コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
怒鳴る岩崎に、看護婦は臆することなく、月子親子を冷たく見据えた。
「それで、準備はできましたか?」
淡々と看護婦は言う。
「準備とは、転院のことかね?」
岩崎が、苦々しそうに顔をしかめると、看護婦へ食ってかかった。
岡崎、岩崎、そういう問題ではなく、先程からの看護婦の態度に、岩崎は、我慢ならないようだった。
「はい、この部屋は急患用の部屋ですから、出来るだけ早く出ていってもらわなければならないのです。ちょうど、ご親族が来られてこちらも助かります」
顔色ひとつ変えるわけでない看護婦の様子に、岩崎の怒鳴り声が再び響き渡る。
お静かに。と、嫌みたらしく看護婦は、言いつつ、紙切れを月子親子へ差し出した。
「今日までの入院代金です。お支払を。ああ、こちらの、大声を出すご親族にお渡しした方がよろしいですか?」
目を細めながら看護婦は、少し、にやついていた。親子には、支払いなど無理だろうと、言いたげに。
「こちらで構わん!」
岩崎は、堪忍ならんとばかりに、差し出されている紙切れ、おそらく、請求書を引ったくった。
「では、受付までお越し願いますか?退院の手続きもございますし……」
どうぞ、と、看護婦は、ドアを開け、岩崎を誘った。
うむ、と、威厳を持たせ答える岩崎だったが、月子へ、荷物をまとめる様に言うと、看護婦に先導されるがままに、部屋から出ていった。
パタンとドアが閉まったとたん、
「月子……」
母が、言いにくそうな顔をしながら、月子を見ている。
大丈夫よ、と、月子も言いたい所だったが、さすがに、それは無理な話。赤の他人の岩崎に、全て任せ、いや、こんなにも頼って良いのだろうかと、焦っている。
「……月子、岩崎様に頼りましょう」
「え?」
「今の私達では、どうにもならないもの。でもね、母さん、調子がよくなったら、住む所を見つけて、内職でもしようと思うの。それで、食べてはいけないけど、そのうち、働ける様になるだろうし……月子とも、暮らせるわ」
そして、岩崎へ、工面してくれた金を少しづつ返して行けばよいと、母は、今後について語った。
きっと、母は、岡崎姓に戻された事で、ある種腹を括ったのだろう。というよりも、あの看護婦の態度を見ると、それなりの事が、ここでもあったに違いない。
西条家を出ても、母は、苦労をしていたのだと思うと、月子の胸は熱くなる。
月子は、母へ、岩崎との事、つまり、巾着を奪われ取り戻してもらった事から、男爵夫妻の事など、今までの経緯を母に話した。
「……じゃあ、なおさら、母さんは、早くよくならなきゃね。岩崎様は、月子とのことは、結局、行きがかり上、ということでしょう……?」
母は、そこまで言うと、一息置いておいた。
どこか、考えあぐねている母の様子に、月子は、心配になった。
「母さん?」
「……月子。取りあえず、岩崎様の所で世話になりなさい。西条の家の面子もあるでしょう。今更、あちらと揉めたくないからね。でも、母さんの体がしっかりしたら……二人で暮らそう。それまで、少し、辛抱して……」
つまり、どうゆう形になるのかはわからないが、同居人として、岩崎の世話になれと、母は、言いたいようだった。
「ですがね、御母上。病に、期限をつけるのは、よろしくない。というよりも、そんなに無理をする必要はありません!先が見えない不安はあるかもしれないが、とにかく、時間をかけるしかない。早く、早く、と、焦るのはよろしくないのではないですか?」
親子の会話を、大きな声が邪魔をした。
岩崎が、受付から、戻ってきていた。