テラーノベル
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ちんすこうは南の町サウスタウンに到着した。
「おお、人が沢山いる! これ他のプレイヤー?」
はしゃぎながら人混みを見回す少女に、サーターアンダギーが説明を始める。
「他のプレイヤーは頭の上に名前が浮かんでいるので簡単に見分けがつきますわよ。ほら、あそこに」
彼女が指差した先には、『道明寺』という名前を頭の上に浮かべた女性がいた。
「よし、ターックル!」
「なぜ!?」
出会い頭にタックルをお見舞いするちんすこうだったが、道明寺はヒラリとそれをかわした。
「あら可愛い。タックルは人にやっちゃダメよ? ちんすこうちゃんも燃料を買いに来たの?」
眼鏡をかけたロングヘア―の女性は、優しい笑みを浮かべ穏やかな口調で話しかけた。完全にじゃれついてきた子供をあやすお姉さんの構図である。
「うぬぬ、素早い」
「レベルが低いのだから当然ですわ」
二人のやり取りを微笑ましく見ていた道明寺だが、ふと何かを思いついたように両手を合わせた。
「燃料を買いに来たっていう事は宇宙船を直したのね。よくそんなレベルでここまで進めたわねー」
(裏技とバグで過程を飛ばしただけですわ)
褒められたちんすこうはエッヘンと胸を張る。単純である。
「まあね! 燃料はどこに売ってるの?」
道明寺は町の一角を指差した。
「あそこの燃料ステーションで売ってるわよ。それじゃあ、頑張ってね」
そう言って道明寺が去って行くと、ちんすこうは燃料ステーションに向け歩き出し……
「ちなみにお金が足りませんわ」
サーターアンダギーの指摘に足を止めた。少し思案していると、目の前をいかにも裕福そうな身なりをした中年が通りすぎる。(あっ……)
すかさずタックルで倒すちんすこう。
「金を出しな!」
「やると思いましたわ」
ちんすこうは財布をゲットした! 警察的なNPCが駆け寄ってくると、財布を持ってダッシュで逃げ出した!
この行動により業が20ポイント悪に傾き、おたずね者になった!
「これで悪党の仲間入りですわね。むしろ今までなってなかったのが不思議ですわ」
だがちんすこうは嬉しそうだ!
「仕方ない、大義の為に必要な犠牲だった」
「どの辺に大義があるんですか? 何はともあれ、おたずね者になると憲兵NPCが色んなところで襲ってきますわよ」
VR世界でもNPCは何もないところからポップアップしてきたりする。もちろんその手のNPCは強力なのがお約束だ。負けて捕まれば投獄されて長時間拘束されるペナルティがある。
「見つからないようにいかないとね!」
目を輝かせて建物の陰から町の様子をうかがう悪党。コソコソと人目を避けて進んでいく姿は実に様になっている。
燃料ステーションでは、不審人物が物陰から狙っているとも気付かずにニコニコ笑顔で店員が客に燃料を販売していた。
(おたずね者なのに売って貰えるのでしょうか?)
サーターアンダギーの心配をよそに、ちんすこうは周りに人がいなくなる瞬間を狙う。前の客が購入を終え立ち去ると、その時はやって来た。
「今だっ!」
物陰から飛び出し、店員に話しかけるおたずね者。
「いらっしゃいませ!」
それに笑顔で応対する店員。このNPCに相手のステータスを見る機能は無いらしい。
「おっちゃん、燃料満タンで!」
宇宙船は最初の村にある。満タンと言われてもどれだけの量が必要かは分からないはずだが……店員はまるで動じない。
「はいっ、満タンですね! 一万円になります」
お金の単位は円だが、現実世界の日本円とは価値が違う。紛らわしいが、プレイヤー間で通貨を語る場合に実際の単位に関わらず「~円」と言いがちなのでいっそ単位を円にしてしまえと、以前のMMO運営データから寿甘が決めたのだった。
代金を支払うと、ちんすこうの眼前にウィンドウが現れ、所持している宇宙船に燃料が注入される様子が映し出された。変にリアリティを追及して燃料を運ばせたりするより、こうして「ゲーム感」を出す事でゲームの世界に入っている実感を湧かせるのが狙いである。
「おお~! これで飛べる!」
そしてちんすこうが笑顔で燃料ステーションから離れると、途端に憲兵が襲い掛かって来た。
「いたぞ! おたずね者のちんすこうだ!」
(買い物中は現れない仕組みなのですね)
変なところに感心するサーターアンダギーであった。
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