私の書いたものを読んでくれる、それはすごいことよ、信じられないことだわ、最高の気分、でも・・・この気分を味わえる作家はほんの一握りなのよね・・・もっと自覚しなきゃ、私だって売れない時期が本当に長かったから」
シオンは肩をすくめた
「でも、賞を取ったとはいえ・・・何を認めてもらったのか・・・僕の作品はあまり面白くないんじゃないかといつも悩むんです・・・」
彼はシュンとして言った、安い慰めなどしたくなかった、この青年はそんなものを求めてはいない、桜子は少しだけ考えてからゆっくりと口を開いた
「ん~・・・これは決して慰めの言葉じゃなくて、私が常に思っていることなんだけど・・・」
シオンが顔を上げた
「『自分の作品は面白くない』と思って悩んでいる作家さんは、世の中にたくさんいるじゃない?」
「はい」
「でも・・・その作品は作家が知らないだけで、誰かにとってのバイブルかもしれないし、また別の誰かにとっては、振り返るとつい思い出してしまう作品かもしれない・・・さらに別の誰かにとっては、書いた本人すら知らない勇気を植え付けてくれた作品かもしれない・・・」
桜子の声は静かだった、けれどその言葉だけは嘘のない熱がこもっていた
「そして・・・その作家さんは、そんな誰かにとっては尊敬される芸術家で、スターなのかもしれないって・・・」
シオンはじっと桜子を見つめていた、前髪の隙間の瞳が微かに潤んでいるように見えた
「それが一人だろうと、十人だろうと、作品を応援してくれる方々の心の広さは計り知れなくて、いわゆる売れ筋の人気作と比べることなんて出来ないと思うの・・・だから自分を低く見積もらないでね・・・自分は偉いって時々自分を抱きしめてあげてることも必要じゃないかしら」
窓の外では農協のトラックの前に、買い物客が集まりはじめていた・・・遠くで新幹線の到着を告げるアナウンスがくぐもって響いた
桜子にとってこれは気休めでも何でもなかった、自分の言葉で自分の作品を世に出している作家は全員が凄い、それは心からの本心だった・・・そこで都合の悪い所へ思考が行くのをやめた
「書けるまで書き続ければ、書けるようになるのが文章よ・・・そして面白い話を書き続けるためには苦しみが伴うわ・・・平凡で単調な日常から、私達の時代の特別な物語を引き出すのは、実は苦悩した書き手の独自の視点から始まるのよね・・・」
そう言いながら、桜子の脳裏には何人かのモンスター作家の顔が浮かんでいた・・・どれだけ誹謗中傷を浴びようと、いまだにバリバリの兼業作家として、これでもかと新作を出し続けている「春ウララ」・・・
車椅子で生きているだけでも不自由なのに、パソコンさえなく、スマホ一本で見事な傑作を書き上げた「柚原希実」・・・
どこからあの熱意が生まれるのか、小説への愛に目覚め、逞しい想像力と忍耐と技術で・・・そんな自分の思いを文章にする楽しさを心得ている人達、あの人達は書くことを止めなかった、今まさに桜子はそんな彼女達の圧倒的な実力の差に打ちのめされていた
―それに比べて、今の私は・・・―
桜子はそっと目を伏せた・・・冷めかけたコーヒーの表面に自分の顔がぼんやりと映っていた
「なんて・・・偉そうなこと言っちゃったわね、ごめんなさい」
「いえ、憧れの作家さんにそんな言葉をもらえたなんて・・・」
シオンは瞳を輝かせて言った
「今日ほど小説書いててよかったなと思ったことはありません」
コメント
2件
桜子のこと、やっぱり嫌いになれないなぁ🥺本人が招いたことだけど、桜子は今の有り様もどかしいだろうね😔
このエピソード、すごく沁みました。「自分の作品は面白くない」と悩むシオンに、桜子が「誰かにとっての♡♡♡ルかもしれない」って返すところ、胸が熱くなりましたね。創作に真摯に向き合う人同士の会話だからこそ、ここまで響くんだと思います。第46話、まだまだ物語の渦中にいる感じがして、続きが気になります。