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──それから数日後
「なぁステラ、おい、もうちょっと開けさせてくれよ。頼むって。
たぶん次は何かすごいものが出てくる。たぶんだけど──」
「……お前、どこまでバカなんだ?」
「なにっ……!」
ステラはため息一つ。椅子の背もたれに寄りかかりながら、透を見下ろす。
「扉を開けるたびに、未知の魔物が出現するリスクがある。
それを“面白そうだから”で開けるなど──」
「いやいやいや、だってさ? 前は次元移動できたじゃん。
中から異界の道とか出るパターンもあっただろ? あれ、すごいって!」
「……お前は本来、死刑になっている存在なんだぞ?」
「……へ?」
ピタ、と透の口が止まる。
「お前が使った“扉”──あの魔法は、すでに複数の国家と種族間協定で“禁忌”に指定されている。
“どこにでも繋がる”という特性は、それだけで国家転覆に繋がりうる。情報が外に漏れれば、お前は即処刑だ」
「ま、待て待て待て。ちょっと待て。それ、初耳なんですけど……!」
「当然だ。教えていないからな。……教えたところで、お前の行動は変わらんだろうし」
「確かにそうだけどさ!?」
(なんだこれ、命の重さが軽い!)
ステラは机の上の魔導地図を指先で叩きながら、淡々と話を続けた。
「ただ──私が黙っている限り、お前は“特例扱い”されている。
今のところはな。だがその特例が、いつまで持つかは知らん」
「う……」
(これは……完全に首根っこ掴まれてるやつだ)
「……だが」
ステラの指が止まる。その金の瞳が、透の視線と重なった。
「扉のパターンは、私としても興味がある。お前の報告とハレビアの証言により──2つの傾向が見えてきた」
「2つ?」
「1つは、内部から“異物”が流れ込んでくるタイプ。
これはほぼ確実に、敵意を持った“魔物”が出現する。今のところ、それは例外なく“敵”だった」
「もう1つが……?」
「もう1つは、既に存在している別世界との“回廊”になるタイプ。
例として冥界、天界、異種族の閉鎖領域など。……これは移動先に対する影響は今のところ発生していない」
「なるほど、こっちが“安全”ってわけだな!」
「否。あくまで“今のところ”だ」
「うっ……」
ステラは椅子を軋ませて立ち上がる。
書棚に向かい、1冊の重厚な本を取り出して透に投げ渡す。
「“次元魔法と次元災害”の古文書。読めるな?」
「お、おう……まぁ……多分」
(字ぃ細けぇ……!)
「読んでおけ。お前がやっていることは、過去に一度“世界を裂いた”とされている行為に極めて近い。
冥界への接続も、普通は高度な転移魔法で一瞬だ。お前のように手探りで繋げている魔法は、危険すぎる」
「……じゃあ、結局使うなってこと?」
「使え。ただし、“誰にも見られずに”、そして“私に報告しろ”。それが条件だ」
「お、おう……」
透は本を抱えたまま、ひとつ深く息をついた。
(ステラって冷たいようで、なんか一番俺をちゃんと見てる気がする……気のせいか?)
「それと」
ステラが背を向けたまま、低く言った。
「次は“本当に死にかけたら”教えろ。私が少し助けてやる」
「……!」
(コイツの場合どこまでが助けるなのかわかんねぇ〜〜…)
「わ、わかった、覚えておく」
「……バカが」
それきり、ステラは何も言わずに部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
数時間後──
透は城の図書室の片隅で、『読者の固有魔法を分析する魔導書』を読みふけっていた。
“扉の裏に潜む構造は、空間座標ではなく、概念座標である可能性が高い”
“敵意を持って出現する存在は、“干渉波”をトリガーに顕現することが多い”
(なるほど……つまり俺に向けて敵意を抱く何かがあっちにいると、扉はその“波”を受信して開く?)
思考が深まっていく。その中で、ふと浮かぶ疑問。
(じゃあ──敵意がなければ?)
一方で、次元移動についての記述も読み取れてきた。
“高精度転移魔法による移動は、エネルギー消費が大きいが、目的地の座標精度は極めて高い。
対して、“扉型魔法”は応答点依存型で、ランダム性と危険性が高い”
つまり、冥界などに行くだけなら、普通に転移魔法使った方がずっと効率がいい。
(……やっぱ俺のは“探索向け”って感じなんだよな。使いどころは限られる)
だが、扉の魔法には、転移にはない“ワクワク感”がある。
何が出るかわからない。どこに繋がるかわからない。
「……ないなー……」
透は石畳の裏通りでつぶやいた。
壁に手を当て、魔力の流れや空気の歪みを探るように目を細める。
(ここもハズレか。やっぱそんな簡単には見つかんねえよな)
ステラに頼まれた“もう一枚の扉”は、数日前に発見済みだ。
問題は、その後。
“扉のパターンは2つだけなのか”と。
(開けるタイミング、魔力の流し方、周囲の気配。何かきっかけがあるはず)
考えながら路地を抜けようとした、そのとき──
「っと……」
角を曲がった先で、ふと見覚えのある姿が目に入った。
両手いっぱいに紙袋を抱えた少女。
赤いリンゴが溢れそうに詰まっている。
そして、その格好──
赤と紫を基調としたジャケット。
金の装飾がきらびやかに揺れ、腰にはトランプ模様のケープ。
そして、目の下には涙の模様。
まるでサーカスの舞台から飛び出してきたかのような“怪盗”。
「──メルセデリア」
「おや。……トオル様でしょうか?」
銀髪をゆるく結った彼女は、ふっと微笑んだ。
「その格好、変わんねぇな……街中だぞ、ここ」
「お気に入りですからね。この街では目立っても問題ありませんし」
「いや問題あるわ、気になって仕方ないだろ、みんな」
「ふふ、目立つことが仕事ですから。昔から──“幕の上”が好きなんです」
言葉の調子は柔らかく、でもどこか距離がある。
ステラの幹部──メルセデリア・フェルグレイ。
魔導と幻術を極めた、“舞台の怪盗”。
「で、そのリンゴは? 何、飯担当?」
「いえ、おやつです。ほとんど私が食べます」
「ちょっとは分けろよ……」
「半分持ちますか?」
「食う前提じゃん!」
ふたりは笑い合いながら歩き出す。
石畳の商店街を抜け、人通りの少ない裏通りへ。
「そういえば、また“扉”を探してるんですか?」
「ん、まあ。任務は終わったけどさ。練習にはちょうどいいし」
「なるほど。魔力の感覚を研ぎ澄ますには、悪くありませんね」
「それに、見つけたら何か面白いこと起こりそうだしな。
この前の“冥界”だって、偶然だったし……」
「でも、気をつけてください。何が出てくるか、まだ不明ですから」
「わかってるよ。……でも、今んとこは“気配”すらねえな」
そのとき──風が止んだ。
(……?)
透の足が止まる。
建物と建物の狭間。日陰の狭い路地に、何かが“ある”。
(……空間が違う)
壁に手を当て、魔力を込める。すると、空気がピリ、と震えた。
「……見える」
「“扉”ですね?」
「いや、まだ“シルエット”だ。……開いてない。けど気配はある」
「私には……何も見えません。やはりこれは、“あなたのためのもの”」
「だろうな」
透はしばらく扉の気配を見つめる。
まるで、そこに“異なる空間”が張り付いているような、不自然な感触。
「……開けないのですか?」
「いや、今はやめとく。前回みたいに魔物が出てくるかもしれねぇし。
ってか、ひとりじゃ無理だ」
「では、次はご一緒しますよ。リンゴを食べ終えたあとで」
「まだ言うかそれ……」
メルセデリアは、少しだけ肩をすくめ、紙袋を地面にそっと置いた。
「トオル様……あなたは扉の先に何を見たいんですか?」
「……さあ。でもさ、せっかく“見える”んだ。
なら、見に行かないと損な気がするだろ」
「……ふふ、まるで舞台の幕開け前みたいな台詞ですね」
「サーカス娘に言われたくねえよ」
「失礼。私は“怪盗”です。──大舞台の予告は、静かに始まるものですから」
陽が差し込む路地裏で、ふたりはしばらく立ち止まっていた。
リンゴの香りと、不思議な気配と、予感だけがそこに残る。
──扉は、まだ眠っている。
だが、もう一度目を覚ます日は、きっと近い。
────────────────────────
――透という人間からは、厄災の匂いがするらしい。
書物の山に囲まれた、塔の一室。
天井近くまで積み上げられた魔導書の背表紙を、指でなぞりながら、異淵王クリスティア・フォードは思考に沈んでいた。
風の音がやけに遠い。
窓の外では、アヴィアの街がいつも通りのざわめきを見せていた。
天王が呑気に喋り、賭塊王が笑い、魔王が沈黙する中で――
彼だけが“正体”を隠している。
(……不自然だ)
名は「トオル」。
あの世界にはない構成、発音、意味。
この大陸の命名法則からも逸脱している。
初対面のときから、妙だった。
背中にまとわりつくような影。
人ではない“何か”が、内側に潜んでいるように感じた。
(あれは……“宿っている”)
言葉の通りの意味ではない。
だが、確かに“気配”がある。
空気の、揺らぎの、眼差しの裏側に。
あの男の中には、目を逸らさずにはいられないほど、重く、冷たい“運命”が蠢いている。
(……それが、“厄災”なのか)
ステラが最初にあの人間を見たとき。
ハレビアが「この人間は外の存在だろう?」と冗談のように言い当てたとき。
天王が無邪気に笑っていたあの場で、クリスティアはただ一点、透の心臓の鼓動を見ていた。
(跳ねていた。怯え、警戒し、悟られないように必死に)
自覚している。
自分が異質であることを。
隠しきれない何かを持っていることを。
──そして、それがこの世界にとって“危険”かもしれないことを。
(……だから、問い続けている)
本を閉じ、立ち上がる。
窓辺へ歩き、深緑の視線を街に向けた。
その視線の先――彼がいた。
今もトオルは探している。
ステラからの命令が終わったあとも。
ただ自分の意思で、ただ一人で、“扉”を探している。
目に見えない何かを探し、手が届かない真実を、掴もうとしている。
(それが恐ろしい)
扉を開く者は選ばれる。
見つけられる者もまた、何かを“持っている”
──ならば、彼の“中身”は何だ?
(……)
指を組み、顎に当てた。
(一つ、仮説がある)
彼の中に眠るもの。それは、おそらく……
“かつて存在し、歴史から消された使徒”。
ステラが何も語らなかったそれを、クリスティアは覚えている。
(“厄災の使徒”。攻撃や敵意を向けてきた者に、破滅的な不運を与える)
あまりに理不尽だ。
能力ではない。ただの“呪い”だ。
存在しているだけで災いを呼ぶ、“理”の異物。
アレはかつて世界を滅ぼしかけた存在だった。
その死を信じて記録を葬り去った。
──なのに。
なぜ、その“気配”が。
なぜ、“今の時代”に。
(……因果が巡った、というには安直すぎる)
神が下した罰か。
それとも、何かが導いたのか。
もしくは……
「彼自身が“選ばれた”のか」
声に出してみても、答えは返ってこない。
だが、考えるに値する材料は揃っている。
(問題は、“あの人間”が味方なのかどうかだ)
本質は未だ見えない。
だが少なくとも、今のところ彼はこの世界に対して「害意」を持っていない。
戦いを望んでいない。
誰かを傷つけようとはしていない。
──だが。
「無自覚であることが、最も厄介だ」
一歩間違えば、すべてを壊す。
何も知らないまま、目の前にある秩序を──
(それを、“止められる”のは)
彼がもう一人の扉を開いたとき、何が出てくるのか。
それが、世界にとって脅威となるのか。
ステラは、それを冷静に見ている。
自分もまた判断しなければならない。
彼が“希望”か、“絶望”か。
彼を“排除すべき”か、“守るべき”か。
「それを見極めるのが……俺の役目らしい」
手袋を直し、背を向ける。
塔の階段を下りていく。
“扉”が開く時、世界が揺れる。
そのとき王は見ていなければならない。
その揺れが世界を繋ぐのか。
それとも、壊すのか。
深緑の眼は、ただ静かにそれを見据えていた。