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「あー、女房殿、遅くなったー、今、戻ったぞ!」
そこへ、髭モジャが、何食わぬ顔で現れ、修羅場の中へ、づかづか踏み込んで行く。
聴こえた夫の声に、橘は、馬乗りになったまま、振り向き、
「あれ、まあ!お前様!なんですかっ!素足、それも、泥だらけじゃないですか!ん?!牛臭っ!!!」
と、言い放ち、顔をしかめる。
「いや、それが、色々あってのお、急いで帰ろうと、若に乗ったのじゃ。で、女房殿は、何をしておるのじゃ?」
「あっ、はい、少し仕置きを」
「ほお、鍾馗《しょうき》め、また、かか様を怒らせたのかぁー」
仕方ないやつじゃのぉー、と、髭モジャは、わはははと、大笑いしている。
「……違うだろ、髭モジャよ」
廊下で、髭モジャと、共にやって来た、検非違使、崇高《むねたか》が、呟いた。
古びた房《へや》で、娘が乱れた衣姿《ころもすがた》で大泣きしている。
そして、房の脇では、青年が、伸びており、中央では、顔に人形を乗せた男が、命乞いだか、まってくれ!と、騒いでいた。
その、男に馬乗りになった、髭モジャの、女房らしき、女人が、刃物を振りかざし、夫へ、小言を言いつつも、何やら、笑い合っている。
ついでに、何故か、子犬の死骸が、転がっていた。
以上が、崇高の、検分というべき、現状把握なのだが……。
「あの、もし、あなた様は、検非違使職のお方ですか?」
検非違使の装束に、気がついたのか、太刀やら弓やら、やたら武装しているからか、大泣きしている、娘に付き添っている若人が、崇高へ、声をかけてくる。
「私は、常春《つねはる》と申すものです。この屋敷に仕えておりますが、ふらちものに、妹が、危うく手にかかるところでした。速やかに、あの者を、捕まえてくださいっ!」
しっかりとした、喋りではあるが、かなりの事があったようで、血走った目で、噛みつくかの勢いで語りかけられ、崇高も、つい、退いた。
「おー!忘れておったわ!女房殿、すまん!」
と、髭モジャが、橘へ、詫びを入れつつ、崇高を見た。
「あやつは、崇高じゃ。ワシが検非違使じゃった頃の、同僚でな、つい、懐かしゅうて、連れて来てしもうた。すまんが、女房殿、なんぞ、用意できまいか?なにせ、崇高は、大捕物の後でのおー、都一の、女首領を、捕らえたのよ!」
「あら!まあ、それは、お手柄で、とはいえ、急なこと……そうだわ、ここに肉があるから、お前様、さばくのを手伝ってくださいな」
ひえーーー!と、新が、叫んだ。
崇高も、心の中で、待ってくれい!と、叫んでいた。
雉肉《きじにく》や、鮎じゃあるまいし、そんな、肉、食えるわけがなかろうに!と。
「髭モジャよ、こ、こちらが、突然押し掛けてきたのだ、な、なにもいらんぞ、気を効かせんでも良いからっ!」
「あら、崇高様、ご遠慮なさいますな。うちの人の客人ですもの、お・も・て・な・し、いたしますわよ」
橘は、ニヤリと笑うと、刃物を振り下ろした。
うわあーーー!!!と、新が、断末魔の声を絞り出す。
同時に、新の鼻に噛みついていた、人形が、ぽとりと床に落ちた。
「お前は、新ではないかっ!!」
崇高は、血相を変え、ドカドカと房《へや》へ、乗り込んで来る。
「あら、かなりの捕り物だったようですわねー」
「女房殿よ、大目に見てくれ、屋敷に戻って来たら、悲鳴が聞こえての、慌てて、ここまで駆けてきたのだ。ワシも足を拭う余裕もなし、崇高も草履を脱ぐ暇などなくてのお……」
あー、申し訳ない、危うい気配がしたがために……と、崇高も、泥だらけの草履に目をやって、橘へ、詫びをいれるも、その表情は、下手人を見つけた時の検非違使そのもの。怒り狂う橘並みに、厳しいものだった。
そして、皆に責められる、新の喉元には、橘が、振り下ろした刃物が、あてがわれている。
力加減を誤ったのか、はたまた、わざとなのか、刃物の先が、皮膚に当たって、うっすらと鮮血が滲んでいた。
「あーー!や、やめてくれーー!お、俺はっ!!!」
顔から、人形が転がり落ちて、視界が開けた新は、自分に起こっていることを知り、情けない声を出している。
「なあ、新、八原《やはら》が、松虫《まつむし》と共にいたのじゃ」
どうゆうことか分かるだろ?と、髭モジャは、新を試すように見た。