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――同年四月末――






『申し訳ございませんでした!』


先刻まで吸っていた空気の味が、未だ舌にへばりついていた。社長を前に頭を下げて謝罪した。精一杯謝った。先輩である玲奈さんに多大な迷惑をかけ、ほかの先輩方にもこれから自分の分の仕事が回る。それらの事実が晃一を苦しめた。全てを美蘭のせいとしたいのに、そう思えない自分への自己嫌悪。


俺はこれで職を失うことになるのだろうか。ああ。あの時、社長の見せてきた写真はあまりに決定的であった。会社のスーツで堂々と赤信号を渡る姿が、ブレもなくはっきりと映っていた。


あれは確かに自分だった。しかし、絶対に自分ではないという風にも同時に思った。それがいつからかは定かではないが、社会に出て必死になっているうちに、いつしか脳に蛾が住み着いていた。 その写真にいた自分を動かしていたのは、間違いなくその蛾であった。普段、いや、以前の俺であれば職務中に気を抜くようなことはなかった。あったとして、赤信号に気づかないはずがなかった。


しかし、あの写真を見た瞬間に『ああ、俺がやったんだな』と理解できた。そんな自分がなんとも恐ろしく歪な何かに思えた。それも、他人事のように思えた。


「ねえ、今日の業務無くなったじゃない?」


オフィスの前、たがいにそこへ踏み込めずにいた静寂。それを断ち切るように玲奈先輩が言った。


これは嫌味だろうか。この向こうで働く仲間はあなたのミスのおかげで苦しみますよと、そう言いたいのだろうか。だが残念ながら、俺に悪いことをしたという感覚はない。あれをしたのは、馬鹿の一つ覚えに見える光を追う、考えなしの蛾なのだから当然だ。


「そうですね。誰かが肩代わりする羽目になるんですかね」


「いや、そうじゃなくてさ。この後暇でしょ。ちょっと付き合ってよ」


突然の言葉に思考が一瞬固まる。この先輩は確かに俺の教育係ではあるが、無口で厳しい性格と聞いていた。実際にあった時にも、強くそう感じた。その先入観が、今目の前の彼女と不一致を起こし、俺に単純な思考をさせた。知りたいと思った。


「はい」


機械的に答えると、彼女が扉を開いた。机に置いていた俺のバックをこちらへ投げつけてきた。


「それじゃあ、行こうか」


若干早足で歩く彼女の速度は、男女が横並ぶにはちょうどよいものだった。

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