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怒鳴る岩崎に、看護婦は臆することなく、月子親子を冷たく見据えた。


「それで、準備はできましたか?」


淡々と看護婦は言う。


「準備とは、転院のことかね?」


岩崎が、苦々しそうに顔をしかめると、看護婦へ食ってかかった。


岡崎、岩崎、そういう問題ではなく、先程からの看護婦の態度に、岩崎は、我慢ならないようだった。


「はい、この部屋は急患用の部屋ですから、出来るだけ早く出ていってもらわなければならないのです。ちょうど、ご親族が来られてこちらも助かります」


顔色ひとつ変えるわけでない看護婦の様子に、岩崎の怒鳴り声が再び響き渡る。


お静かに。と、嫌みたらしく看護婦は、言いつつ、紙切れを月子親子へ差し出した。


「今日までの入院代金です。お支払を。ああ、こちらの、大声を出すご親族にお渡しした方がよろしいですか?」


目を細めながら看護婦は、少し、にやついていた。親子には、支払いなど無理だろうと、言いたげに。


「こちらで構わん!」


岩崎は、堪忍ならんとばかりに、差し出されている紙切れ、おそらく、請求書を引ったくった。


「では、受付までお越し願いますか?退院の手続きもございますし……」


どうぞ、と、看護婦は、ドアを開け、岩崎を誘った。


うむ、と、威厳を持たせ答える岩崎だったが、月子へ、荷物をまとめる様に言うと、看護婦に先導されるがままに、部屋から出ていった。


パタンとドアが閉まったとたん、


「月子……」


母が、言いにくそうな顔をしながら、月子を見ている。


大丈夫よ、と、月子も言いたい所だったが、さすがに、それは無理な話。赤の他人の岩崎に、全て任せ、いや、こんなにも頼って良いのだろうかと、焦っている。


「……月子、岩崎様に頼りましょう」


「え?」


「今の私達では、どうにもならないもの。でもね、母さん、調子がよくなったら、住む所を見つけて、内職でもしようと思うの。それで、食べてはいけないけど、そのうち、働ける様になるだろうし……月子とも、暮らせるわ」


そして、岩崎へ、工面してくれた金を少しづつ返して行けばよいと、母は、今後について語った。


きっと、母は、岡崎姓に戻された事で、ある種腹を括ったのだろう。というよりも、あの看護婦の態度を見ると、それなりの事が、ここでもあったに違いない。


西条家を出ても、母は、苦労をしていたのだと思うと、月子の胸は熱くなる。


月子は、母へ、岩崎との事、つまり、巾着を奪われ取り戻してもらった事から、男爵夫妻の事など、今までの経緯を母に話した。


「……じゃあ、なおさら、母さんは、早くよくならなきゃね。岩崎様は、月子とのことは、結局、行きがかり上、ということでしょう……?」


母は、そこまで言うと、一息置いておいた。


どこか、考えあぐねている母の様子に、月子は、心配になった。


「母さん?」


「……月子。取りあえず、岩崎様の所で世話になりなさい。西条の家の面子もあるでしょう。今更、あちらと揉めたくないからね。でも、母さんの体がしっかりしたら……二人で暮らそう。それまで、少し、辛抱して……」


つまり、どうゆう形になるのかはわからないが、同居人として、岩崎の世話になれと、母は、言いたいようだった。


「ですがね、御母上。病に、期限をつけるのは、よろしくない。というよりも、そんなに無理をする必要はありません!先が見えない不安はあるかもしれないが、とにかく、時間をかけるしかない。早く、早く、と、焦るのはよろしくないのではないですか?」


親子の会話を、大きな声が邪魔をした。


岩崎が、受付から、戻ってきていた。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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