秋時《あきとき》、と、守満《もりみつ》が、問い詰めるよう、その名前を呼んだ。
「な、なんでしょうか?」
「その噂は、本当なのかい?」
「いやいや、あのですね、噂ですから、本当もなにも……」
「晴康《はるやす》は、どう思う?何か、心当たりがありそうだが?」
おっと、失礼、と、言って、晴康は、立ち上がる。
「琵琶法師、いえ、お師匠様を、そろそろ、お見送りせねば」
「ならば、私が!」
自分の仕事であると、常春《つねはる》も、立ち上がる。
「常春、タマに噛まれた書物をどうする?」
「はっ?!あのっ?!それは、それなり、困りますが」
常春は、様子のおかしい守満を怪訝に見た。一体、何が言いたいのだろうと、思っている隙に、晴康が、東の対屋へ向かって行ってしまった。
守満は、自分をお師匠様に会わせたくないのだろうか。
もしや、迎えが遅いと、ヘソを曲げられたか。
ここは、じっとしていろと言うことだと思い、常春は、そのまま、とどまった。
「さて、みんな、信じられるかい?」
守満は、一同に問いかける。言い出しっぺの、秋時までも、そんなバカなと、口走しってしまうほど、本当に、あり得ない事が、姫君の身に起こっていた。
「ですからね、もう一度、言いますよ!その後、姫君の、腹が、大きく膨れ上がったのです」
「……秋時、それって」
「はいはい、身籠った、と、誰でも思いますでしょう?しかしですね、それは、たった、一晩で、おこったというのですから、こりゃ、びっくり!」
「本当、びっくりしますわね」
「ああ、守ちゃんも、気を付けてくださいよ!」
「秋時、守恵子《もりえこ》様、です……」
上野は、秋時のおちゃらけぶりに、限界!と、叫ぶに達していた。
「守満様、仮に、事実だとして、いや、そんなことは、あり得ませんよね」
常春は、言ってみたが、やはり、と、口ごもる。
「うん、腹が、腫れる、と、いうことは、あるだろう。まれに、腹の中に、できものが、できてしまう事があるからね」
「まあ、では、姫君様は、ご病気に?」
「いや、守恵子、それも、なんとも疑わしい。たった、一晩で、何んてことは、考えられないよ」
「ですから、こちらの、陰陽師の力を借りようと、思いまして」
秋時が、遠慮がちに言った。
そもそも、晴康は、ここの、陰陽師などではなく、たまたま、常春と、仲が良いだけのことで、それを利用して、屋敷に出入りしているのだけだ。
しかし、それを、どうして、秋時が、晴康の力を借りたいと、そして、よそ様の妙な問題に、首を突っ込みたがるのだろう。
「秋時、何で、あんたごときが、でしゃばる訳?」
「うん、仮にも、内大臣様の内々の事だろう?内大臣様にも、お考えがあるだろうし」
「それがですね、どのような方法をとってしても、姫君の様子に、変わりはないというのです。今では、内大臣様も、藁をもすがる思いで、下々の言うことまで、お聞きになっているという」
「なんだか、大変な事になっているのですね。兄上様、姫君をお助け出来ないのでしょうか?」
守恵子の言いたいこともわからなくはないが、あくまでも、他家の話だ。それに、上位に当たる、内大臣の屋敷の問題には、さすがに、首を突っ込めない。
「そうだねえ」
守満は、言葉を濁すことしかできなかった。
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