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たちまちに、横たわる新《あらた》の顔はひきつり、馬乗りになる橘をふるい落そうと、試みるが、あーー!と、また、声をあげた。
「もう、新殿が、動くから。うっかり、刃物が刺さってしまいましたわ。さて、お前様、これは、どうすればよろしいのやら?」
「おー、いかんいかん。女房殿よ、そのまま、ズブリと、行ってしまえば、崇高《むねたか》に、捕まってしまうぞ」
「あれ、捕まるのは、新殿でしょう?」
どうにもこうにもと、崇高は、頭を抱えた。
何を先程から、夫婦で小芝居を打っているのだろう。
「まずは、女房様よ、その刃物を、こちらへ」
崇高が、手を差し出した。
「あい、わかりました」
微笑む橘に、一同、嫌な予感が、走る。そして、その思い通りの事が起こった。
「あーーーー!!!」
新が、叫んだ。
喉元から、血が流れている。
「あらあら、刃物の先が当たってしまったのね、切れちゃってる」
「おー、だからの、一気に、ブスリと、いかねばならんのじゃよ。ゴタゴタ面倒な事になるのじゃ」
おいおい、口を割らせる拷問じゃあるまいし……と、崇高は、あきれつつ、橘から、奪うように刃物を受け取る。
危険は、無くなったと読んだのか、新は、体を越し、立ち上がろうとするが、橘の動きのほうが早かった。
「さあ!崇高様!縄で縛り上げてくださいまし!」
言う橘の両手は、新の首に回され、しっかり締め上げていた。
うげっ、と、吐息に近い叫びを、新はあげた。
「よし、ワシは足元を、縛る!」
髭モジャが、牛をムチ打つごとで腰にぶらせげている縄を手にした。
「うん、女房様よ、もう、構いませんぞ、ここからは、検非違使に、おまかせくだされ」
ふう、と、息をついた橘は、新の首から手を離し、そして、またがっている体から降りた。
「はあー、もう、なんてこと」
力尽きたと、へたりこむ橘は、すぐに、振り向くと、紗奈の姿を確かめる。
そして、動かぬ体で這い寄り、紗奈の元へ移動した。
「橘様ーー!!!」
大泣きの紗奈が、橘に、しがみついた。
「ええ、ええ、怖かったわねぇ、えらかったわよ、紗奈」
背後から、殴る蹴る、の、様な音と共に、新の悲鳴が、流れているが、橘は、気にすることもなく、紗奈の乱れた胸元を整えると、そっと背をなでてやる。
「紗奈、無事でよかった。あー、ごめんなさいね、こんなことになるなんて、甘く考えすぎていたわ」
「いや、橘様、私が、私が、反対を押しきって、ついて行けば……紗奈は、危ない目に合わなかった。それに、鍾馗殿や、タマだって……」
常春《つねはる》が、袖で、にじむ涙を拭いている。
「いえ、鍾馗は、もっと、鍛えなければ。そのうち、目が覚めるでしょう。本当に、役にたたないんだから。それよりも……」
「……橘様、タマが、タマが……」
「紗奈、ちゃんと、後で亡骸を葬むってやらねばね」
橘の言葉に、紗奈は、小さく頷いた。
「……犬、とはいえ、犠牲をだしてしまうなんて、屋敷は、手に負えない所に来ている。紗奈、もう十分だ。童子検非違使は、解散だ!」
常春が、強い口調で言い放った。
「そうじゃな、本物の検非違使が、来ているのじゃ、女童子も、常春殿も、そして、女房殿、もう、手を引け!」
髭モジャが、険しい顔をして、やって来た。
そして、あの、人形を常春へ、さしだした。
「こちらを」
「……髭モジャ殿?」
あっ!と、紗奈が、叫ぶ。
「兄様!ちっちが、ちっちが、助けてくれたのです!」
「そうか……」
常春は、妹の叫びに何かを悟ったようで、人形を受けとると、大切に懐へしまった。
「橘様、かまいませぬか?私が、預かっても……」
橘は、ええ、と、答えた。